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007


 目の前で起こった出来事に、思考がついて行かなかった。一瞬のうちに、押されていた少女が少年の上で刃を首に突きつけていたのだ。

 今ルーサーの目前に、その光景は過ぎ去ったものとなっていたが、彼はまだ夢を見ているようなそんな不思議な感覚を憶えていた。

 置いてけぼりをくらったルーサーを気にも留めず、時間はどんどん流れてゆく。




 右手に刀を握ったまま、木陰で俯いているレオンをランスロットは心配していた。ランスロットの隣には、レオナルドがすました顔で立っている。そんな彼女をチラリと見やって、ランスロットは先程の光景を思い出すことにした。

(・・・機転が利くのか。その上脚力がある)

 見たところ、技術は似たり寄ったりだった。しかし、レオナルドが若干押されているように見えたのは、力とリーチではレオンが優勢だったからだろう。

 それを覆すために、レオナルドは助走距離をもうけ、全体重を持ち前の脚力にかけ、剣の背を靴底で蹴り上げたのだ。生憎レオンはまだ若く、数十年鍛え上げられた騎士とまではいかない。逆に加えられた大きな力に堪えきれず、地面に倒れた。そこを、レオナルドがすかさず抑え、勝負は決したのだ。

(センス、としか言いようがないな)


 実は、アルフレッド侯爵がレオナルドと剣を交えることを避け続けてきたのは、これが理由なのである。兄オースティンも、レオナルドと剣を交えて勝てた試しは無かった。


 ランスロットは一人納得すると、レオンの元へ歩み寄った。こちらの気配に気付いてはいるだろうが、レオンは一向に顔を上げようとしない。右手に握られた真剣はブルブルと震えていた。

 「・・・レオン」

「おい、ランスロット」

 慰めの言葉をかけようとしたランスロットを遮ったのは、レオンの低い声だった。




「この女を、騎士訓練所に入所させろ!」

 この女、という二人称に眉をひそめたが、所詮負け犬の遠吠えだ。勝者が構ってやる必要はない、と気持ちを落ち着かせた。

 しかし、セイラー様は別の箇所に反応したらしい。肩をぴくりと動かすと、何かを考え込むようにして私の方を見た。

 「・・・そう、か」

 そしてぼそりと呟くと、少年へ再び向き直る。声は聞こえない。だが、何か悪寒のようなものが背筋を走る。それに体を震わせていると、セイラー様がこちらに戻ってきた。

 私の前へ立つなり、その口元が緩慢に上がる。後ろで軽く結った金髪が、美しく揺れた。

 「ヴァザール嬢、騎士訓練所に住み込みませんか?」

 風が、吹いていた。




 「・・・ウィリアムズ様」

 その呼びかけに、目を覚ます。目の前には、薄暗い中で自身の顔をのぞき込んでいる少女の姿があった。

 「ああ、終わったの。今どのくらいの時刻かな?」

「たった今、日が沈んだところです」

 たしか、レオナルドとこの部屋で押し問答をしていたのは、午後も深いころだった。エドワードはゆったりと体を起こし、フレデリックの名を呼んで、馬車と彼女が注文した口止め料を用意するように、と命じた。

 「どう、楽しかった?」

「は、はい・・・騎士訓練所にはいろんなかたがいらっしゃるのですね」

 レオナルドのその様子に、だいたいの予測がつく。初めて興味を持った女性を、レオンとでも対峙させたのだろう。奴らは根っからの女嫌いだったのだから。

 一言二言、言葉を交わしている内にフレデリックがやってきた。馬車の用意ができたらしい。

 「では、お嬢さん。私も最後まで見送らせていただこう」

「え・・・!指揮官ともあらせられるお方にそんな・・・」

「心配しないでいい。お嬢さんの件が、ここ最近の一番大変な事件だったから」

 そう何の気なしに答えると、隣を歩くレオナルドが少し小さくなった気がした。




 馬車に揺られて、しばらく時が経った。今町はどこにも見えず、あるのは森と畑と農民の家ぐらいだ。

 隣に座るウィリアムズ指揮官に居心地の悪さを憶えながらも、今日の出来事を反芻する。


―――「ヴァザール嬢、騎士訓練所に住み込みませんか?」

 それは、レオナルドにとって夢のような申し出だった。しかし、忘れられていてもヴァザールは侯爵家なのである。その上、娘は四人とも結婚すらしていない。この状態で、若さでいえば一番の有望者である私が女騎士となることはできるのか?・・・決して、父と母は許さないだろう。

 自らの夢と、家の名との間で葛藤していたのが表情に出ていたのか、ウィリアムズ指揮官は私に声をかけた。

 「どうしたの、気分でも悪い?」

「え・・・あ、いえ。少し考え事をしていて」

 にへらと出来損ないの笑顔を向けると、ウィリアムズ指揮官は私の頭をなでた。

 「フレデリック!馬をもう少し早められないのかい」

「無理です、指揮官。連日の雨で道がぬかるんでいますので、馬を走らせることすら困難です」

 馬は普通、繊細できれい好きな生き物だ。本来なら泥が顔や目に入っただけで、走る気をなくすほどの。

 「私は大丈夫です、ウィリアムズ様。送っていただけるだけでありがたいのですから」

 「そう?気分が悪くなったら、言いなさいね」

 指揮官の優しいお言葉に、また作り損なっているであろう笑みを返し、馬車の外を見た。


 あたりはすでに、藍の闇に塗りつぶされはじめていた。

  

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