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006


 窓辺で愛刀を磨いている総監に、思わずため息を漏らす。きっと彼は、女という自らが嫌悪してきた領域の中で見つけたものに、異様な関心を見せているのだ。

 ―――レオナルド・ヴァザール嬢

 決してルーサーは気を抜いては居なかったはずだ。確かに、少々油断はしていたがもしの事態を予測して、それなりに気を張っていた。・・・そうであるにも関わらず、あの少女は一瞬の間にこの手から剣をなぎ払ったのだ。

 思い出して、じっと右手を見つめる。痺れた感覚はなかった。手から離れた感覚さえ、曖昧だった。まるで、するりと剣からこの手を離れていったかのような。


 コンコン

 意識を手へ集中させていたルーサーと、愛刀を満足げに眺めていたランスロットの視線が、木製の扉へ注がれる。

 この軽く、遠慮がちなノック音を、力の加減を知らない騎士共が出せるはずがない。

 ルーサーはゆっくりと、扉を開けた。




 開いた扉から顔を覗かせたのは、アルフォード様だった。

「お待ちしておりました、ヴァザール様。どうぞ、お入りください」

 外で剣を振るっていた騎士たちに尋ねながら、漸く辿り着いた執務室の扉の奥へと入る。するとそこには、瀟洒ないすに座るセイラー様の姿があった。

 「ご用事はもうお済みで?」

「はい。ご丁寧な対応をしていただけたので」

「それはよかった。では、さっそく参りましょうか」

 がたり、立ち上がったセイラー様の後を、アルフォード様に続きついて行く。先程より着飾ったセイラー様のお姿に、違和感を憶えた。

「あの・・・素敵なお召し物ですね」

「ああ、これですか。あの後すぐに城から呼び出しがありましてね。流石に練習着では皇帝の前に立てないんですよ」

 鬱陶しそうに、革で作られていると見えるジャケットを廊下に脱ぎ捨て、セイラー様は歩みを止める。そして、私のほうに向き直った。

「・・・貴女に、お相手して欲しい男がいましてね」

「剣のお相手ですか?それはこちらとしても是非お受けしたいお話です」

「そうですか、よかった」

 セイラー様は満足げな笑みを一つ見せると、またこちらに背を向け歩みを進め始めた。 長い廊下を行く道すがらから窓の外を見やれば、訓練中の騎士の姿があった。レオナルドは、その姿一つ一つに熱い視線を送る。自分も、あんな風に毎日剣術に明け暮れてみたい、という羨望を抱いて。


 そうしている間に、ランスロット一行は先程の中庭に辿り着いた。少し前まで、ランスロットとルーサーが剣を交えていた場所には、一人の男が剣を振るっていた。


 「レオンー!」

 セイラー様が声をかけると、レオンと呼ばれた男は動きを止め、こちらに近づいてくる。

「なんだ、ランス。訓練中に・・・。」

 そこまで言いかけて、私と男の視線がかち合う。同い年ぐらいの幼さが残る風貌に、親近感を抱いた。

(これぐらいの年の男でも、騎士の訓練を受けているのだわ)

 「・・・おい、ランス」


「なんだ?」

「お前、何故この神聖な訓練所に女を連れ込んだ」

(・・・ん?)

 レオン様とお呼びすればよいのか。その男は、あまりに不躾な言葉を表情もなく言ってのけた。

「・・・レオン、あのな」

「言い訳はいい!ランス、お前だけは違うと思っていたが・・・浅ましい。女におぼれたか」

「レオン!」

「よくも・・・この訓練所に噂話と茶にしか興味のない低能な生物を・・・。総監のお前が連れてきたとなれば、ここも終わりだな。すぐ風俗一色になる」

 ・・・前言撤回だ。親近感などわくはずがない。その代わりに、はらわたが煮えくり返るほどの怒りが、沸いた。

 「・・・大人しく聞いていればなんですか?一体」

「・・・女は黙っていろ。下等生物が」


「黙っていられますか!女がなんですか、男が何ですか!剣を愛するという気持ちに性別もなにもないでしょう?むしろ、女を上辺だけで判断し、男を尊重する貴方こそ浅ましいわ。愚の骨頂!」

「・・・なんだと」

 相手の機嫌は確実に悪くなっているだろうが、そんなことを気にしているほどの余裕はない。こちらだって、怒り心頭だ。




 じっとにらみ合うレオナルドとレオンを壁で隔てるするように、ランスロットは二人の間に体を滑り込ませた。

「レオン、今のはお前が悪い。この女性は剣を愛し、振るうことをよしとしている。今回は、お前の相手をしていただくためにわざわざ引き留めたのだ」

「ランスロット!お前正気か・・・この俺を女と手合わせさせるだと?」

「女女とさっきからうるさいですね。貴方のほうがよっぽど女々しくてよ」

「女・・・!」

 レオナルドにつかみかかろうとしたレオンを胸で止めると、今度は肩越しににらみ合い始めた二人に、ランスロットは思わずため息をついた。

 「・・・レオン。性別で人を判断してはいけない。相手をしていただくんだ」

「いいさ、俺はな。だがその女の命は保証しないぜ。せいぜい明日が葬式ならないよう、間を見てお前が止めに入ることだな!」

「あら、あなたこそ泣きべそかいてセイラー様に余計なお手数をかけないよう気をつけるべきではなくて?」


 バチバチと火花を散らす二人に、ランスロットはまたため息を一つ漏らし、この闘志ならばよい試合をするだろう、と前向きに考えることにした。


「よし、二人の同意も得たところで手合わせを始めようか・・・。ルーサー、木刀はもう用意できてるな」

「・・・ちょっとまてよ、ランスロット」

「なんだ」

「俺は、「命の保証はしない」といっただろう?無論、真剣勝負だ」

「お前、正気か!」

「あら、私は構いません。ただ、愛刀は我が家へ置いてきてしまったので、お借りすることはできますか?」

 飄々と言ってのけるレオナルドに、ランスロットは気が遠くなる思いだったが、致し方ない。対峙する本人たちがそれを望んでいるのだ。第三者が介入する隙間は、今度こそなかった。


 仕方なくルーサーに予備の真剣を用意させ、レオナルド嬢に手渡す。その際に、軽く耳打ちをする。

「レオナルド嬢、くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう、セイラー様。私、こんなに腹が立ったの久ぶりなの」

 にっこり。それに彼女に初めてあった時に見せた無邪気さはなく、あるのは凍り付くような怒りだけだった。




 審判を務めるセイラー様が、高く手を上げる。目の前には、先程までその憎々しい口で女を罵っていたレオンなどという名前の男がこちらを睨みつけている。

 ピリリ、痛いほど張り詰める空気。にらみ合う視線が熱を増し、最高潮に達したその時だった。


「始め!」

 勢いよく振り下ろされた手とともに、対峙し合っていた二人が同時に踏み込んだ。男は私の腰に狙いをつけている。リーチ的に、彼の方が先制に有利だ。

 案の定腰を狙って襲いかかってくる刃を刃で受ける。このまま刃を滑り込ませて、手元近くで一気に力を込めれば、それは高く舞い上がって、地に落ちるはず・・・だったのだが。

 男も厳しい訓練を続けてきた騎士の一人だ。その上本気である。そう簡単にはいかず、手元に至る前に大きな力で跳ね返された。

(切り返しがはやい・・・!)

 脚力が強いのだろう。崩れたのはほんの少しの間で、反撃をするには至らず。ギリギリでよけた男の剣は、後ろで束ねた髪をバッサリと切り落とした。


 その様子に、審判ランスロットとルーサーは凍り付く。この国では、女性は髪が命なのだ。兵士である女性も然り、みな腰までは必ず髪を伸ばしていた。


 「・・・ハン。汚らわしい油質で俺の剣がさびないといいが」

 目の前でまた、罵りを浴びせる男をにらみ返し、真正面から突っ込んだ。しかし、力ではやはり男が優勢、真正面勝負は見事にはじき返された。

(どうする・・・これでは勝利の兆しさえみえない・・・)

 相手はそれなりの手練れだ。少年といえど、剣の使い方を知りそれを応用することができている。何か、何か方法は・・・


(・・・そうか!)


 男から真反対へ走り出す。後ろではついに逃げ出したかと嘲笑っているに違いない。

 走って、走って。そしてある程度の距離を築くと、今度は、また男の方向へと走り出した。剣を下ろしていた男も、何か仕掛けてくると踏んだのだろう。構えを元に戻す、その一瞬の隙。

 地面をある限りの力で蹴り上げる。ふわり、体が宙に浮いた。


「・・・あっ」

 次の瞬間。私は、男の上で、刃の切っ先をその首筋に当てていた。


 沈黙だけが走る中。爽やかな風が一吹きし、前髪の一部に銀の美しい髪が紛れた少年の黒髪を揺らす。初めて見たその顔は端正であり、剣を扱うものらしい威厳が感じられた。



 「・・・ヴァ、ヴァザール嬢の勝利!」

 こうして、私は、

彼との勝負に勝利したのであった。



 

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