005
「・・・なぜ、手加減されたと思うのですか?」
少しの沈黙が流れた後、こちらへ近寄ってきたセイラー様が口を開いた。美しい金髪が風になびいている。
「・・・勝負が始まってすぐ、私から攻撃を始めました。アルフォード様の構えには肩に隙がありましたのでそこを狙って。すると、予想通りアルフォード様はそれをかわしました。しかしです!そこで体勢の崩れた私に攻撃を入れずに、ただよけただけ!しかも着地時に構えを崩して!ですから、その隙をついて剣をなぎ払わせていただいたのです」
アルフォード様が手加減をされたのには、怒りを示すしかない。なぜ手加減をした?見くびられていた、というよりも。総監であられるセイラー様に「腕は確か」だと認められているアルフォード様は所詮女と真剣に勝負する気がなかったのだ、と言うことに、腹が立った。
せっかく、王直属の騎士との一戦というチャンスだったのに。落胆の色を隠すこともなく、スカートをほどいた。そういえば客間で待っていろと言われていたことを思い出す。
「では失礼いたします。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。アルフレッド様、お相手ありがとうございました」
一礼し、その場を去ろうとした、その時だった。
「待ってください」
先程まで黙って何かを考えていたセイラー様の声に、ゆっくりと振り向く。
「貴女は剣に興味がおありですか?」
「ええ、とても」
すると、またセイラー様は考え込むようにして口を覆うと、再び言葉を紡いだ。
「・・・それなら、騎士訓練所で本格的な訓練を受けてみませんか?」
「・・・え?」
その思わぬ提案に、また間の抜けた声を出す。しかし今度は、アルフォード様も同じだった。
「ラ、ランスさん?それは陛下の許可が必要なのでは・・・」
「なに、別に騎士として迎え入れる訳じゃない。構わんだろう。どうかな?お嬢さん」
それは、あまりに。
願ったり叶ったりの提案ではないか!
「ありがとうございます!」
「わ・・・っ。お嬢さん、少し離れてください!」
急に首もとに飛びついてきた少女にあたふたするランスロットに、ルーサーは信じられないといった表情を隠しきれなかった。
普段は思慮深く、着実に歩を進めるランスロットが、こんな思いつきで、しかも女性を騎士訓練所に迎え入れるとは。
少し用を終えてから再び伺う、と言い残して去っていた少女の背中を見送り、騎士訓練所に戻る道すがら、ルーサーはランスロットに問うた。
「女性を騎士訓練所に招くなんて・・・青天の霹靂ですか?」
「・・・お前、まさか気付かなかったのか?」
すると、ランスロットは心底驚いたように、そして呆れたようにルーサーを見返した。
「・・・俺は見ていなかったから分からなかったが、彼女が言うことは全てつじつまが合っていた。それにルーサー、着地の瞬間構えが崩れるのは、お前の一番悪い癖だろう」
「あ・・・」
ルーサーは思わず口を押さえた。ランスロットはひとつため息を落とし、足を止めてルーサーに向き直る。
「いくら油断していたとはいえ、お前の剣をたたき落としたからには、それ相当の腕なのだろう。俺はそれを見てみたい。欲を言えば、手合わせ願いたいほどにな」
その目は、剣を振るい剣を愛する者特有の熱を宿していた。
(・・・そうだ、この人)
口にしかけた言葉をのどの奥に押し込んで。
ルーサーはまた、ランスロットとともに歩みを進め始めた。
「あ!いらっしゃった・・・どこから抜け出されたんですか!」
戻ってきてそうそう、私に飛んできたのは小柄な男の怒鳴り声だった。
「すいません、ちょっと興味をそそられるものを発見して・・・窓から・・・」
「・・・窓から?」
心底呆れられているらしい。ため息に促され、おずおずと再び窓から客間へ戻る。すると、次ぎに私を待っていたのは、豪快な笑い声だった。
「あっはははははは・・・」
窓から入って、ちょうど向かい側に当たるソファに座っている茶髪が腹を抱えて、苦しげに揺れている。
「ウィリアムズ指揮官!」
「いやあ、悪い悪い。まさか再び窓から入ってくるとは思っていなかったからね」
窓枠から室内に降りて呆然としている私をよそに、男はひとしきり笑い終えると、目に溜まった涙を自身の指でぬぐい立ち上がった。
「私はエドワード・ウィリアムズ。この警備兵総司令部の指揮官を務めている者だ。この小さい男はフレデリック・エリス。お嬢さんを此処まで馬で運んできた・・・語弊だ、連れてきた男はバッカスだ。ところで、お嬢さんは?」
「レオナルド・ヴァザールと申します」
窓から入ってもバルコニーから入っても咎められたことのないレオナルドは、何故エドワードに大笑いされたのかが分からず、首をかしげながらもそう答えた。
「ほほう、レオナルドというのかい?かわっているね」
「よく言われます」
まあ座りなさい、と促され、向かいのソファに腰掛ける。
私が深く腰掛けたのを確認し、ウィリアムズ指揮官は顔を引き締めた。
「・・・どうしてこの男たちが大道芸人の収入をあさっていたのか、という話だったね。確か」
「は、い」
しばしの沈黙が走る。ウィリアムズ指揮官の真剣な視線に、思わずたじろぎそうになりながら、じっと彼を見つめる。もちろん、沈黙を先に破ったのはウィリアムズ指揮官だった。
「実を言うとね、詳しいことはいえないんだ!」
あっけらかん。その言葉が一番ふさわしいであろう笑顔でアッサリと答えられ、拍子抜けする。
「い、言えない?」
「うん。一般市民には言っちゃいけない秘密任務なの。だから、一番有能な三人を派遣したんだけど、君には見つかっちゃったみたいだしね」
すると、後ろに控えていた小柄な男がバツの悪そうな顔をする。見つかったどころか、女に捕まってしまったとくれば後味の悪いことこの上ないだろう。
「まあ、それも想定して、対処を言い渡されてるからね・・・。お嬢さん、口止め料、どのくらい欲しい?」
「口止め料?」
「うん、このことを一切喋らないっていう口止め料。上限いっぱいまでなら幾らでもあげるから、黙っててね。喋っちゃうと牢屋行きになっちゃうし首をはねられちゃうかもしれない・・・嫌でしょ?」
飄々とした笑顔で、それをサラリと言ってのける男に戦慄を覚える。それほどまでに大変なことを私は見てしまったというのか。
「く、口止め料はいりません!別に喋りませんから!」
「え?いや、あのね。その風貌からして、少し裕福なのは分かるけどね。一応支払わないとだね・・・。君だって、もうちょっと楽したいでしょう?」
「本当に大丈夫ですから!私一応、侯爵家の出ですので・・・」
あまり侯爵家の名を口に出すことはしたくない。いろんな意味で、だ。だが、ここでお金を貰ったところで、出所をどう家族に説明しろというのだ。理由も話せない、秘密も漏らしてはいけないとくれば、そういったことにうるさい母に怪しまれるだけだ。
「え?侯爵家?ははは、面白い冗談だねぇ。よし、気に入った。君を家まで送り届ける手はずを整えるよ。その時にお金を渡そう」
押し問答である。もっとも、侯爵家だと信じてもらえない可能性は十分に分かっていた。国にも忘れられている侯爵家が、こんなところで憶えてもらえているはずがない。
いっこうに引く様子のないにこやかな指揮官を前に、思考という思考を巡らせる。
「・・・で、ではお金はいくらぐらいいただけるのでしょうか?」
「お金?ああ、そうだね・・・上限まで行けば、早馬が一頭買えるぐらいかな」
「そのお金の代わりに、上等なペンを一本、加工前の銀鉱石を10㎏、絹の刺繍糸を数束いただけますか!」
モノなら、まだ言い訳ができる。しかも注文をつけたのは、どれもそれなりのモノを扱う雑貨屋に売っているものである。雑貨屋の店主が道ばたに倒れているのを助けて、お礼にいただいたと言えばいい。どれも姉たちの趣味に合わせたものだから、もてあまされることはないだろう。
早馬一頭分のお金をいただくより、ずっといい。
「ふぅん、君って本当にかわってるね。まあいいさ、すぐに用意させる。馬車の手配も10分もすればできるから、この部屋で待っていて」
「あ、あの、ウィリアムズ様!」
「なんだい?」
「私、この後、騎士訓練所に行く約束を取り付けてきているのです!家まで送っていただけるのはとても嬉しい申し出なのですが・・・」
「騎士、訓練所?それは誰と約束をしてきたんだい」
「セイラー様と約束をして参りました。ですので・・・」
「・・・そうか、セイラーと・・・。わかった、行ってお出で。用事が済んだら、また此処へ帰ってくるといい。私が待っているから、それから送るよ」
「良いのですか、そんな・・・」
「気にしないで。君は面白いから、ね」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って、ふたたび窓から出て行った少女の背中を見送り、エドワードはどさり、とソファに横になった。
「聞いた?フレッド。あの堅物の女嫌いが、騎士訓練所に女の子を誘ったってよ」
「はあ・・・私も信じられません。まさかセイラー様が・・・」
「そんなに、あの子が気に入ったのかねえ・・・。ま、面白い子だったけれど」
くすり、と天井に向かって微笑んで。
エドワードは、静かに瞼を閉じた。




