004
「・・・あの、ランスさん」
「・・・なんだ、ルーサー」
「警総(警備兵総司令部の略称)から、熱い視線を感じるんですが」
ランスことランスロットも、薄々と言わずハッキリと気付いてはいたが、わざと黙っていたのだ。しかし素直な部下の言葉に、仕方なく動きを止め、視線を感じる方へと顔を向ける。
(・・・やっぱり)
ランスロットは逃げ出したい気持ちを抑えた。普段男しか居ない騎士訓練所と警備兵総司令部の中庭でわざわざ訓練をしているには訳があるのに、どうしてこういう日に限って女がいるのだ。
「え・・・」
どうやって回避しようか悩んでいたランスロットの隣で、ルーサーが短く声を上げた。そして、ランスロット本人も思わず呟いた。
「嘘だろ・・・」
窓から熱い視線を送ってきていた女が、こともあろうに窓枠を乗り越えてこちらへ向かってくるではないか!
いよいよ本気で逃げ出したくなったランスロットを止めたのは、部下ルーサーの一言だった。
「あれ?あの娘さん、なにか叫んでますよ」
「・・・叫び?」
訝しげな視線を向かってくる女に向けると、確かに何か口が動いている。微かに声も聞こえる。その女性特有の高い声に、ランスロットの眉間にまた一つ深いしわが寄った。
「どうせおきまりの言葉だろう。『お話していただけませんか?』とか『お茶でもいかが?』だとか・・・」
不機嫌そうにそれを呟いたランスロットの声は、近くにまで寄ってきていた女の大声で掻き消された。
「私も仲間に入れてくださいー!」
「え・・・」
先程と同じ声を上げたルーサー。そしてランスロットも、全ての推測を外してきたその叫びに、思考を停止させていた。
二人が動けないでいる間に、その突拍子もない発言をした女は目の前までやってきていた。
「あ、の?大丈夫ですか?」
走ってきたためだろう。肩を上下させながら、心配そうに顔色をうかがう様子を何の感情もなくただ見つめて数分、漸く思考が働き始める。
「あ・・・の、仲間に入れて欲しいとは?」
ランスロットより少し先に我に返っていたのであろうルーサーが、女にもっともな質問を投げかけた。
「剣の訓練に、交えてください、という意味ですが?」
こともなげにそれを告げる女。当たり前だろう、と口外に付け足して。
「・・・お嬢さん、剣の訓練ですよ?見学ならば・・・」
「違います、混ぜてください!私も久々に剣が振りたくてうずうずしているのです」
にっこり。その無邪気な笑顔に、この娘は本気で言っているのだと実感する。その風貌と言動からして、名のある貴族ではないだろう。下級貴族か、裕福な町娘というところか。
「どうします、ランスさん」
耳打ちしてきたルーサーへの返答に口ごもる。どうします、と訊かれてもこちらが聞き返したいぐらいだ。
「・・・お嬢さん、剣を今まで公式で振るったことはありますか?」
女性騎士に前例がない訳ではない。それなりに名をあげた者もいる。だからか、剣術の類の公式大会では、女性参加も認めているのだ。
「ありません!兄と、父としか」
(なんだ、趣味程度の腕か)
ランスロットは目の前に立つ少女に、自身の持っていた木刀を渡した。
「お嬢さん、失礼しました。私はランスロット・セイラー、セゾン騎士団総監督を命じられている者です。そしてこちらは部下のルーサー・アルフォード、若いですが中々の腕をしています。お嬢さんのお相手はこちらのルーサーにお任せしましょう」
「ああ、申し遅れましたわ。私はレオナルド・ヴァザールと申します。よろしくお願いいたしますね、セイラー様、アルフォード様!」
「ヴァザール様でいらっしゃいますね。ルーサー、真剣にお相手するようにな」
(ヴァザール・・・やはり聞いたことのない家だな。それにしても女性でレオナルドという名だとは・・・変わっている)
ランスロットは一人考えながら、近くの木陰に腰を下ろした。ヴァザールと名乗った娘は早速その長いスカートをまくり上げ、腰で括り止めている。
その様子に更に呆れながら、ランスロットはルーサーに目配せした。
女性に免疫のないルーサーは初めて見る生足に赤面していたが、ランスロットの目配せを受け、その顔を引き締めた。
(ふん・・・手加減しながら勝負をできるだけ延ばして、ルーサーがほんのちょっとの差で勝ったように見せれば、面目も守れるしヴァザール嬢もおとなしく帰るだろう)
「では・・・はじめ!」
ランスロットの一声に、二人が対峙する。その時目の前を通り過ぎた白く大きな鳥にランスロットは思わず気を取られた、そのすぐ後だった。
カラン。
木刀特有の軽い音にランスロットの耳は反応した。
(ルーサーめ、しっかり目配せしておいたのにもかかわらず・・・!)
急いで二人に視線を戻す。しかしそこには、またランスロットの予想を裏切る光景があった。
「・・・ルーサー?」
「え・・・?あ、その・・・」
なんと。その手から剣を離していたのは、ルーサーの方だったのである。
(油断のしすぎか、馬鹿め・・・)
ランスロットは目を覆いかけたが、ルーサーは相変わらず放心状態である。まるで、自らの手から剣が勝手に離れていったと言わんばかりに、じっとそれを見つめている。
言葉も出ない二人に変わって、静寂を破ったのはヴァザール嬢の声だった
「アルフォード様、どういうことですか!なぜ、手加減されたのですか!セイラー様は真剣にとおっしゃられていたのに!」
「・・・嘘、だろ」
本日二度目の同じ呟きは、怒り心頭のヴァザール嬢にも、放心しているルーサーにも届かず。この季節特有の、爽やかな風に掻き消された。




