003
「・・・離してください!ちょっと!」
漸く我に返ったのは、蹄の音だけが反響する暗い路地裏だった。
「ちょっと!きいてます?」
私といえば、少し前から馬上で抗議の声を上げつづけているが、男が馬を止める気配はいっこうにない。
「ちょっと・・・!」
「もう少しですからおとなしくしていてください!・・・私たちは城から手配された警備兵です。理由は後々お話しいたしますから!」
「け、警備兵?」
それは自分でも呆れるような間の抜けた声だった。
しかし、何故、警備兵ともあろう役職が、こそ泥のような真似を?
抗議の変わりに、新たに頭上に浮かべた無数のハテナマークに気付いたらしい男はため息を一つ落とし、馬を止めた。
「・・・っわ!」
「着きました。さ、降りてください」
男はそう言いながらも私を再び担ぎ、そして地面にゆっくりとおろした。
「・・・ここは?」
目の前にそびえ立つ、立派な煉瓦造りの建物。その周辺には白い花が咲き乱れた木が建物を覆うようにして生えている。
「リオン城内にある警備兵の休憩場所です。少し待っていてください」
そう言い残して、建物の中に消えていった男たち。その背中をおとなしく見送った後、周りを見渡す。すると、入り口近くの木陰にベンチを見つけた。
いいものを見つけたとばかりに近づいて腰を下ろす。深呼吸をすると、甘い花の香りが胸の奥まで広がる。緊張と混乱が少し和らいだ。
「そうか、リオン城内の休息所・・・」
・・・ちょっとまて。
ベンチで落ち着きを取り戻したためか脳が正常に働き始める。リオン城?それは、このセゾン帝国を納める皇帝がすむこの国の最重要機関だ。その城内に設置されているということは、ここは警備本部である警備兵総合司令所に当たるだろう。
と、いう結論にまで行き着いて、次ぎに浮かんだ疑問は実に率直で的を射たものだった。
「・・・何故?」
その疑問を思わず口に出した途端、中から先程私が拘束した小柄な男が顔を出した。
「あ、あの・・・中へお入りください」
「は、はい!」
そう促されて、立ち上がる直前、スカートに乗っていた白い花に気付く。考え事をしている間に風に落とされたのだろう。あまりに可愛い花だったため、腰にあしらわれた一際大きなレースの間に忍び込ませて、小柄な男が待つ入り口へ向かった。
建物の中はこざっぱりとしていた。・・・と、いうより何もないといった方が近いかもしれない。アリシア姉様やアルテミシア姉様の作る装飾品の数々が彩る我が家とは正反対の光景に、男所帯とはこんなものか、と少し新鮮さを感じながら小柄な男の後をついて行く。
すこしすると、廊下の突き当たりにある、客間らしき部屋に通された。
その部屋も大きな向かい合わせのソファが二つと、その間に長い木のテーブルが二つあるきりの簡素なものだった。
小柄な男に座って待つよう促され、ソファに腰掛ける。お茶を出してくれるような気配はなく、男は私が腰掛けたのを見届け、そうそうに部屋から出て行ってしまった。
・・・一人の静寂はあまり好きではない。だからオースティン兄様が外出されている際も姉様や父様の元へ向かうなどして、それを避けてきた。
(だというのに、今日は二度目だわ)
ふう、と一つため息を漏らし、部屋に一つだけある大きな窓へと視線を移した。窓は大きく開け放たれており、この季節らしい爽やかな風が後ろで一つに結っている髪を揺らした。
「・・・太刀筋が・・・ぞ!」「は、・・・い!」
「・・・あら?」
風に紛れて聞こえた声に、立ち上がって窓辺へ寄る。その声の主は、すぐそこに広がる中庭で木刀を交えている男たちらしかった。
素早い動きで立ち回り、隙を見て相手の脇を抉り込む。それをかわして、逆に生まれた隙に刀が勢いよく振り下ろされる。
「・・・私も、混ぜてもらえないかしら!」
ここ一週間誰とも剣を交えていないレオナルドがその光景に興奮したのは、致し方しのないことだった。




