002
「やっぱり町は賑やかね、お父様」
「ああ、そうだな」
アルフレッド侯爵は嬉しそうに馬車の窓から外を覗く娘に一安心し、御者に馬を止めるよう告げた
馬車から降りる娘の手を取る。忘れられているとは言っても侯爵家の娘だ、それなりの格好をしてみればれっきとした貴族に見える。
アルフレッド侯爵はけして男前と世の女性たちからもてはやされるような顔立ちではなかったが、妻エイリーンは美しいと評判の子爵家の娘だった。
そのためか、子供たちも顔は悪くなかった。・・・悪くなかった、どまりだったが。
「大道芸人はどこかしら。お父様・・・ねえ、お父様!」
「あ、ああ。多分向こうじゃないか?人がたくさん居るだろう」
「・・・きっとそうね!早く向かいましょう」
スカートをつまんで自らの前を早足で行く娘に目を細めた。彼女はあと二週間もすれば十六になる。十分嫁に行ける年ごろではないか
・・・長女アリシアの年齢はもう考えたくもないが、次女以降の可能性に彼は常に気を揉んでいた。何故揃いも揃って嫁にすら行けないのだ。顔は悪くない。地位もある。趣味も内向的であり生産的だ。妻としては十分だろう。・・・レオナにはこれから覚えさればいい
「すごいわお父様!人が飛んでるのよ、ほら見て!」
綱渡りに感動している娘につられて、感嘆の声を上げる
「おお、すごいな」
「見ているこっちが冷や冷やするわ!」
その割にはずいぶん楽しそうな笑顔を浮かべるレオナルドに、自然と顔がほころぶ。これで結婚さえしてくれれば。父の思考は、どの道そこへ行き着くのだった。
「すごいわ、すごいわ」
前に見たのはいつだったか。久々に見た大道芸はやはり素晴らしかった。己を磨き上げ、常人とは思えない技の数々をこともなげにこなしていく大道芸人たち。幼い時、それを目指していたほど憧れた姿がそこにあった
チラリ、と隣に立つ父を見やるとやはりまた考え事をしていた。最近、彼はずっとそうだった。娘といる時は必ず何かを考えている。・・・その何かを口に出したことは、ただの一度もなかったが
父の思案癖につきかけたため息を飲み込み、また舞台を見る。今は剽軽な顔をした男が一輪車に乗りながらボールを5つ放り投げるようにして操っていた
「・・・あら?」
しかし、レオナルドの目にとまったものは、剽軽な男でもハラハラする民衆でもなく
6つめのボールを渡すため待機している美女の後ろを動く、不穏な影だった
よく目をこらすと、男が三人、何かに集っている
(・・・あれは!)
その何かとは、団長が観客から報酬を集めるための黒いシルクハットだった
それに気づいた途端、怒りが沸々とわいてくる。日々鍛え上げるという大道芸人の努力がこうやってお金に替わっているというのに、それを奪うなどと許せない所業だ
隣の父は考え事をしていて娘の様子に気づかない
普段剣術で磨いた術を駆使し、あれよあれよという間に大衆をするりと抜ける
舞台の影に身を潜め、そのこそ泥共にじり寄る。こそ泥共は気づく気配すらない
(・・・今だ!)
シルクハットから離れようとした三人がみな背中を向けた時、一番体躯の小さな男に飛びかかった
「ひぇ・・・っ」
「!?誰だ!」
「しっ。・・・事を荒立てたくないんだったら、奪った金をおいていきなさい。警備兵にだけは突き出さないであげる」
男を後ろ手にとり、ギリギリと締め上げる。小柄な男はまた、ひぃという短い悲鳴をあげ、その手からは小銭が滑り落ちた
「ちょっと、お嬢さん!」
「何か文句でも?あなたも早くおいていきなさい」
「違うんですって・・・ああ、もう!」
「・・・え?」
ひょい、その効果音が一番しっくり来るだろう。
リーダー格の男が私と私が拘束していた男を、いとも簡単に担ぎ上げた
人間、あまりに展開が唐突過ぎると抵抗も忘れるらしい
路地裏に繋いであった馬に荷物のごとく積み込まれ、大道芸の騒がしさが消える頃まで、私は見事放心していたのであった




