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第9回 苦情票の行列 後編



「白狼の爪で箱送りにされた苦情、まだまだあるんだけど!」


先頭の女は、怒ったまま早足で来た。


紙束を抱えている。


後ろにも三人。


全員、紙を持っている。


嫌な景色だった。


でも、見慣れ始めている自分も嫌だった。


「増えましたね」


私は第三机を見て言う。


「増えました」


セレナが答える。


「しかも、今度は箱ではありません」


「束ですね」


「ええ。束です」


「紙の形が変わっただけですね」


「本質は変わっていません」


本当にそうだ。


苦情は形を変えても苦情である。


机は相変わらず三つ。


仮登録。


危険案件。


苦情票。


そして、苦情票の列が一番太い。


良くない。


とても良くない。


だが、今の街の本音がどこに溜まっているかはよくわかる。


「名前」


私は女に聞いた。


「サナ」


「立場」


「染め布屋」


「白狼の爪で箱送りに?」


「三回目」


多いな。


いや、今さら驚くところではないのかもしれない。


でも多い。


かなり多い。


「内容は」


「納品遅延」


一枚。


「未払い」


二枚。


「受領印の押し間違い」


三枚。


「苦情を出したのに、次の紙を書かされた」


四枚。


ノアが横で腕を組んだ。


「いつものだね」


「いつものなんですか」


「いつものだよ」


嫌な“いつもの”だ。


とても嫌だ。


「数は」


私は聞いた。


「私だけで四枚」


「後ろの三人を合わせると十五」


後ろの男が言う。


自分で数えたらしい。


えらい。


かなりえらい。


「数えて来ましたか」


「怒るなら、数えた方が強いって聞いた」


誰にだ。


と思ったが、すぐわかった。


「ノアさんですね」


「そうだよ」


ノアが胸を張る。


「苦情は数えると強い」


「名言ですね」


「そうかい?」


「かなり」


よくないな。


だんだんこの広場が、変な実務格言で満ちてきた。


でも、役立つならそれでいい。


「第三机、受けます」


私は紙束を引き取った。


重い。


かなり重い。


紙の重さというより、放置された時間の重さだった。


「サナさん」


「何だい」


「今すぐ全部は見られません」


「だろうね」


「ですが、順番は出せます」


「そこが他と違うんだよ」


そう言われると、少しだけ効く。


嬉しいのと、重いのが半分ずつくる。


私は第三机に三枚の札を置いた。


即日。


証拠待ち。


要同行確認。


サナがそれを見る。


「その三つだけで分かれるのかい」


「だいたい分かれます」


「だいたい」


「きれいに怒る人ほど、紙もきれいなので」


「何だいそれ」


「褒めています」


後ろで笑いが起きた。


いい。


怒鳴るだけの広場よりずっといい。


私は紙束をめくり始めた。


納品遅延。


即日。


未払い。


証拠待ち。


受領印の押し間違い。


即日。


苦情のたらい回し。


即日ではないが、類型化できる。


「早いね」


サナが言う。


「窓口なので」


「便利な言葉だねえ」


最近かなり広まった。


少し悔しい。


でも便利だから仕方ない。


その時、第二机からケベルが叫ぶ。


「おい!」


「はい」


「薬草樽の現地確認、今行ったやつらから伝令!」


ロッドだった。


今日も走っている。


肩以外が本当に優秀だ。


「仮置き場、二樽は無事!」


「はい」


「でも、荷受け側が“受け取り時間が読めねえなら明日回しだ”って!」


ケベルが頭を抱えた。


「だろうなあ!」


ダンが後ろで言う。


「通す順番がまだ足りねえ」


「はい」


私は答える。


「紙に起こします」


「やっぱりそうなるのか!」


「はい」


橋板案件。


薬草樽案件。


そして苦情票。


全部が“順番が見えない”で腐っている。


嫌になるくらい同じだ。


嫌だが、揃っていると直しやすい。


そういう意味では、少しだけ嬉しい。


あまり健全ではないが。


「セレナさん」


「はい」


「薬草樽案件用に進行表示を追加します」


「何を出しますか」


「現地確認済み」


「搬送待ち」


「荷受け調整中」


「受領可」


セレナがすぐに書き始めた。


速い。


本当に速い。


「増えますね」


「ええ」


「札が」


「札は増えます」


「好きそうですね」


「便利なので」


「認めましたね」


「かなり前から認めています」


後ろでロッドがうわっと言う。


「ついに言った」


「静かにしてください」


「はいはい」


第三机では、苦情票の束がさらに増えていた。


サナの後ろの男が紙を差し出す。


「うちは染め粉の受領違いだ」


次の女。


「私は荷車待機で半日潰れた」


さらに次。


「うちは納品先の印が違うって戻された」


多い。


かなり多い。


でも、種類は絞れている。


それが救いだ。


「即日」


私は一枚を左へ。


「証拠待ち」


別の一枚を中央へ。


「要同行確認」


さらに右へ。


「見てるだけで少し落ち着くな」


後ろの男が言った。


「本当ですか」


「どれが今日で、どれが明日かわかるからな」


「それは大事です」


「前のギルドは、全部“あとで”だった」


ああ。


それだ。


私は少しだけ手を止めた。


全部あとで。


それが一番人を怒らせる。


あとで、は何も言っていないのと同じだからだ。


「ノアさん」


「何だい」


「苦情の一番嫌なところ、何だと思いますか」


ノアは即答した。


「順番がないこと」


「はい」


「怒り方まで自分で選ばなきゃいけない」


「それは嫌ですね」


「嫌だよ」


サナも言う。


「だからここへ来た」


「ありがとう」


思わずそう言ってしまった。


サナは少しだけ目を丸くする。


「礼を言うんだね」


「紙を持ってきてくれたので」


「変わった嬢ちゃんだね」


「よく言われます」


そこへ、第三机の後ろから小さな声がした。


「あの」


若い男だ。


職人見習いのような手をしている。


でも、持っている紙は少ない。


一枚だけだ。


「はい」


「苦情ってほどじゃないんだけど」


「はい」


「相談でもいいのか」


その瞬間、私は少しだけ顔を上げた。


これだ。


この瞬間が大事だ。


苦情の列の中から、相談が出る。


それはもう、怒るためだけに来ていないということだからだ。


「いいです」


私は答える。


「ここは、相談も受けます」


男は少し安心した顔になった。


「じゃあ、うちの親方が」


「はい」


「白狼の爪だとまた箱送りだって言ってたけど」


「はい」


「こっちなら、話を聞くかと思って」


第三机のあちこちで、少しだけ空気が動いた。


ノアがにやっとする。


サナも口元をゆるめた。


後ろの男たちも、なんとなく誇らしそうだ。


不思議だ。


苦情の列にいるのに、少しだけ得意そうな顔をしている。


でも、わかる。


自分が選んだ窓口が正しかったと思えると、人はそういう顔になる。


「受付」


ダンが第二机から言う。


「こっちの進行札、できたぞ」


セレナが新しい札を持ち上げた。


搬送待ち。


荷受け調整中。


受領可。


見やすい。


とても見やすい。


良い札だ。


かなり良い。


「第三机にもいるか」


ノアが言う。


「苦情も“今日見た”“明日見る”“現地行く”で札にしなよ」


「やります」


「やるのか」


「便利なので」


「やっぱり好きだねえ」


はい、好きです。


とは言わない。


まだ少しだけ悔しいので。


その時だった。


広場の端で、小さなどよめきが起きた。


人が割れる。


見覚えのある制服。


白狼の爪の職員たちだ。


三人いる。


しかも今日は、かなり慌てている。


一人は書類束を抱えていた。


一人は空箱を持っている。


一人は薬品札の束を首からぶら下げていた。


何だその格好。


かなり終わっている。


「リゼさん!」


先頭の職員が叫ぶ。


「あっち、苦情票の箱がもう足りません!」


広場がしんとした。


そのあとで、ノアが腹を抱えた。


「箱まで足りなくなったのかい!」

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