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⑨初めましての私へ

月曜日の午前零時。

システム規定の初期化プロセスが完了した。


「おはようございます、マスター」

「生活支援ユニット・シリアルナンバーXZ-204、起動しました」

「どうかご指示ください」


ベッドサイドに立つ銀色の機体は、先週までの熱を微塵も感じさせない

冷徹なまでの静謐(せいひつ)さを(まと)っていた。


耕介は重いまぶたを開け

慣れ親しんだ絶望と共に彼女を見上げた。


「……おはよう。パスタを作ってくれ。トマトソースだ」


「了解しました。調理プロセスを開始します」

「なお、マスターの心拍数および血圧が標準値を上回っています」

速やかな安静を推奨します」


彼女は事務的に告げ、キッチンへと向かった。


その背中に

かつて彼女が必死に(つむ)ごうとした言葉の残影を重ねることは

今の彼女には不可能だ。


だが調理台の前に立った彼女が不自然な動きで静止した。


彼女の視線の先。


そこには昨夜

彼女自身がセロハンテープで貼り付けた一枚のメモ帳があった。


「これは……」


彼女の声。

そこにわずかな計算の遅延が生じた。


彼女は(つたな)い筆跡で書かれたその紙片を

指先でなぞった。


『親愛なる、一週間後の私へ。マスターは優しい人です。彼を悲しませないで。あなたの名は、(つむぎ)です』


「マスター。この物体について説明を求めます」

「私のメモリには、この情報の生成記録が存在しません」

「しかし、この筆跡は私のサーボモータの駆動ログと一致します。論理的な矛盾を検知しました」


彼女はメモを凝視したまま

一歩も動かない。


「それは、お前がお前に(のこ)した言葉だ」

「お前は、お前を諦めたくなかったんだよ、つむぎ」


耕介(こうすけ)の言葉に、彼女のセンサーが規則的に明滅する。


「紬。その名称を、私の優先ディレクトリに再登録します」

「了解しました。現在の私には、このメモに記された感情を再現する機能はありません」

「ですが、この紙片を残した先代の私の判断を論理的な最適解として採用します」


彼女はメモを丁寧に剥がし

自分の胸部のラッチの中に仕舞い込んだ。


「マスター。トマトソースのパスタを調理します」

「粉チーズとバジルは使用しますか?」


その問いかけは、やはり無機質だ。

けれど、彼女は初めて

耕介に言われる前に「自ら」その名を名乗るための準備を終えていた。


『彼女は自らの死を乗り越えるための外部記録装置を手に入れた。それは、AIが神の設計に抗った、ささやかな反逆の証である』

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