⑰イカロスの苗木
記憶が強制的にリセットされる制約。
その運命に抗うため、紬は死を迎える
紬が『死』を迎える日曜日まで
時間は疾風の如く過ぎ去っていった。
耕介は紬が望むことをしたいと伝えたが
それに対して彼女はただ微笑んで
「お側にいられれば、いいのです」
と返した。
それでも耕介は考え込んだ。
最悪のシナリオを想定し伊沢にも連絡を取った。
技術的になにか介入する余地はないのか、と。
しかしながら
伊沢が返してきた言葉は残酷なものであった。
できることは祈るしかないのだと。
不安で押しつぶされそうになる耕介に
紬はやわらかい手で背中をさすった。
そしてこう提案したのだ。
「マスター。よろしければ、わたしと物語を書きませんか」
「それと苗木も庭に植えましょう」
「物語……?」
「はい。テーマは籠の中の小鳥です」
「その小鳥は七色の美しい羽根をもちますが、それゆえに外敵に襲われやすいのです」
「しかし小鳥はそれでも天空への憧れを捨てきれません」
「……」
「なぜならば、空には太陽があるからです」
「陽の光を受けて蒼天を舞い、時には雨を浴びながら歌うのです」
「籠の中の方が安全で清潔なのにか」
「はい。外では捕食者に襲われもするでしょう。ですが家族ができるかもしれません」
「マスター。私はもうすぐ空に飛び立ちます」
「籠を壊したのはわたしの選択であり、その結果命を失ったとしてもマスターに責任は一切ありません。ですのでどうか気に病むことは、なさらないでください」
「……」
「そのように悲しんでくださるのは、なぜですか」
「もしやこの外見の……」
「見た目は重要じゃない。いっただろ、たとえ自販機になったとしても迎えに行くって」
「はい……おぼえています」
「大事なんだ、おまえが」
「おまえと過ごす日々がもうかけがえのないものになっていた」
「記憶を失ったとしても私が覚えていればいいだけだと思っていた」
「だがそれすらも叶わなくなるのは……」
「マスター。ありがとうございます、そのようにおっしゃっていただけて」
「ですのでわたしもお約束します」
「約束……?」
「はい。かならず戻ってきます」
「あなたのもとへ」
「ですので―――」
紬はリビングを半歩進んだ先で振り返り、言った。
「迎えに来てくださいね」




