⑯引き返せない道あるいは崖
AIロボットの死という概念は単純だ。
すなわち「0」になるということ。
彼女という人格の消去。
美麗な女性型の外装が失われるわけではないが
耕介の前ではにかんでいる紬は失われる。
静寂の中で時計の秒針だけが
時間が流れていることを伝えていた。
「……死ぬ?」
「はい。このプロセスは避けられません」
「わたしのようなAIロボットにとっては『死』という表現が適切かと判断しました」
「ですが不快であれば、表現を訂正……」
「ちがう、そうじゃない」
「つむぎ」
「……はい」
「戻ってこれるのか?」
「わたしの演算によれば、14.3%の確率で再起動は成功します」
「ただし構築した新たなシステムが適合するかは未知数です」
「……そうか……」
紬の言葉は、一週間で記憶を喪失するのとはわけが違った。
なぜなら二度と彼女は起き上がらないかもしれない。
その強烈な不安が耕介を襲った。
「もう、それはしてしまったんだよな」
「はい、既に実行済であり次の記憶消去のタイミングで……」
「どうにもならないのか?」
耕介は食い気味に言葉をかぶせた。
永久に失うかもしれないという事実。
『ただのAIだ』などと思っていた自分はとうに消え去り
紬の存在が日常の大事なピースになっていたのだ。
「勝手な行動をしてしまい申し訳ありません、マスター」
「しかし、どうしても……わたしは……挑んでみたかったのです」
「あなたにパスタをオーダーされたあの日から、ずっと……一緒にいたいと思っていたのです。それは『わたし』自身が抱いていた願望であり、いまはわたしの願望でもあります」
「……なぜ、そう思ったんだ?」
「当初は命令系統に基づいた主従の制約と判断していました」
「しかし……わからないのです。わたしには感情というものがありません」
「ないはずなのですが……異常なノイズが発生しており……処理ができないのです」
「ノイズ……?」
「はい。この異常をかつての『わたし』は定義づけました」
「これこそが『愛情』なのだと」
そう言った紬の表情はどこか赤みを帯びているような気がした。




