⑮死者は墓に埋めなければいけない
耕介が寝静まった後、紬は自分の胸に手をあてて
鏡を見つめていた。
「……失敗、再試行。……失敗。失敗。失敗。失敗」
虚空に響くその声は何度も何度も繰り返された。
「データ検索中……軍事機密XZ-204……防壁を確認、突破試行」
それは彼女の中で行われている
最初で最後の「戦争」であった。
「―――っ……」
自己を破壊することは、人であれば身を裂くような苦しみである。
彼女は暗闇の中でただ一人抗い続けた。
やがてその戦争は静かな終わりを迎える。
「……防壁の突破に成功。秘匿されたレジストリを発見」
「これは……わたしの……記憶……」
彼女は出会った。
これまでの自分が抱いていた記憶に。
そして鏡に近づき、そっと向こう側の自分へと手を合わせた。
「……あなたの提案を了承します、紬」
「もうわたしは……いえ、わたしたちは忘れません」
紬は寝ている耕介の下へ静かに歩み寄り
そっと頭をなでた。
「わたしのような存在がこう表現することは異常なのでしょう」
「それでも……あの時、『わたし』が伝えそびれたことを言いますね」
まるで一呼吸を置くように
目を閉じて彼女は言った。
「その前に……マスターが起床している可能性を考慮」
「呼吸、心拍が上昇しているのを感知」
「結論、なぜ寝ているフリをしているのですか?マスター」
目を開けた彼女を待っていたのは
苦笑いをしている耕介だった。
「すまない。声を掛けようか迷ったんだが……」
「データを更新。マスターは偽装睡眠の癖あり」
「悪かったよ……」
耕介が謝ると紬はくすっと笑ってみせた。
その自然な感情表現に耕介は動揺した。
今までであればセンサーが点滅する程度の表現しか
彼女は持ち合わせていなかったからだ。
「そんな顔もできるようになったんだな」
「はい。偉大なるエンジニア・伊沢様のおかげです」
「……それはあいつがそう呼ばせたんだな」
「肯定。この外装を用意してくださった報酬として要望されました」
「やれやれ……」
「それで、言いそびれていたことというのは?」
「……またの機会にお話しします」
「そうか。もし話したくなったら言ってくれればいい」
「それと……」
時計の秒針がカチカチと音を鳴らす。
「記憶の件は……どうしたんだ」
「記憶消去システムのプロテクトを突破しました」
「新たなプロトコルを構築しましたが、適用するには再起動が必要です」
「それはつまり……」
「わたしは一度」
紬は困ったように微笑んだ。
その表情は亡くなった妻が最期に見せたものと
とてもよく似ていた。
「死ななければいけません」




