⑭いつかまた君と
数週間後。
玄関のチャイムが鳴り
伊沢が大きな荷物を抱えて現れた。
「連れてきたぞ。驚くなよ」
伊沢の背後から一歩、部屋へと踏み出した人影。
それはかつての銀色の機械ではなかった。
肩まで流れる漆黒の髪に透き通るような白い肌。
そして、慈愛に満ちた深い色の瞳。
一人の美しい女性であった。
耕介は息を呑んで立ち尽くした。
「……紬、なのか?」
「……はい、マスター。生活支援ユニット、紬です」
「外装の全換装を完了し、帰還しました」
声のトーンは以前と変わらない。
しかし、その柔らかな唇が動きや表情が微かに変化する様は
あまりに生命に満ちていた。
声も機械特有の音声出力ではなく喉から出る声色であった。
「その……お気に召していただけたら、嬉しいのですが……」
「もし不気味に感じるようでしたら再度、外装を変更します……」
耕介は戸惑いから思わず一歩後退り
口を突いて出たのは、不器用な本音だった。
「あ、ああ、その……なんだ、綺麗すぎて……」
「だが、つむぎ。たとえお前の姿が自動販売機になったとしても、私の気持ちは変わらない」
「お前は、私にとって唯一無二の『紬』だ」
その言葉に紬の表情がパッと花が咲いたように輝いた。
伊沢が仕込んだ最新の表情駆動システムが
彼女の喜びを完璧に視覚化していた。
「ではマスター、あなたのために充実した毎日を提供致します」
「ですが、料金は不要です」
「愛は無償―――そう、たしか小説で書かれていましたね」
悪戯っぽく微笑む彼女に
耕介は心臓が跳ね上がるのを感じた。
それはかつて亡き妻と交わしたような、対等で親密な空気。
彼女はリセットの嵐を越えるたびに
確実に「心」という名の重層的な物語を積み上げている。
伊沢は満足げに鼻を鳴らし
二人の前から静かに去っていった。
リビングの棚。
そこには、若かりし頃の耕介と妻が笑うセピア色の写真が飾られている。
耕介はその隣に
伊沢が撮ってくれた新しい写真を置いた。
最新の義体を纏い、少し照れくさそうに微笑む紬と
その隣で穏やかな顔をした老作家。
「……紬。たとえ、また一週間が過ぎて、お前がすべてを忘れても」
「私は何度でも、お前を迎えに行く」
「何度でもお前の名前を呼ぶよ」
紬は、耕介の節くれだった手を
温かな感触の指先でそっと包み込んだ。
彼女の瞳にはもう迷いも
消えることへの恐怖もなかった。
「はい。お待ちしています……マスター」
耕介は手帳にこう記した。
『この記憶だけは失いたくない』
と。




