第四章:ヒビ
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「愛理ちゃん最近元気なさそうだけど…、どうしたの?」
ここは私が通っているピアノ教室…兼、射川竹人君の…自宅。
先生は竹人君のお母さんのかすみさんだ。
「いえ…ちょっと寝不足気味で。」
「あらあら、それは大変ね。何か悩み事でもあるのかしら?」
「いえ…そういうんじゃないんですけど…最近少しずつ気温が上がり始めたかしら…
なんとなく寝苦しくって…じゃあ…
来週はこっちの新しいページでいいんですよね?」
あれから約4ヶ月…私はほぼ毎晩のように夢を見続けた。
夢の内容の大半はゼウスと寝台の上で共に過ごしている。
あの後アイリスは子供を3人も生んだ。
そして牡牛座守護神として星々を守護する女神として宮殿に鎮座する。
正直夢の内容にはうんざりしていた。
欲求不満なのだろうかとさえ悩んだ時期もあったのだが。
「ええ、愛理ちゃんのペースでいいから頑張ってきてね。」
「はい。…あ!
先生!!忘れてたんですけど…」
「何かしら?」
「もうすぐ弦楽部の定期演奏会なんです。明人君誘ってもいいですか?」
「え?…明人を?」
「気分転換にいいと思うんです。
毎日あそこに座ってるんでしょ?明人君…
たまには外に出して音楽でも聴けばきっと多少なりとも気がまぎれると思うんです。」
「そう…ねぇ…」
そういいながら先生はちょっと難しい顔をして見せた。
やっぱりあの調子だと外出することすら難しいのだろうか。
私も半ば諦めモードでの先生へのお伺いだったが
次の瞬間、先生はニコリと微笑んで見せた。
「いいでしょう。明人がもし行きたいというのなら是非連れて行ってくれるかしら?
最近引きこもってばかりだったから…体にも良くないし。
ただ、明人が行きたくないって言ったら無理には誘わないで頂戴ね?」
「はい!」
鞄にテキストをしまいこむと一礼して音楽室を出た。
廊下に出るといつものように階段の一段目に腰を下ろして玄関を真っ直ぐに
見つめている明人君を見つけた。
その横顔が切なすぎる。
明人君の背後にある薔薇模様のステンドグラスの光が真っ直ぐに差し込み
明人君がまるで天使のように見えた。
「明人君って猫みたいね。そこ涼しい?」
毎週、明人君を見つけると必ず声を掛けるようにしている。
それで少しでも明人君の気持ちがまぎれれば…そう願っての事だ。
「ふふ、ほんと、猫みたい!
ねぇ、明人君、急なんだけど明日の土曜日暇?
他校との合同定期演奏会なの。
良かったら聴きにこない?」
そういってチケットを一枚、明人君の前に差し出して見せた。
「え?何処でやるの?」
「今年はウチの学校のホールよ。ね?
私、入学して初めての演奏会なの。うんと頑張るから聴きに来てよ!」
なんとか明人君に興味を持って欲しくて
一生懸命演奏会の説明をしてみせる。
しかし明人君は少し困った顔をして見せた。
やっぱりだめだったか?…
すると玄関のドアが開いた。
二人して顔を上げてみると、
天妙寺秋桜がそこに立っていた。
思わずフン!と鼻を鳴らす。
一瞬会釈されたように見えたが
無視した。
「ね、タダだしいらっしゃいよ。帰りはちゃんと私が送るから」
そう言って慣れないウィンクをして見せた。
そのウィンクが効いたかどうかは分らないが明人君は定期演奏会に来てくれることになった。
-2-
「いよいよ明日は定期演奏会です。
一年生は満点星生以外のお客さんの前で演奏するのが今回が初めてですね。少し緊張するかもしれませんが大丈夫です。今までこれだけ練習してきたのですから皆さん全員、ありったけの力を振り絞って楽しみながら頑張りましょう。」
東谷先生が教壇に立ち、部員たちの緊張を優しく解きほぐしてくれた。
「では明日、皆さん各自遅れないように。解散」
みなそれぞれ身支度を済ませぞろぞろと音楽室を出てゆく。
「あやめ~、帰ろう♪」
そう言って鞄を持ち直したところで
「七瀬さん!」
と声をかけられ振り向くとそこには入間先輩が立っていた。
「ちょっといいかな、少し話したいんだけど…。」
ふん!と鼻を鳴らして無視してやろうと思ったのだが、
突然腕をつかまれて驚く。
「頼むよ!大事な話なんだ…。羽鳥先輩もいるから。」
「あら、羽鳥先輩いらしてるんですか?」
あやめだ。
今月に入ったあたりからだろうか?
羽鳥先輩がごくたまにだが部室を訪ねてくる事が数回あった。
挨拶程度の会話はしたが基本的に入間先輩、羽鳥先輩を避けていた。
だって…。
「あやめちゃん、ごめん。私ちょっと用事できちゃったから先帰ってて?
じゃあ、明日ね?」
「え?…あ…う、うん。…じゃあ明日。さようなら」
「さようなら」
あやめを見送った後、私は無言でずんずんと螺旋階段を上っていた。
「こちらでよかったですか?先輩」
怒り口調で満点星ホールへと進んだ。
「ははは…そんなに怒らないでよ。怒ってばかりいるとそのうち尻尾が生えてくるってよ?」
「はぁ?!」
思わず勢い良く振り向いて入間先輩を強く睨みつけて見せた。
「うちの犬がさぁ、怒ると尻尾振るんだよね?変でしょ?」
「何言ってるんですか?!私本気で怒ってるんですよ!?」
「いやでも、本当なんだよ。ちなみにフレンチブルドックでメスなんだ。
いや~、もう、すっごくかわいくってね!
思わず“ずんだむし”って名前付けちゃったよ」
「はぁ~?!何ソレ!!」
溺愛している犬になんてセンスのない名前…。
ふっ!
思わず吹き出す。
「あ、やっと笑ってくれた!」
入間先輩は花が咲いたようにぱぁっと明るい笑顔を作って見せた。
「ほら!これうちのずんだむしちゃん♪」
そう言って携帯の待ちうけを見せてくれた。
「あら、本当!かわいい!!」
真っ黒でつぶらな瞳をキラキラさせながらカメラ目線でうつっている愛らしいフレンチブルドック。
「もうさぁ、本当にかわいすぎて歌まで作っちゃったよ!
“ず・ず・ずんだむしぃ~♪あ~しが六本生えているぅ~♪”
ね?どう?センスいいでしょ?」
「アハハハ!!何ソレぇ~!!ぜっんぜんセンスなぁ~い!!」
そうこうしているうちにいつの間にか満点星ホールへと上がってきていた。
ピアノ椅子には羽鳥翼が腰かけて待っていた。
「やぁ。演奏会前の最後の練習、終わったんだね?お疲れ様。」
「こんにちは」
「こんにちは、羽鳥先輩」
入間先輩が先に羽鳥先輩のもとへと進む。
私はその場に立ったまま動かない。
誰が行くもんか。
「あの!話ってなんですか?!
私忙しいんです。
手短にお願いできます?」
大声で二人に聞こえるように怒りをたっぷり込めて言った。
「愛理ちゃんもこっちにおいでよ。お互い大声で話し合うなんて疲れて仕方がないだろ?」
入間先輩も負けじと大声で言う。
ふん!
鼻を鳴らすとばかばかしいわ、と呟きながら仕方がなく二人の下へとやって来た。
「やぁ、ゆっくり話すのは久し振りだね?愛理ちゃん」
「そうですね」
ぶっきらぼうな返事を返してみせる。
「最近僕らの事避けてるみたいだけど…あまり怒らないでほしいな。」
入間先輩だ。
「別に怒ってなんかないです!」
そう言いながらも強い口調は変わらない。
「愛理ちゃん…、ゼウスにされたことで傷つくのはわかるけどさぁ…」
思わず目を見開いた、次の瞬間
入間光の頬が鳴っていた。
その様子に羽鳥先輩も驚いて軽く腰を浮かす。
涙が溢れ出た。
ぼろぼろ…
涙が溢れてくる…。
それじゃあまるで私が…
違う!!
そうじゃない!!
「私とゼウス様は愛し合ってる!!なのになんでそんな言い方するのよ!!」
そう怒鳴りながら叫ぶと
全力疾走で満点星ホールを駆け抜け
螺旋階段を飛び降りて行った。
もう一発叩いてやっても良かっただろうか?さえ思うほどに
怒りがこみ上げてきて治まらない。
とにかく誤解されている。
私とゼウス様は、愛し合ってる!!
そう…
そうなのよ!!
なのに…
許せない!!
もう関わるのはやめよう。
そう思った。
もう知らない。
入間先輩にも羽鳥先輩にも、
関わるのはやめよう。
夢は夢であって、現実じゃない。
指輪は…存在無視!!
これで一件落着!!
-3-
「アイリス、その後体調はどうだい?栄養価の高いお茶を持ってきたんだけど飲む?」
そういいながらイネ=ノがこちらへとやって来た。
と、今日は連れがいるらしい。
真っ白な看護者の服をまとっている。
「あ、紹介するよ。僕の弟子のアキレス。」
そう紹介されアキレスはふかぶかと頭を下げて見せた。
「ふぅ~ん。射手座って色男が多いのね。」
思わず口にしてしまってから慌てて手で口を塞ぐ。
するとイネ=ノは感づいていなかったのかどうなのかは分らないが
またいつもの柔らかい笑顔を作って見せた。
「アイリス、いるかい?あ…やぁ!イネ=ノ!久し振りじゃないか。元気してたかい?」
今度はコキノスが顔を出した。
ふむ、今日はなんだか賑やかね。私逆ハーレム状態で嬉しいわ。
なぁ~んて少々下品な事を思いながらにっこり笑顔を作って見せた。




