第十三章:優しさの香り
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それから何日かしたある日のことだった。
イネ=ノは学校を休んだ。
珍しい…イネ=ノも風邪を引くのだろうか?
なんて軽く思っていたんだけど実はそうじゃなかった。
そのまた次の日、イネ=ノは朝練には出てこなかったけど
お昼、偶然食堂にいるところを見かけて声をかけた。
「“竹人君”!」
回りをきょろきょろ見渡しているちょっと挙動不審なイネ=ノがいた。
するとイネ=ノは私を見るなり目を見開いて見せた。
「…愛理ちゃん…?」
驚いた。
いまさらなにが“愛理ちゃん”なのよ?
それともこの前腹パンチしたからその償いなのだろうか?
「またぁ~!どうしていつも私を見るときそういう顔するの?
はとが豆鉄砲食らったってそんな感じよね。」
思わず声にだして笑う。
しかしどうしたのだろう?
今日のイネ=ノはなんだか反応が鈍い。
「んもう!いい加減に慣れてよね?」
しかしイネ=ノは無言のままただただ私のことを見つめるばかりで
何も言わない。
何だろう…なんかひっかかる…。
「あ、七瀬先輩!」
部員の鶴ヶ島君と青梅君がやってきた。
かわいい後輩をからかっている間もイネ=ノは無言のままだ。
それに…なんだか少し疲れているような表情にも見えないこともない。
「じゃ、友達待ってるから」
そう言ってその場を去ろうとした次の瞬間、
ぱしっ!イネ=ノが私の腕を掴んだ。
驚いて振り向く。
「え…な、なに?」
「あ…いや…。
あの…昼休みちょっと時間ある?
話したいことがあるんだけど?」
そういわれ一瞬戸惑う。
またどうせろくでもないことだろうとも思うけど、
天妙寺さんがいないだけましか?とも思ったので私はそこでOKして
その場を後にした…んだけど…。
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満点星ホールにて。
まだイネ=ノは来ていなかった。
仕方がなくピアノ椅子に腰を下ろす。
3分経過…
5分経過…
まったく!!
レディを待たせるなんて!!
紳士のイネ=ノらしくない!!
と、やっとのことで螺旋階段からイネ=ノがひょっこりを顔を出してみせた。
やっときたか。
小さなため息を付く。
「あ…ごめん。待たせちゃって」
なに遠慮してるんだろう…イネ=ノらしくない。
ゆっくりと椅子から立ち上がると軽くスカートをはたいた。
「で?話って何?また新しい仲間が見つかったとか?
別に私はかまわないけど、仲間にされちゃった子達の中には
迷惑に感じてる人もいるんじゃないの?」
するとイネ=ノはなぜだろう、少し困惑した表情を作って見せた。
「愛理ちゃん、イネ=ノのこと知ってるんだよね?」
「え?
知ってるって…どういう事よ?あなた本人じゃない。
おかしな事言うわね。」
やだわ、イネ=ノったら私のことからかってるのかしら?
クスリと笑ってみせる。
「いや…そうじゃなくて…
一昨日イネ=ノと入れ違いに戻ってきたんだけど…」
「は?」
イネ=ノが何を言っているのかさっぱりわからない。
「ちょ…ごめん。ないっていることがわからないんだけど?」
「ごめん、えっと…なんて説明したらいいのかな…
僕はイネ=ノじゃないんだ。イネ=ノは一昨日自分の世界に帰ったみたいなんだよ。
僕と入れ違いにね。」
「え?え?…何?ちょ…ちょっと待って!!」
どういうこと?!
これイネ=ノなりのジョーク?
いや…イネ=ノはこんな冗談間違っても言わない。
嘘……!!
「じゃ…じゃあ!!あなた射川竹人君本人って事なの?!」
「そう。」
私の質問に彼は即答してみせた。
「きゃ…やだ…嘘でしょ!?ちょ…ちょっと待ってよ!?
やだ…本当?ねぇ?それ本当なの?
あなたイネ=ノじゃなくて
竹人君なの?
本物なの?」
顔がかぁっと熱くなっていくのがわかった。
「そうだけど」
イネ=ノ…いや…竹人君は小さな笑みを作って頷いて見せた。
「キャーッ!!!」
思わず悲鳴を上げている自分がいた。
だってだって、だってだって!!!!!
顔を両手で覆ったり離したり、竹人君を盗み見したり
ぜんぜん違うところに視点を合わせたり、
もう、パニック状態!!
ああ…どうしたらいいの!?
私ったら…竹人君になんて態度を…!!!!!
と、とりあえず落ち着かなくちゃ!!
深く深呼吸…。
「あの…ごめんなさい…。
まさかあなたが竹人君本人だって気づかなくって…
私ったら生意気な言葉遣いで…本当に…その…」
すると竹人君はぜんぜん気にしていないそぶりでさらりと答えた。
「別に気にしていないよ。
というか今までこうして話したことなかったしね。
いいんじゃない?」
にこりと微笑んだ竹人君。
ああ!間違いない!!
この人はイネ=ノじゃないわ!
竹人君本人に間違いない!!
「よくないわよ!!よくない!!」
血液すべてが頭に上がってしまったかのように
とにかく顔が熱くて熱くて仕方がない。
「あの…でね?
昨日、僕、こっちの世界に帰ってきたんだ。
イネ=ノが残してくれた日記のおかげで愛理ちゃんが
僕らの仲間になったって事は知ったんだけど
その詳細を知りたくって。」
「ああ…そういう事ね…」
コホンと、ひとつわざとらしく自分を落ち着けるために
咳払いをしてみた。
「どこから話したらいいかしら?」
竹人君をわざとらしく上目遣いで見る。
「あ…じゃあ、イネ=ノとであったところから、
出来れば詳しく」
「分かったわ。」
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「というわけ。」
「そうか…イネ=ノが…そんな事を…。
なんだかいろいろと迷惑かけちゃったみたいでごめんね」
「あらやだ、なんで竹人君が謝るの?
ふふふ…やっぱり竹人君はイネ=ノとは違うわね。
私は竹人君のほうが好き…。」
そう言ってから思わずどきりと心臓が鳴った。
やだ!!
私ったらなにドサクサにまぎれて告白しちゃってるのよ!!
「ありがとう」
竹人君は特に気にする様子もなくただ小さくニコリと微笑んで見せた。
「ところで、明人君は大丈夫なの?」
「え?明人?あ、うん…おかげさまで…今のところ普通に過ごしてるよ?」
「そう!!
それは良かったわ!!」
思わず胸をなでおろした。
大きくため息をひとつ、つく。
やっぱり明人君には竹人君がいなくっちゃ!!
良かった!!
良かった!!
あら…やだ…。
思わず瞳からぽろぽろと…
涙が…
「ど…どうしたの!?僕何かひどいこと言ったかな?!」
竹人君はおろおろとあわてて見せた
「ううん。そうじゃないの。
竹人君が戻ってきてくれたのもすっごく嬉しいし
明人君もこれで安心して過ごせるんだなって思ったら
なんだかほっとしちゃって…。えへへ…だめね?
人前ではなるべく涙は見せたくないんだけど…、
さすがに
イネ=ノや竹人君本人目の前にすると、やっぱだめだわ…」
すると、さりげなく竹人君がズボンのポケットから
ハンカチを取り出して私に差し出した。
「なんかごめん…いろいろと巻き込んじゃったみたいで…」
そういいながら竹人君は申し訳なさそうに謝った。
私は無言でハンカチを受け取ると
涙を拭きながらそっとその香りを嗅いだ。
洗濯したばかりの柔軟剤の甘い香り…。
優しい香り…。
竹人君みたい…。




