第十二章:夢の中から飛び出して…
-1-
それはあまりに突然やってきた。
「七瀬愛理さんだね?」
満点星学園に入学してから二度目の夏休み。
相変わらず今年も追試を受けることになった私。
追試が終わり、
次の日の追試の授業に備えようと一人机で勉強をしていたときだった。
誰もいない教室。
ただただ窓の外、遠くから蝉時雨と時折とんびの鳴き声が聞こえてくるくらいで
とても静かだった。
そんな中、私の席の前に誰かがやってきて私に声をかけたのだ。
驚いて顔を上げた次の瞬間、喉が詰まる感覚を覚えた。
「え……?」
そこに立っていた人物は二人。
一人は…
一年前に一度だけ会ったことがある、けれど夢の中では毎晩…。
ゼウス様こと水澤真さん、と、
もう一人は…
「え?…え?…え?え?」
何度「え?」という単語を発しただろうか?
「た…たけ…と…君?」
さらさらの前髪が掛かるその奥には昔から知っていたあの優しい瞳、
私が知っている竹人君より少し背が大きくなったかしら?
でも…でもでも!!
「竹人君なのっ?!」
思わず勢いよく立ち上がると机越しに竹人君の両手を掴み取ってぐっと強く握った。
「お久しぶり。」
と、握った竹人君の手に何か固いものがあるのに気づきそっと手を放して、見る。
「…あ…」
左手小指に…指輪。
紫色の石のついた指輪…!?
軽いめまいがした。
「!!大丈夫?」
竹人君がすかさず私の肩を支える。
「う、うん…大丈夫…ありがとう…でも…」
「アイリス、わかるよね?彼も君の仲間だよ。
仲良くしてやってくれ?」
水澤さんはそう言って目じりの小じわを寄せて微笑んで見せた。
「竹人君…今まで一体どこにいたの?!
…まさか…水澤さんのところに!?」
「違うよ」
竹人君は即答した。
「僕は竹人君じゃないんだ。
アイリスには最初から伝えておいたほうが良いかと思って。
だから今日、君に会いに来たんだ。」
「は?ちょ…何を言っているかわからないわ…
あ、そうそう!!明人君のことは知ってるわよね!?
明人君とはもう会ったんでしょ?明人君の様子はどう?
少しは違う?」
「アイリス、彼は竹人君じゃなくて、イネ=ノだよ。
竹人君はまだイネ=ノの世界に取り残されたままだ。」
「え?…何を言っているんですか?」
「アイリス、僕はイネ=ノ。久しぶりに会うね。元気にしていたかい?」
わからない。
二人して何を言っているのかぜんぜん理解できない。
それともこれは夢なんだろうか?
「これなら信じてくれるかな?」
そう言って竹人君は一度瞳をそっと閉じると
ゆっくりと瞼を開いて見せた。
その向こうにあったのは、
アメジストのように美しい紫色の瞳…
イネ=ノと同じ…アメジスト色の瞳…
「う…そ…!!あなた、イネ=ノなの?!」
「そうだよ。さっきからそう言ってるでしょ?」
「な、な、なんで?!
なんでイネ=ノがこの世界にいるの?!」
そう言って思わずはっとして水澤さんの方をみる。
ああ、そうか!!
ゼウス様がこうして人間の格好をしているわけだから
イネ=ノだって竹人君の格好をして…?
うん?
わからない。
よくわからない。
ゆっくり机を回り込み、
竹人君の前に立った。
「もうどうでもいいのよ…竹人君が戻ってきてくれさえすれば…」
自然、瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
指輪や瞳の色なんて正直どうでもいい。
私は…
私が、
私がずっと待ち続けていたその人がいまこうして
目の前にいてくれる、ただそれだけで、私は
本当に幸せ。
もう一度、今度は竹人君の左手を手に取ると
それをぎゅっと抱きしめるようにもち
瞳を静かに閉じた。
「アイリス…」
「ううん、違うよ。私は愛理だよ。
昔は愛理ちゃんって呼んでくれたでしょ?
愛理ちゃんって呼んでよ。
昔みたいに…
お願い…
もう私疲れちゃったよ。
お願いだから“愛理ちゃん”って呼んで。
私を安心させて…。
お願い…」
「…ごめん」
思わず顔を上げて彼の瞳を見る。
まだ紫色のままだ。
「ごめん。僕は竹人君じゃないから…君を愛理ちゃんとは呼べない。
でないと、君が傷つく。」
「そんな…」
持っていた彼の手をするりと離した。
「なんで…?なんでなの?なんで竹人君じゃないの?
竹人君はどうしちゃったの?!」
「僕の世界にいるよ。大丈夫、そのうち彼のほうから戻ってくるから。
それまでの代わりが僕ということでどうだろう?」
「冗談じゃないわっ!!なんでイネ=ノがくるのよ!!
あんたじゃ、ない!!私が会いたいのは竹人君なのよ!!
なんで?
なんでなの?!
もう…本当…いい加減にしてよ!!
水澤さんもひどいわ!!
私、もうあなた方には関わりたくないの!!
どうしてこんなことするの!?
もう…ほっといてよっ!!」
机に掛かっていたかばんをひったくるように乱暴に取ると二人を教室に残し
猛ダッシュで廊下を駆け抜けて行った。
もうたくさん!!
もうこりごり!!
いい加減にしてほしい!!
なによ!
なんで竹人君じゃないのよ!!
せっかく…せっかく竹人君に会えたと思ったら…
イネ=ノですって?!
冗談じゃない!!
本当!!
もう…!!
いやっ!!!!!!!!
-2-
「なんだ…七瀬はぜんぜん予習してこなかったのか?」
次の日の数学の追試。
「すみません…」
これもイネ=ノのせいだ…。
というのも…
昨日教室から飛び出す前、
私は数学の勉強をしていた。
飛び出したとき、机の上の数学の教科書と勉強道具一式を
置きっぱなしで学校を出てきてしまったのだ。
予習できなかった…。
本当…あの人たちに関わるとろくな事がない!!
イライラをなんとか押さえ込もうと努める。
あれ?
そういえば…
イネ=ノは射川家には行ったのだろうか?
それともずっと水澤さんの家で過ごしているのだろうか?
もし射川家に帰ったのだとしたら
射川家は今一体どうなっているのだろう…。
実はこの後直接ピアノ教室に行くことになっている。
ということは、その答えがわかるってことだ…。
「七瀬!何余所見してるんだ!」
はっとして思わず立ち上がってすみませんでした!!とぺこぺこお辞儀して見せた。
そしてなんとか数学の追試で合格をもらうことに成功すると
私はファストフード店でお昼を済ませその足で
射川家へと向かった。
「やぁ」
思わずあいた口がふさがらなかった。
そこにはイネ=ノがいたからだ。
明人君のいつもの定位置、階段一段目のそこに
イネ=ノは腰を下ろして座っていた。
もちろん瞳の色は茶色に戻ってはいたが…イネ=ノに間違いないことはすぐにわかった。
ふん!と鼻を鳴らすと私は無視して音楽室へと入った。
「先生…!あの…竹人君…」
「あ、ええ…そうなの…無事見つかったのよ。」
「そんな…でもどこも誰もそのこと言わないし…どうして…」
「学園理事長の計らいで事を大事にしないようにしてもらったのよ。
またマスコミとかが知ったら竹人、普通の学園生活が送れなくなってしまうでしょ?
ただでさえ記憶喪失で本人もつらい状態だし…」
「はぁ?!記憶喪失ぅ~!?」
私が大声出したから先生、びっくりして目を見開いてみせた。
「あ…す…すみません…思わず驚いちゃって…」
「いいのよ、まだ愛理ちゃんにも何も話していなかったわね。
幼馴染なんだし教えてあげてもいいわよね。
竹人ね、夏休み前にふらっと帰ってきたの。
雨が降った日で…ずぶぬれだったわ…。
いろいろと問いただしたんだけど、記憶がないっていうの…。
もしかしたら何かいろいろとつらい目にあったのかもしれない…って思って
それ以上聞くのをやめたの。
あとは少しずつ今まで通りの生活に戻れたらいいわよね。
記憶はもしかしたら少しずつ戻るかもしれないし、
もし戻らなかったとしても
これからがあるんだからそんなに感傷的になることもないかなと思ったの…。」
「…そうでしたか…」
ひどい!!イネ=ノったらかすみ先生にまでこんな大嘘ついて…。
「あ!明人君は?!
明人君はどんな様子ですか?!」
「ええ、明人、お兄ちゃんが帰ってきたからだいぶ調子良いみたい。
明人の事まで気にかけてくれてありがとう。
なんだか愛理ちゃんにはいろいろと心配させちゃって申し訳なかったわね。」
「いえ、とんでもない!!先生が謝る必要なんてまったくないです!!」
そう…悪いのはだましてるイネ=ノ。
一体これからどうなっちゃうんだろう…。
なんだかいろいろと心配になってきた…。
レッスンが終わりありがとうございました、と挨拶して
部屋を出ると
階段一段目に先ほどと同じようにイネ=ノが座っていた。
ふん!とまた鼻を鳴らしてみせる。
「ちょっと!イネ=ノ、あなた先生になんで記憶喪失なんて嘘ついてるのよ!!
明人君にも何かひどい嘘ついてないでしょうね?!
先生と明人君傷つけたら私、承知しないわよ?!」
「ははは…アイリスは相変わらず威勢がいいな…」
そう言ってイネ=ノはゆっくりと立ち上がってみせた。
私よりも頭ひとつ分以上背が高い。
一歩、私のそばによるとイネ=ノは耳元でこうささやいた。
「今晩、夢で会いましょう」
思わずちょっとドキッとしている自分がいた。
なんでってそりゃあ、
中身はイネ=ノでも外見は竹人君そのままなんだもの…。
ときめくに決まってる!!
そして、それを利用するイネ=ノはずるいと思う。
ドスッ!!
思い切りイネ=ノに腹パンチ食らわせてやった!
「いやらしい事しないでよ!!不潔!!
ゼウス様に言いつけちゃうから!!」
そう言って足早に玄関でスリッパから靴に履き替えると乱暴に
玄関のドアを開いて外に飛び出していった。
んもう!!
なんであんなことするのよっ!!
竹人君の声が…耳の奥底まで響いて無限リピート再生されている。
あんなキザな台詞、竹人君は言わない!
イネ=ノってそういえばキザなところあるわよね!!
なぁ~にが
“今晩、夢で会いましょう”だぁっ!!
ふん!
だぁ~れが!!
どうせもう一年近く夢幻空間には行ってないんだし
私には関係ないわ!!
イネ=ノなんか知らない!!
-3-
気が付けば霧の中。
なんで来ちゃったんだろう…。
もうここへは来ないって誓ったはずだったのに…。
濃霧に沈んだ学園の正門前に私は佇んでいた。
「やぁ、来てくれたんだね?」
正門の中からイネ=ノが現れた。
衣装は夢で何度もみた紫色のコートに帽子。
…正直…かっこいい…
いやいやいやいや…だめよ!!ときめいちゃ!!!
この人は竹人君じゃないんだから!!
イネ=ノ!!
と、イネ=ノの後ろからもう一人人影がふわりと霧の中から現れた。
その正体に気づき思わずぎょっとする。
真っ黒な長い髪が風が吹くたびにさらさらと揺れ
鋭い瞳が私を捉えている。
天妙寺秋桜…。
最悪…。
「ごきげんよう、七瀬さん」
はぁ~?!
なぁ~にが、“ごきげんよう”だぁ!!
すかしちゃって!!
ああ…そうか…確かこの子、都内のお嬢様学校通ってたんだっけ?
そこでは“ごきげんよう”って挨拶するって以前誰かから聞いたことがある。
なんだろう…なんかイライラするわ。
やることなすこと鼻につく!!
「こんばんは、天妙寺さん」
さらりと何事もなかったように言い返してやったが
内心イライラは止まらない。
見ると天妙寺秋桜はギリシャ神話に出てくるお姫様みたいな空色のドレスを着ている。
私が今来ているピンクのドレスよりスカートの丈が長い。
「じゃあ二人揃ったし行こうか?」
そう言ってイネ=ノが先頭を切って歩き出した。
その次に私、最後に天妙寺さんが付いていく。
ああ…やだやだ…なんでこの子と一緒に行動をともにしなくちゃいけないわけぇ~?
「ふん…」
「おや?何かご不満でも?」
思わず鼻を鳴らしてしまってから後悔するがときすでに遅し。
「べっつにぃ~。ところで今日は何座なの?」
「え?何座って…天球儀を見に行くだけだよ?」
「あら、そう。」
じゃあ楽ね。
見たらとっとと帰ろう。
やがて例の図書館へとやってくると天球儀の前へと立った。
「やはり美しい…星の力で溢れかえっている…」
そういうと目をきらきらさせながらイネ=ノは天球儀の周りをぐるぐると
見て周りはじめた。
私と天妙寺さんはただただイネ=ノのその様子を見守るだけ。
なんか今日は退屈ね。
せっかくイネ=ノがいるんだから大物狩りに行っても行けそうな気がするんだけど…。
イネ=ノは射手座だから弓矢を使うのね、きっと。
イネ=ノ、もとい竹人君が弓矢で獲物をしとめる姿かぁ…
なんか素敵ぃ~♪
しかしその後もただただイネ=ノは天球儀を眺めるだけで
一向に動こうとはしない。
「よし、今夜はコレで十分だろう。
じゃあ、二人とも今夜は付き合ってくれてどうもありがとう。
お休み。」
そういうとイネ=ノは一瞬光り輝いたかと思うと
次の瞬間には音もなく姿を消していた。
一瞬の出来事だった。
驚いてポカーンと口を開いたままの私と、無言で私の斜め後ろに佇む天妙寺さん。
星座集めはしないの?
せっかくイネ=ノがいれば強い星座集められそうって期待してたのに…。
ま、いっか。
「じゃあ、天妙寺さん、ごきげんよう!」
そう言って私は指輪にキスをした。
-4-
しかし、その後、イネ=ノと天妙寺秋桜が夢幻空間に現れることはなかった。
私は何度か夢幻空間に行ったけど
一人で歩き回るのがなんだか怖くて
正門の前で一人誰かが来るのを待って、結局誰もこなくって、
それで、指輪にキスして夢幻空間から抜け出す、なんて事を繰り返したが、
途中から、誰も来ないことに寂しさを覚えて
行くのをやめてしまった。
そして気が付けば新学期。
あっという間だった。
夏休みの間、ピアノを習うために仕方がなく射川家へ行ったが
イネ=ノと顔を合わせることもなかった。
ただ、なぜだろう…明人君の体調が優れなくて、
明人君はまた入院をした。
これで何度目になるだろうか?
やっぱり姿かたちがまったく同じでも中身の人間が竹人君じゃなくてイネ=ノじゃ
明人君には効果がないのだろうか?
それと、学園でもイネ=ノと顔を合わせることがなかったのも不思議だった。
部活はもちろん、
一度、意を決して3年生の教室まで見に行ったこともあったが
そこに“射川竹人”の姿はなかった。
学校には来ないつもりなんだろうか?
それとももしかして水澤さんのところへ?
よくわからない。
しかし季節が傾き、10月になった頃、ピアノ教室に行くと
また階段1段目にイネ=ノが座っているのを見つけて驚いた。
「やぁ、久しぶり」
イネ=ノはにこりと微笑んで挨拶してきた。
「あら、いたの?」
嫌味っぽく言うとそのまま無視して音楽室へと入っていた。
と、そこで驚いたのは
部屋のソファに明人君が座っていたからだ。
それもかなり具合が悪そうで、半分は横になっているようなそんな状態姿勢をとっていた。
でもどうやら眠っているようだ。
「だ…大丈夫ですか?!明人君…。」
「うん、いいのいいの。本人が愛理ちゃんのピアノ聞きたいんですって。
愛理ちゃん、いいかしら?」
「え?あ、はい…私は別にかまいませんけど…」
ちらりとみると長袖のシャツから伸びる手首にはまた包帯が…。
なんでなんだろう…。
イネ=ノももっとなんかちゃんと明人君にしてあげられることがあったんじゃないのかしら…。
明人君が…。
これじゃあ…むしろ逆に悪くなってる…
ピアノに向かい、練習してきた曲を弾き始めた。
しかし明人君が起きる気配はなかった。
30分のレッスンが終わった後も明人君はずっと眠ったままだ。
「あの…明人君、おきませんね?」
ピアノの音って結構なボリュームだと思うのだが…。
「薬が効いているのよ。眠くなりやすい成分が入っているみたいなの。
だから最近こんな感じでよく寝ているんだけどあまり気にしないでね?」
「あ…はい…」
そうか…薬飲んでるんだ…。
かすみ先生には気づかれないように静かに、深いため息を付いた。
明人君…。
音楽室から出るとイネ=ノが階段にまだ座っていた。
「ちょっと!イネ=ノ!!
明人君のことどうにかしなさいよ!!
一体明人君とどんな接し方してるのよ!?
明人君悪化しちゃってるじゃない!!
このままじゃ明人君…」
鼻の奥がツン、と痛む。
やだ…泣きそう。
「もう…いいわ…あなたって本当頼りにならないのね!!
さよなら!」
そう言って玄関のほうに向かおうとしたとき
イネ=ノが言葉を返してきた。
「明日から学校に行くから」
「え…?」
思わず振り返る。
「…学校に…来る?!
それは竹人君としてって事?!」
「そう」
「大丈夫なの?!」
「まぁ、なんとかやれそうだよ。頑張ってみるさ」
「そんな…簡単にいくかしら…
私は知らないわよ?!ま、せいぜいぼろ出さないように気をつけることね?!」
そう言って靴に履き替えドアを開けて外に飛び出していった。
-5-
次の日、入間先輩の教室をこっそり覗きに行ったがそこにはイネ=ノの姿はなかった。
あら、どういうことかしら?
どんなにさがしてみても生徒たちの中にイネ=ノの姿はない。
入間先輩はいるけどね…って
そこで入間先輩がこちらを振り向いて思わず目が合ってしまった。
「七瀬さん!」
入間先輩は小走りでこちらへとやってきた。
私は思わず逃げようとしたけれど手首をつかまれてしまった。
入間先輩の手が、熱い。
「待って!どうしたの?!何か用?」
「あ…いえ…別に…。
あ…そうそう、今日は普通に部活あるんですよね?」
「そりゃあ、もちろん。でも用事はそれだけ?」
「え?あ…いえ…ええと…別にたいした用事じゃないんです。
ただそれだけです。
失礼します!!」
きびすを返して逃げようとしたところで入間先輩の声が飛んだ。
「射川のことだろ?」
「…え?」
思い切り振り返る。
なんで…
「射川なら1年生の教室にいるよ。」
「え?1年生?…なんで…?」
「詳しい話はあとでするよ。射川に会いたいなら1年A組に行けばいい」
「…え…あ…そうなんですか…」
どうして3年生じゃなくて1年生の教室に?
だって失踪してから2年。
本来なら竹人君は3年生に進級しているはずだ。
なのに、
なぜ、1年生に?
良くわからなかった。
とりあえずは
入間先輩にかるく会釈をすると
来た道をもどり
1年A組の教室の前に立った。
ドアのガラス窓の中を覗くが
生徒たちがごちゃごちゃと動き回っていて
よく見えない。
と、チャイムが鳴り響く。
あ!教室に戻らなくちゃ!!
仕方がなくひとまずは自分の教室に戻ることにした。
-6-
放課後、なんとイネ=ノは部活に参加してきた。
部長がみんなの前で紹介する。
「今日入部した中1の射川竹人君です。担当はバイオリン。
皆さん、仲良くしてくださいね?」
はーい、と皆が返事をする。
「今日からクリスマス曲の練習に入ります。パートは今から個々に配る楽譜に
書いてあるのでそのパートごとに集まって練習を始めてください。」
そう言って部長と副部長が分担して楽譜をみなに配り始めた。
私も楽譜を受け取る。
楽譜左上に私の名前と一緒に“ⅡVn”と書き込まれていた。
セカンドか。まぁ、悪くはないわね。
「バイオリンセカンド、こっち~」
高等部の先輩が一人、手を上げて叫んだのでそちらに集まる。
すると、
イネ=ノもその輪の中に入ってきた。
一瞬、うっ…って拒否反応でちゃった。
でもここは毅然としてないと。
彼は今はイネ=ノじゃなくて“射川竹人”なんだから。
「こんにちは、竹人君。私のことは“愛理先輩”って呼んで?」
するとイネ=ノはきょとんとした表情を作って見せた。
ふふふ…、イネ=ノってこんな面白い顔するのね。
思わず声に出して笑った。
「あら、七瀬さん、射川君と知り合いなの?」
高等部の先輩だ。
「はい、幼馴染でバイオリン教室も一緒なんですよ。」
「あら、そうなの。じゃあ七瀬さんは射川君に付いていろいろと部活のこととか
教えてあげてくれる?射川君、七瀬さんどんどん質問攻めにしちゃっていいからね?
遠慮はいらないわよ?
七瀬さん面倒見がいいの知ってるでしょ?」
「…はい」
イネ=ノは控えめに返事をして見せた。
ふふふ…
可笑しい…♪
みんなの中では
イネ=ノは1年生、私はその先輩。
なんかイネ=ノの上に立てるってそうそうなかったから
逆転したみたいで嬉しい。
「じゃあとりあえず各自音取りして?30分になったらみんなで合わせましょう。」
先輩の合図でみな各自練習を始めた。




