第五章 抗争! ヤクザと同心 2
あれほど大きかった蔵にもかかわらず、いざ中に入ってみると、余白などまるでなく、大小様々な荷物が巨大な蔵の中、所狭しと並び積み上がっていた。
「はーっ」
あまりの荷物の多さに、雲の上に懸かる月でも見上げるように、迅三郎が上方を向きながら、感嘆の声を上げる。
「ガラガラかと思いきや、こんなに荷物がぎっしりと。ここはヤクザの蔵やいうのに」
整然と並べられた荷物は、どれも高く積み上げられ、上方は取り出すのに梯子が必要なほど。
さながら屋根の中にある小山といった塩梅で、幾筋もある通路は、ちょっとした渓谷の様相を見せていた。
「ショバ代、高いやろうに」
まず最初に財布の計算をするのは、同心とはいえ、大坂者の性とでもいうべきか。
「物と顔色次第でしょ。ふつうに借りる分には競争もあるやろし、世間相場と変わらんわよ。違いは、荷主や荷物の詮索をせんこと。詮索をしない物件がどういうことか、推して知るべしやと思うけど」
「世の中、後ろめたい連中が、ようけおるんやろ」
月世の仄めかしに、十郎太がしれっと答える。
「相場のもんやったら、わざわざ、こんな不便なところを借りたりせえへんやろ」と付け加えることも忘れない。
余り表沙汰にしたくないものだからこそ、ここに預けている。蔵の荷物の大半は、脛に傷持つ曰く付きの代物だと、言外で答える。
「自覚してない悪党ほど、質の悪いもんはないわよ」
ダメを押すように、月世が決めてかかる。
「これ、全部がか?」
さすがにと迅三郎は訝るが、月世は容赦ない。
「強突く張りでないと、身代なんて、直ぐに潰れるわよ」
ほとんど即答で言いかえすと、「ホレ、これ」と、「例えば」とばかりに荷物の一つを指さす。
その先には、ややくたびれた懐紙に包まれた反物が、堆く積まれていた。
「どこかの呉服屋が買い占めたんやろうね。上物の絹織やよ」
懐紙の端っこをちょっと剥き、どうよとばかりに迅三郎に見せつける。
手合いの代物の価値に疎い迅三郎に詳細な鑑定はできなかったが、それでも手に触れた滑らかさで、上等な織物だということだけは、よくわかった。
「帳簿外の代物なんやろな」
察した十郎太が腕を組みながら「うん、うん」と頷く。
その先の流れ道も想像がついたのだろう、城代があるであろう方向に向かって、「ったく」と小さな声で呟いて、ささやかな怒りをぶちまける。
「因果応報は、ちゃんとあるわよ」
察してかどうかは不明だが、しれっとした口調で、月世が意地の悪い笑みを浮かべる。
「預けた相手が悪いわよ。こんな雑な積み方をしていたら、夏が来る前に虫に食われちゃうわよ」
あー、勿体なーっと最後に漏らす。底意地の悪さは、やはり絶品であった。
そればかりか、鑑定眼の鋭さも、やはり月世だった。山と積まれた荷物の数々、その殆んどをちらりと見ただけで、凡そ何かをズバリ言い当てる。
「この調子で薩摩藩の抜け荷も見つけてくれたら、嬉しいんやけどな」
迅三郎の調子の良いお願いに「アホなこと言わんといてや」と釘を刺していたが、やはり見つけたのは、抜群の鑑識眼を持つ月世だった。
「その気は、なかったんやけどねー」
本当にそのつもりだったようで、予想外の発見に、見つけた本人が目を白黒させていた。
「しかし、これを、よう見つけられんかった、俺等にも問題あるな」
自嘲混じりに迅三郎が頭を抱えると、十郎太も「反省する」と右手を膝について項垂れた。
「まさか。こない堂々と置いてあるとは、ふつうは思わんわね」
言いながらも月世の言葉が閊える。隠匿物資という目で見たいたきらいがあるにせよ、これを盲点と呼ぶには、些か語弊がある。
「なんぼ何でも、これは堂々過ぎるやろ」
言い訳をすれば、余計に辛い。何せ薩摩の荷物は、蔵の中央部にでんと鎮座していたのだから。
「木を隠すなら森の中、荷物を隠すなら蔵の中か」
これまた苦しい言い訳で十郎太が唸る。陣取っている面積から考えても、見る人が見れば、注意力散漫の誹りを受けても止む得ない失態であることは確かだ。
仄かに甘い香りを漂わせ、蓆の上に平積みで大量の丸俵が蔵の中央に置かれていた。
他の荷物が梁に届こうかというくらい高積みしてあるだけに、山に囲まれた盆地のような光景は何とも奇妙。露骨に特別扱いを匂わせていた。
「それにしても、凄い量やな。へそくりっちゅうには、ちょっと面の皮が張りすぎてへんか?」
専門的な知識を持ち合わせている訳ではないが、これだけ大量の砂糖を隠匿していれば、市場価格が暴騰するのも頷ける。平積みとはいえ、俵の数は優に三桁はあるだろうか。
「強欲張りも、ここまでくると、天晴れやな」
ささやかな毒を混じらせて十郎太も呆れる。
いかな権限ある上士の仕業だとしても、この量の隠匿は個人の規模を越えている。これは大坂の蔵屋敷全体、あるいは藩ぐるみの暗躍でなければできない所業だ。
後ろめたい思いが、自身の蔵でなく、龍神組の蔵の利用を促したのだろう。
「それにしたって、足元を見られてるやろ」
常に周囲の目に晒される藩の蔵とは違い、こっそりと隠匿できる利点はあるかもしれないが、何しろ、持ち主が持ち主である。強請るように高額の預かり賃を要求しないはずがない。少々の裏ざやでは割に合わないことこの上ないだろう。
当然の発想に訝る迅三郎に月世が「ちょい、待ち」と待ったを懸ける。
「ふつうやったら、そやろね」
素っ気なく言って、いったん話を切ると、改めて「だ~か~ら~」と言いながら、意味ありげに片目を瞑る。
「魚心あれば何とやら、とちゃうの?」
肘で迅三郎の胸元を突きながら、事の経緯を思い出させる。突然の艶っぽい行為に付いていけず、一瞬ほけーっと呆けた表情を見せた。
が、直ぐに「そうだった」と思い出して、と我と我が頭を、ぴしゃり叩く。
「南蛮の新型鉄砲を仕入れてもらう代わりに、抜け荷の隠匿を引き受ける。お互いドロ沼やな」
「だとしたら、仕入れた鉄砲は、どこにある?」
「これみよがしに置いてたらアホやん。当然、どっかに隠してるでしょ!」
「いや、そら分かってる」
何を今さらと言われる前に宣言し「それよりも」と先に進める。
「問題は、どこにあるか? やねん」
「あんだけ大層な錠前を掛けてたんや。この蔵で間違いはないと思うけど……」
言ったところで、月世の動きが止まった。視線は畳のようにずらりと敷き詰められた俵に固定され、口元は呆けたように半開きになったまま。
心配になった迅三郎が顔前で手を翳して、やっと「なぁ、ちょっと」と口を開く。
「この積み方……ていうか、置き方。どない考えても、不自然やねんけど……」
やや遠慮がちに月世が切り出すと、考えることは皆、同じだったようで、迅三郎と十郎太も二つ返事で同意する。
「いくら薩摩の荷が大事やいうても、ここまで丁重な扱いするか? 丸俵に入ってるんやし、置き方に気を使うもんでもないやろ」
先に見た絹織物を思い出しながら、迅三郎が龍神組の保管の雑さを口にする。
金には聡いが、物品の保管知識には疎い連中である。壊れ物でもないような代物を、無駄に場所を取る平積みにする理由が見えてこない。
「そらま。重いやろうけど、きゃつ等は知恵はのうても、腕っ節は有り余っとる。無駄に場所を食わすより、高積みしたほうが場所も空くわな」
「にも拘わらず平積みしとる。となると、中身は何やろ」
考えるより、行動が早い。スタスタと手近な丸俵の前に立つと、迅三郎は、やおら腰の刀を抜いて、縛ってある縄をスパッと切った。
縛りが無くなった俵は中の圧力に負けるように平たく潰れ、開いた口から大島糖がさらさらとこぼれ落ちる。
が、俵の大きさの割にこぼれる量はほんの僅かで、俵の変形もほとんどない。半ば条件反射的に蹴り上げると、ごとりと重い音がして油紙に包まれた塊が顔を覗かせた。
「あー……」
「何と言うか……」
「あからさまに怪しいというのか、これ見よがしな」
月世が唸り、十郎太が納得の表情をする。
あまりのバカ正直な展開ゆえに、切った迅三郎自身が呆れる中、「確認してみよか」と言いながら十郎太が大島糖の俵から問題の塊を一つ、ひょいと掴んで取り出した。
幾重にも厳重に包まれた油紙を辣韮でも剥くように一枚づつ取り払うと、ずしりと黒光りする物体が中から現れた。
「ホント。迅の言うとおり、あからさまやな」
やはりというか、予想通りというべきか。中に包まれてあったのは、細身の銃身を持つ鉄砲だった。
ただし、見た目は、かなり違う。艶のある固い木の握りは据え付けられた銃身から末広がりに広くなり、引き金と思しき金具の位置が握りから遠く離れている。
しかも銃口には螺旋に刻まれた溝があるなど、形こそ鉄砲だが、知っている火縄銃とは似て非なるものだった。
「火縄が、どこにもないぞ」
手にした鉄砲を上に下に傾げながら、十郎太が鉄砲同様に首を傾げる。
引き金の上のほうに複雑怪奇な形状の妙な金具があるだけで、火縄らしきものは、どこにも見当たらない。
「どっか、別に隠してあるんじゃないか?」
「忘れたのかい? そいつは、火縄の要らない最新式の鉄砲なんだって」
「なら、どうやって撃つんだ?」
悩む十郎太に向かって「もう一個、小袋があったぞ」と、俵から見つけ出した巾着袋を迅三郎が手渡す。
早速とばかり開けてみる。だが、出てきたのは、卵型をした鉄砲の弾と、黒粉末の装薬だけだった。
「やっぱり、ないな」
「だから、火縄がないって言ってるやんか」
「もう幾つか開けてみろや」
鉄砲を床に置くと、十郎太が近くにあった俵の縄を手当たり次第に切っていく。
何本かの俵から同じように油紙で包まれた塊が出てきて、包みを解くと、やはり火縄のない鉄砲が隠されていた。
一方、迅三郎は置いてあった鉄砲を拾い上げると、興味津々に触りたくる。道具や絡繰に興奮する童のように、引き金や撃鉄をカチャカチャと動かしながら「ふん、ふん」と一人で得心していた。
俵を家探しした十郎太の「火縄なんか、どこにもあらへん」の声と、迅三郎の「ん。使いかたは、だいたい解った」の声が、ほぼ同時に重なった。
「確かに、凄い鉄砲やわ」
そこからは、もう迅三郎の独断場だった。
大っぴらにはしていないが、元からこういう絡繰が好きだったことに加えて、好奇心が加算。更にはヤクザの蔵に忍び込んでという隠密感覚が加わり、南蛮製の新型鉄砲の使い方を独力で解読したのだった。
「これやったら、火縄なんか必要とせえへん。雨の中だろうが、風が吹いていようが正確無比に撃てる、とんでもない鉄砲や」
興奮を抑えて努めて冷静に言う。大雑把ながらも使い方を説明し、ついでに、実践もして見せた。
「あとは、この引き金を手前に引くだけや」
肩の上で鉄砲を構え、撃つ仕草をする。声で「バン」と発射の口真似をすると、何もないのに、十郎太が驚いて首を縮こませる。
「背筋が寒なるな」
「あたいの言った恐怖が、理解できた?」
脅しのような月世の問いに、二人はブンブンと首を縦に振る。
十郎太は言うに及ばず、迅三郎も理想と現実はわきまえている。ヤクザ屋渡世は、ないに越したことはないが、現実に不可能だし、必要悪として存在しなければ、世の中が成り立たないのも知っている。
「お互い「程々」に争ってくれてたらええのよ。こんな危ないおもちゃ使われたら、表だけやのうて、裏社会も滅茶苦茶になるわ」
「薩摩のヤツも、目先の欲に眩んで、とんでもないもんと手を組んでくれたな」
この先に控える厄介事を想像し、迅三郎の表情が歪む。
「そん代わり。これだけの証拠があったら、奉行も世間も、納得するやろ」
ヤクザの蔵に薩摩産の大島糖があり、その俵の中に、ご禁制の鉄砲が隠してあった。
これ以上の動かぬ証拠はない。迅三郎と十郎太が、それぞれ一挺づつ抱えて蔵の外に出ようとした。
しかし、出る直前。扉を潜ろうとしたところで、三人はその場に釘付けとなった。
*
蔵の周りを、多くの灯りずらりが取り囲んでいた。その数、ざっと百はあるだろうか? 小田原提灯に強盗提灯や松明と、手に持った灯りは様々だが、いずれもただ一点、蔵の入口を灯していた。
予知夢を思わせる幾造の野生の勘で叩き起こされた龍神組の面々が、とるものもとりあえず蔵に駆けつけたのであった。
「あんら~」
「バレてたのね」
参ったと声を合わせると、迅三郎と十郎太は顔を向け合い、同時に頭を掻く。
「って。アンタ等、ちょっとは焦り~や」
入口で蓋をされた格好になり、外に出られない月世が、二人の後頭部を叩きながら「もっと緊張しろ」と毒づく。
「囲まれてんねんで! 絶体絶命やねんで! 逃げ道ないねんで!」
本職は暗殺者、取り囲まれるという事態に遭遇したことがないのだろう。予想外の出来事に動揺しているのか、早口で捲し立てる。
周りが焦ると、不思議なもので、焦り損ねた自分が妙に落ち着いてくる。
「いちいち説明せんでも、見たら分かるわな」
「夜中に出張って、ご苦労なこった」
背筋にぐっしょり大量の汗を掻きながらも、軽口が出てくる。
尤も、相手には虚勢は見え見えだったようで、
「まさか、な。蔵破りの泥棒猫が奉行所の同心やったとは。地獄の閻魔大王だって、想像せえへんやろうな」
逆光の影の中から聞き覚えのある声が返ってきた。
低くドスの利いた声は、聞き返す必要もない。天の川のように煌煌と照らされた灯りの帯から、龍神組の若頭、銀次郎が一歩前に歩み出た。
「ガキん時に教えられまへんでしたか? 他人様のモンを盗っちゃイカンと」
口調こそ、ゆったりだが、内心は煮えくり返っているのだろう。隠しきれない怒気が、ありありと漂う。
そうなると、また余裕を装いたくなるもので。
「俺は、好奇心が旺盛でな。隠し事があると、どうしても覗き込んでしまうんや。いやーっ、まいったなぁ」
照れ隠しに頭を掻きながら、迅三郎が臆面もなく、しれっと答えた。
「単に、ガキってだけやけどな」
合わせるように、横から十郎太が茶々を入れる。
「うわっ、刺客は横におったか!」
恰好つけた言い訳を邪魔され迅三郎は、おかんむり。返す刀で十郎太の横やりを斬って捨てる。
「十文字も一緒におるんやから、お前も同列とちゃうんか?」
「し、しまったーっ!」
迅三郎に指摘され、頭を抱えて十郎太がしゃがみ込む。不覚とまで呻いたのだから、そうとう応えたのだろう。
「俺としたことが、自ら迅と一緒くたにしてしまうとは」
他人目がなければ地団駄を踏んでいたかも知れない程の落ち込みようだけに、悔しがりかたも並大抵ではない。
尤も、最後まで悔しがることは、対面の方々の怖い視線によって、できなかった。
「内輪揉めは別のところでやってくれるか。それよりも、こっちの落とし前が先や」
ふざけているとしか見えない二人のやり取りに苛立ち、銀次郎が横やりを入れる。
「ようもウチの蔵に、勝手に忍び込んでくれましたな」
言われて黙っている迅三郎ではない。あー言われれば、言い返すのは当然で。
「そりゃ、正直に教えてくれんかったからな」
と、斬って返す。
「錠前を勝手に破って」
「目の前に鍵があったら、開けたくなるのが人情とちゃう?」
「中を勝手に覗いて」
「開いたら、見たくなるのは人の常やん」
「世間では泥棒猫と言うんや!」
「いや、それはこちら」
と、迅三郎と十郎太が揃うように月世を指さす。指された月世は「違うわ!」と即座に否定し、不毛な口論に陥った。
「あたいは盗みは、せえへん!」
「でも、今ここにいるし」
「アンタ等にそそのかされたんやろ!」
三人でぎゃーぎゃー言い争いしていると「黙れ!」と銀次郎が吼えた。
「そんなことは、どうでもいい。この落とし前を、どう付けてくれるねん?」
銀次郎の脅しに合わせるかのように、手下連中も一歩ずいっと前に出る。龍神組の迫力に押されてか、迅三郎たちは一歩、後ずさった。
「どうするよ? こいつ等、本気やで」
気迫に押される中、十郎太が目配せで尋ねてくる。
「やっぱり、あの手しかないんちゃう?」
うーむと唸りながら十郎太は答える。できれば使いたくない最終手段である、返す返事も、勢い歯切れが悪くなる。
「あの手って、何か逃げおおせる手があるの?」
絶体絶命が逃げれるなら。と、月世が訊いてきた。この状況で逃げ出すことなど叶わないだけに、表情も切迫している。
「まぁ、賭けやねんけどね」
歯切れ悪く迅三郎が答える。巧くいくのか? と訊かれたら「運次第」としか答えようがない策である。
「やらんかっても、結果は同じやで」
「そやな」
そこで、覚悟が据わった。刀の柄に手を掛けて、決意の程を見せつける。
「正気か?」
二人の手元を見て、銀次郎が驚いた。
「たった二人。後ろの女子を入れても三人で、この人数とやり合おうってんでっか?」
多勢に無勢、無謀な挑戦をと鼻で笑う。迅三郎とて、剣でやり合えば勝ち目がないことくらい、百も承知。
「それは、こいつを見てからにして貰おうか」
大胆不敵に笑うと、蔵から持ち出した鉄砲を構える。その途端、銀次郎の顔色が変わった。
「薩摩藩に恩を売って、こんなモンを仕入れるなやんて……ちょっと、おもちゃが過ぎへんか?」
言うて狙いを定め、龍神組を目がけて一発撃つ。
闇を切り裂く爆音が一発。
威嚇なので弾は逸れたが、至近距離で銃声を聞いた輩はいなかったのだろう。大音響の銃声に驚いて、腰を抜かしたり、失禁するものまでいる始末で、図らずも新型鉄砲の威力を見せつける結果となった。
「さすが、大枚叩いたご禁制。こりゃ、スゴイな」
撃った迅三郎自身も驚きの威力。しかも、反動が恐ろしいほど小さかった。
「刀で斬り込んだら途中でねじ伏せられるやろうけど、この鉄砲を相手に勝てるヤツは、おるんかな?」
挑発するように訊いてみる。
実弾を目の前で発射したことが大きかったのだろう、圧倒的優位にも拘らず、銃口を向けるだけで悲鳴を上げて後ずさる者が出る始末。
「数で勝っとるんや。何をビビっとる!」
腰が引けて竦む舎弟を銀次郎が怒鳴りつけて鼓舞するが、効果は今ひとつ。「死にたくなかったら道を空けるんやな」の脅しに屈服寸前だった。
よし、もう一押しや。
迅三郎はこれ見よがしに銃口を振り回し、退路を確保しようとした。だが、いかんせん相手の数が多すぎた。
烏合の衆とはいえ、数が揃えば動きは鈍い。なおかつ人数がいれば、中には頭の切れるヤツも混じっている。鉄砲の威力に慄く連中を尻目に、不信感を抱く者もいたのだ。
「ビビるなよ。アイツの鉄砲は、今のままやったら、次は撃たれへん」
銃口を振り回しているのは単なる脅しで、次弾の装填をするまで撃つことができないのを見抜いたのだ。
その声は銀次郎にも伝わった。
「よし、よう教えてくれた。野郎ども、聞こえたか!」
はったりは敗れた。
迅三郎は手にした銃を捨て、慌ててもう一挺の鉄砲を手にする。が、弾を込めたのがさっきの銃だけだったことを思い出す。
連中相手に、はったりを続けるか?
迷うより先、銀次郎が先手を打つ。
「恐れるな。相手は撃って一発、こっちは百人からおるんや」
足元を完全に見透かされてしまった。
今度こそ、万事休す。迅三郎たちは進退きわまった。
川面と対岸を、自分たちの倍の数を擁した提灯で灯されていたのである。
「このうえ、加勢だ?」
提灯の大軍を見たとき、どこまで止めを刺す気なんだと迅三郎は憤ったが、龍神組の勝手の違う動きに「おっ?」と改めて川面の灯りを見直した。
「おぃ」
十郎太も様子が違うことに気づいたらしく、よく見ろとばかりに、迅三郎の裾を引っ張る。
突然どこからともなく現れた提灯列に、龍神組のヤツらは浮足立っているというより、怯えている。
「黒獅子一家でも、出てきたんか?」
「ちゃうやろ」
それだったら、連中は恐れたりはしない。自分のところの縄張りを侵されたとして、一致団結して猛攻を加えるだろう。
メンツが懸かっているだけに、少々の不利など二の次、三の次なはずだ。
だとしたら……。
「提灯に何か書いてあるみたいやけど。あれ、何んなん?」
脇から覗き込むように見ていた月世が提灯の一つを指差す。
「どれ?」
指差す方向を見た迅三郎は、我と我が目を疑った。
嘘やろ……
絶句して、言葉が出ない。
そんな、あり得ない。
「葵紋だぁ!」
先に十郎太が驚きの声をあげるが、未だ信じられない。
目を擦り、頬を叩いて目を擦り、少なくとも、三度は繰り返しただろうか。それでもなお、提灯に描かれているのは、まごうことなき三つ葉葵の紋どころだった。




