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第五章 抗争! ヤクザと同心 1

 床で眠りに就いていた銀次郎は、唐突に走った顔面の痛みに耐えかね、半ば無理やりに叩き起こされた。

「何しやがる!」

 大声で怒鳴って布団をのけ払い、銀次郎は起き上がろうとする。

 しかし痛みの元凶である顔面に乗っかった足が、怒鳴り声はおろか、起き上がることも何もかも、総ての行為を徒労に終わらせてしまった。

「俺に向かって何しやがるとは……銀次郎。オメェ、いつからそんな偉くなったんだ?」

 ドスの利いた嗄れた声。龍神組を束ねる通称「獄卒の幾造」が銀次郎の枕元で、目を吊り上げて仁王立ちしていた。

「親分!」

 親分が来ていたのに熟睡していたとは、何たる失態。不明を恥じて慌てて起き上がろうとするが、銀次郎の努力は叶わなかった。

 ミシリと鈍く嫌な音。

 鼻の骨が折れるんじゃないかと思うくらい乗せられた足は深く食い込み、呻き声を上げる間もなく息もできないほどの鋭い痛みが横腹に走る。

 起きるより先、幾造の蹴りが脇腹にめり込み、銀次郎は若頭という役職も忘れ、床の上でのたうち回った。 

「床でごろごろしとらんと、早よ起きさらせ!」

 元凶を作っておきながら、幾造は理不尽な要求を突き付ける。起き上がろうとする銀次郎を「遅い」と怒鳴りながら蹴りまくるのだから、矛盾すること甚だしい。

 隙をついてどうにか起き上がったときには、銀次郎の夜着ははだけ、腹といわず胸や四肢にも、赤い腫れや青い痣が浮かび上がっていた。

言った途端に「ど阿呆!」と再び蹴りが飛び、背中から床に叩きつけられる。

「鍵なんかで、安心できるかい!」

 獅子が吼えるような大音響。迫力ある怒鳴り声が銀次郎に浴びせ掛けられる。

「あれは、そこらにあるような安モンやのうて、特別あつらえの鍵でっせ」

 大丈夫ですと答えたが、幾造は聞く耳を持たない。

「アカン、アカン」の一点張り。

「そんなもんが、何の役に立つ?」とまで、言ってのけた。

 またまた理不尽なことを。銀次郎は心の中で頭を抱える。

 蔵にあの鍵を掛けるようにと言い出したのは、他ならぬ幾造自身なのである。

 元々は若い衆が持ち回りで寝ずの番をしていたのだが、数年前に幾造が発した鶴の一声で、日暮れ以降は施錠をして、人を寄せ付けない方式に切り替えたのである。

 若い衆を気遣ってではない。表向きはそういうことにしてはいるが、「金目のものばっか置いてあるんや。若気の至りで、魔が差すことがあるかも知れん」というのが真の理由である。

 鍵にしても、並みの錠前では納得できず、幕府直轄の蔵でもなければ、まず絶対お目に掛かることのない錠前を特別にあつらえて採用したのである。

 またの趣旨変えを、今度はどうやって説明しようかと頭を悩ませていると、幾造の口から、予想もつかない言葉が発せられた。

「子分衆を直ちに集めい! ええか、一人残らず全員やぞ。戦の支度をして、今すぐ蔵に向かうんや!」

「はぁ?」

 聞いて、我が耳を疑った。

 子分全員を引き連れて蔵に向かうのも意味不明なら、戦の準備をしろなど、正気の沙汰とは思えない。

 しかし、幾造の眼は血走り、全身からかつてないほど張りつめた殺気が放たれる。幾多の修羅場を潜り抜けた銀次郎ですら恐怖を感じるほどの、強い視線だった。

「ぼけっとすんな。今すぐ全員を叩き起こせ! ノロノロしとる奴は、この場で叩き斬ったかて構やせん」

「夜更けに全員を叩き起こす、理由は何です?」

「俺の蔵に賊が入った夢を見た。蔵破りなんて、舐めたことをする奴には目にもの見せてやる」

「夢の中で蔵破りをやったヤツを相手に、戦を仕掛ける?」

 そんな、無茶苦茶な。

 言いかけたところで、銀次郎の思考が待ったを懸ける。

 幾造の勘は、ここ一番という時に、ことごとく当たるのだ。博打然り、出入り然り、商機においても。

 岐路に立たされたとき、幾造の決断は、常に正しい方向を指していた。かくいう銀次郎自身が、幾造の機転で命拾いをしたこともあった。

 その神がかり的な勘が信頼となり、仲間や人を惹きつけて、一代でここまでのし上がっていった所以である。

 現代ならば予知夢と診断される夢枕、幾造の第六感が「何かある」と囁いているのだ、並みの人間の「虫の知らせ」とは訳が違う。

 ましてや、あの蔵には、ご禁制の「例のもの」を隠匿している。ここは勘に乗っておくのが正しい選択ではないのか?

「野郎ども。起きろ!」

 蹴られた痛みも忘れて、銀次郎は屋敷の中を駆け回ると、惰眠を貪る舎弟連中を起こしに懸かった。

「出入りの支度や。気合いを入れろ!」

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