第三章 隠し荷 6
間が悪いことは重なるようで、空気を読まない十郎太のおかげで場が白けているところに、更にややこしくするかの如く徹生までもが割って入ってきた。
「いくら下働きさせられるから、って言うても、片や暇潰しにええ女を拝んで、こっちは伝手を頼って走り回るってのは、どうやのん?」
愚痴を上乗せした恩着せがましい喋り口調に「やかましい!」と迅三郎が拳を丸めた刹那、出鼻を挫くように徹生が「あーっ!」と大声を上げた。
いきなりの大声に気勢を削がれ、振り上げた拳を下ろす間もなく、迅三郎は前につんのめる。
「ヘンなとこで、でかい声ぇ出すな。こっちがずっこけるやろうが」
間をずらされてしまい、踏鞴を踏んだ迅三郎が拳を固めて怒鳴りつける。
だが、当の徹生は、それどころではなかった。
酸欠の金魚のように口をパクパクと開け、信じられないものを見たという表情で、月世のほうを向いたまま固まっていた。
「お、お、お、お、お、お。おまっ……」
上擦ったまま言葉が詰まり、出来の悪いオウムのように同じ言葉を繰り返す。
絶世の美女を見るというより、まるで熊か狼にでも出くわしたような驚きぶり。上擦る声にも、微かに震えが混じっていた。
「ええから、落ち着け」
半ば窘めるように十郎太が後ろから背中を叩くことで、漸く泡を吹くような興奮が収まったのか、どうにか聞き取れる言葉を発した。
「オマエ、蠍やないか! 何で、オマエがここにおるねん?」
月世に指を突き付けながら、徹生が吼える。
言われた月世は、手を口元に当てながら「あらま」と小さく呟いた。
しかし、居合わせた迅三郎と十郎太は、その程度では済まなかった。二人は揃って「えええっ!」と驚くと、蹈鞴を踏みつつ後ずさるように仰け反ったのである。
「蠍だと?」
「この女。いや、月世がか?」
二人が驚くのも無理はない。蠍といえば、裏世界に足を踏み入れた者ならば、知らない奴はモグリとまで言われた殺しの請負人なのである。
蠍の名の通り、毒針を好んで用い、気付かぬうちに相手を闇に葬るとして、江戸の裏社会で名を馳せ、かの地では市中に手配が懸かっているほどの暗殺者である。
だが、狡猾で足のつかぬ手堅い手口ゆえか、蠍の正体は闇に包まれ、唯一つ、女であることしか知られていないのだ。が、
「ええ、間違いおまへん」
と、徹生は言葉尻に力を入れて肯定する。
「忘れもしまへん。てか、忘れようにも忘れられへん。男の尊厳に関わるさかい、何があったかは金輪際、言いたかおまへんけど、こいつのお陰で、あっしは渡世の看板を下ろさなならん羽目に陥ったんでっせ」
目の前にいる月世が余程憎々しいのだろう、口から泡を飛ばし怒りに歯を剥き出しながら、徹生が吼える。
しかし、戸口からは一歩も動かず、指を突き立てて遠巻きに喚き散らす徹生の姿は、どう見ても負け犬の遠吠えにしか見えず、滑稽なことこの上ない。
当然のことながら、そんな及び腰な徹生の態度を、月世が見逃すはずもなかった。
「はん。半端もんが、いっぱしの態度を吼えるもんだね」
徹生相手に目を剥くと、唇を捲り上げつつ、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。
美女が凄むというのは、これほどの威圧があったのか!
月世は、ただ歯を見せて笑っただけなのに、当の徹生のみならず、不覚にも迅三郎と十郎太までもが、雰囲気に一瞬だが、圧倒されてしまった。
三人が金縛りに遭ったようにその場に立ち竦んだのを確認すると、月世は止めとばかりに尚も追い打ちの冷笑を浴びせる。
「足を洗う勇気もないから、奉行所の犬になり下がってるんだろうに」
フンとばかりに鼻で笑うと、もう一度、きっと徹生を睨みつけ、返す刀でクソミソに扱き下ろす。
図星を衝かれ脂汗を掻きながら立ち竦む徹生を尻目に、月世は気怠るそうに髪を掻き上げると、半ば呆けていた迅三郎と十郎太に向かって改めて凄んでみせた。
「ま。バレちゃ、しょうがないわね。こいつが言った通り、巷じゃ、あたいのことを毒女とか蠍って呼んでるらしいわね」
ふっと息を吐きながら、間合いを取るべく、一歩二歩と後ずさると、月世が居直りともとれる台詞を口にする。
一分の無駄も隙もない月世の玄人な動きに、今の今までだらしなく尻尾を振っていた十郎太が真顔に戻り、一歩先に我に返った迅三郎共々腰の物に手を掛ける。
だが、事に至るのが一歩だけ遅かった。
月世が懐から数本の短針を取り出して指の間に挟むと、電光石火の早業で、横にいた迅三郎の首筋に針先を当てたのである。
「おっと、動きなや」
迅三郎に忠告すると同時に、十郎太と徹生に向かって睨みを利かせると、三人の動きを封じ込める。
「ちょっとでも動いたら、この針が首筋にブスリといってまうで。三つ数える前に、三途の川を渡ってまうやろうね」
針先は寸分のずれもなく迅三郎の頸動脈と神経線に宛がわれており、月世の脅しに誇張やはったりなどは一切なかった。
針を持つ手がほんの少しでも動けば、迅三郎は言葉通りに六文銭を握り締め、あの世に旅立ってしまうだろう。
「ついでに言っとくけど、毒針はまだあるねんで。投げても効くよって、滅多なことは考えなや」
胸元をはだけて見せた吹き矢の存在に、徹生は「畜生め」と唸りながら、その場に釘付けとなり、十郎太は黙って刀の柄から手を離した。
「そうそう、それでええねん」
余裕の笑みを浮かべる。
「ちょいと長居をするために鍼灸院を装ったのが裏目に出ちまったかね。盲の振りして助平な男どもを手玉に取るのは造作もなかったけど、その中にヘタレの徹生までいたのは、不覚だったわよ」
「オマエにヘタレと言われる筋合いなんか、あらへん!」
月世にヘタレと言われて、徹生が憮然とする。
だが、残念ながら世間の目は冷たかった。徹生を擁護すべき立場の迅三郎はおろか、十郎太までもが月世の見立てに賛同するが如く、一様に「うん、うん」と頷く。
「旦那まで一緒になってーっ」
味方であるはずの迅三郎らが無視したことに、徹生がまたむくれた。しかし、男が拗ねて見せても、可愛いはずなど微塵もなく、あっさりと黙殺される。
一方の月世はというと、端から徹生の相手などしていない。呼ぼうが叫ぼうが無視を貫き通す。不毛な争いには我関せずと言うべきか。
「同心なんかに正体を知られたのは、癪なんだけどねぇ」
眉間に皺を寄せながら、同心二人に向かって苦々しげに舌打ちするだけだった。
のだが。
毒婦とはいえ、美女の顰めっ面には、そそるものがあるのだろう。針で急所を押さえられいるにも拘らず、「まぁ、まぁ」とばかりに迅三郎が呑気な口調で割って入った。
「綺麗なもんは、みんなで愛でるものや」
軽薄そうに白い歯を二ッと見せると、聞かれてもいないのに、絶妙な間で合の手を入れてみせた。
迅三郎が軽口を叩けば十郎太も黙っていない。訊かれてもいないのに「せやけどなぁー」と首を傾げながら、顎の下に拳を載せ、思案するように口を開く。
「診療費って名目で見料を取られても、愛でるのか?」
「ケチくさいこと言わんと、それくらい出したれや。せやから、同心なんかにって言われるねんぞ」
「ま。ご同業やのに痛いお言葉」
ご丁重にも口元に掌を当てて、茶目っ気たっぷりに十郎太が肩を竦めると、
「いい加減にしな!」
緊張の欠片もない二人のやり取りに、苛々が頂点に達したのか、月世が鬼のような形相をして目を剥いた。
「黙って聞いてりゃ、さっきから好き勝手なことをしゃあしゃあと喋りまくって。アンタらの命は、この私が握っていること、お忘れじゃないだろうね?」
月世がもう一度「この場の主導を握っているのは私だ」とばかりに、指先に挟んだ針を強調するが、睨まれているだけの十郎太は言うに及ばず、絶体絶命の境地にあるはずの迅三郎までも、お互いを指差すと「自分は関係ない」とばかりに手を横に振る。
「俺、何にもされてないもん」
調子に乗った十郎太が、その場で阿波踊りのように両手を上に掲げながら手足を動かすと、月世の目には挑発と映ったのだろう。
「動くなと言ったはずだよ!」
眉間の皺を更に深く刻ませると、一層大きな声を張り上げた。
怒鳴られた十郎太は、叱られた幼子のように亀の子さながらに首を竦めながら「おー、怖っ」と呟くが、言葉に反して、目元は明らかに笑っていた。
「動くなって言われても、心ノ臓まで止める訳にはいかんもんなぁ」
肩を竦めたままの格好で、器用にも左胸を指差しながら、懲りもせずに十郎太が軽口をたたく。
「ああ、そりゃ、無理や」
即答するように迅三郎が「うん。うん」と頷く。
「そんなことしたら、死んでまうがな」
いかにもな台詞回しで「おおっ。怖い、怖い」と呟きながら、大真面目に言って聞かす。
これで、月世の癪に障らないほうがおかしい。生死与奪を握られていながら一向に気にしない二人に業を煮やすと「だったら、死ねや!」と叫ぶと、針を持つ手に力を込めた。
「こっちの正体を知られたからには、相手が同心やろうと何だろうと、どのみち生かしてなんておられへんのや。あたいがちゃんと閻魔さんの下まで送ったるさかい、安心し!」
引導を渡すかの如く捨て台詞を吐くと、針を急所に宛がい迅三郎の息の根を止めようとする。
が、針が首の皮に接するよりも早く、迅三郎の右手が月世の手首を掴んでいた。
「えっ?」
一瞬の出来事に訳も分からず月世は呆けるが、攻守は完全に入れ替わっていた。
「別嬪さんが隣に張り付いてくれてたんや。できたら、もうちょっと遊んでいたかったんやけど」
軽薄な態度は崩さずに、迅三郎が掴んだ手首に力を込める。
怒りで歪んでいた月世の形相が、瞬く間に痛みで歪んだ表情へと入れ替わった。苦悶の呻き声が口元から漏れる。
それでも迅三郎は表情一つ変えない。さらに力を込めつつ「せやけどな」と、一人で勝手に言葉を続ける。
「閻魔さんになんぞ、会いとうないからな。俺の性癖は至って健全やさかい、ムクスケな男んところに遊びに行くような趣味は、持っとらへんねん」
心底、嫌そうに言いながら、迅三郎が掴んだ手首を軸に逆手方向に捻り上げる。手首から血の気は失せ、針は指先からこぼれ落ちた。
こりゃ、ホンマに痛そうやな」
激痛に喚く月世の手首をぎりぎりと締めつけながら、張本人の迅三郎が他人事のように呟く。
「そない思うんやったら、その手を離しぃや!」
痛みに耐えながら憤怒の言葉を月世が口にするが、その頼みを聞き届けるのは無理というもの。
「そんなこと言うても、手を離したら。オマエさん、針で俺を突いてくるやろ」
当然。とは、口にこそしなかったが、キッと睨んだ視線が代わりに「そうだ」と言っているようなものだった。今の月世は罠にかかった手負いの獣と同じで、僅かでも隙を見せれば、たちどころに牙を剥いてくるだろう。今、手を離せばどうなるかなど、考えるまでもない。
「俺、痛いの嫌やもん」
返事代わりに呑気な口調で言いながら手首をさらに締めあげると、やせ我慢も限界に達したのだろう。月世の口から断末魔のような悲鳴が響いた。怒りで赤く紅潮していた顔色が真っ青に変わり、額や首筋から珠のような冷や汗が幾筋も流れ落ちる。白目を剥いているにもかかわらず、あまりの痛みに気絶することすらできず、顔からも血の気が失せ、真っ赤だった唇までもが土気色に変わっていた。
「ま。自業自得やわな」
両膝に手をかけながら十郎太がしゃがみ込むと、苦悶に歪む月世に向かって諭すように言い聞かせる。
「この根っからの助平に、閻魔さまとはいえ男を宛がおうとしたんやさかい、怒られてもしゃあないわ」
言外に「アホなことして」という蔑みの視線が見え隠れするのだが、表情には一切出さない。
「だったら、どうしろと」
息も絶え絶えに月世が尋ねる。いっそ気絶でもしたほうが楽だというのに、気丈にも意識をしっかり持っているだけに襲いかかる痛みはまた別格らしく、声を嗄らし口から泡を吹きながらもなお悲鳴を叫び続けていた。
「素直にお縄にかかったら、どや? そしたら、即刻打ち首になって、楽になれるで」
最前の恨みを晴らすべく、ここぞとばかりに徹生がしゃしゃり出てくるが、五月蠅いと迅三郎が一喝すると、叱られた子犬のようにすごすごと引き下がる。
ホンマに意気地なしやな。自分が叱っておいてなんだが、我が手下ながらも情けないヤツ。これでかつては渡世に身を置いて、それなりに羽振りを利かせていたというのだから、世の中は不思議で満ち満ちている。
「まぁ、それも「あり」かいな」
言いながらも、言葉尻にだけはしっかり乗っかる。隅で小さく「汚ねぇ」と拗ねながら舌打ちをする声が洩れ聞こえるが、それは当然無視する。
「ふん。誰が、アンタ等みたいな、こっぱ同心の、お縄に、なんか……」
もうひと捻り力を加えれば、掴まれた右腕は使いもにならなくなるかも知れないというのに、月世は強情にもやせ我慢を貫き通す。その天晴れな忍耐力に敬意を表したわけではないが、迅三郎は掴んでいた手を緩める。と、千載一遇の機会とばかりに、月世は転がるように迅三郎の懐から脱すると、床に落ちた針を拾い上げ、不意打ちを喰らわぬように壁を背にして再び構える。
窮鼠のような態度の月世に「おい、おい」とため息をつくと、迅三郎が無駄に白い歯を見せて意味あり気に片眼を閉じた。
「そないに、いきがらんでも。こっちもは、縄打つ気なんか更々あらへんで」
人差し指を左右に振って迅三郎が言うと、月夜の目が点になる。
「それ、本気で言うてるの?」
痛む腕を擦りながら、正気か? という面持ちで月世が訊きなおてきた。言葉の上では尋ねているが、その目は懐疑というより言葉自体を全く信じていなかった。
「本気も本気。至って本気」
強調するように本気を何度も連呼するが、口調が軽い上に安易に言い過ぎたのが祟ったのか、月世の不信の眼はさらに深くなる。
「つまり。縄なんか打たずに、そのまま斬り捨てるとでも?」
凍りつきそうな冷たい視線で月世が言う。
殺し屋である「蠍」が奉行の手に落ちたならば、白洲で罪状吟味をするまでもなく、下される裁きは死罪に決まっている。仮に特別の憐憫が加わったとしても、市中引き回しや打ち首後の晒しがなくなる程度でしかなく、月世が自棄になるのは当然と言えば当然。
「言うとくけど、簡単に斬れると思いなや」
だからといって一人で死ぬ気は更々ないと、最後の牙を剥きだして警告する。
野生動物そのもの闘争心むき出しの月世に対して、迅三郎は「蠍相手に、思とりゃ、せんけど」と認めたうえで、斬り合う気がないことを示すために鞘に収めたままの脇差しを腰から抜くと、これでどうだと言わんばかりに刀をそのまま床に置いた。
「で、油断させといて……」
十郎太に自分を斬らせるんだろうと、月夜の緊張は緩んでいない。見上げた猜疑心に迅三郎はやれやれと首を大きく振ると、十郎太のほうを向いて目配せしながら「あーっ」と一声唸る。意図を察知した十郎太が「へいへい」と言いながら同じく刀を床に置くと、信じられないとばかりに本気の表情で驚いてみせた。
侍の魂や言うとる刀を、そんなあっさり床に置いてしまうやなんて。アンタたち、ホンマに同心なんか?」
格式や体面を重んじる武士の行為から余りにもかけ離れ過ぎていると、訝るように月世が訊いてくる。
「ま、八百屋でないことは確かやな」
間髪いれずに十郎太が真顔でボケる。と、くだらないことを言うなと目で訴えながら、迅三郎は黙って十郎太の後頭部を肘で突いた。
「このアホの言うことは放っといてやな」
痛がる十郎太を無視して迅三郎が前置きをすると、だらしなくヤニ下がっていた目尻を引き上げて、週に一度位しかしないという真剣な表情を月世に向かって作ってみせた。
「斬り合うつもりもないのに、腰にぶら下げとってもしょうがないやろ」
それだけ言えば十分だろうと両手を腰に当てて、斬り合う意思がない丸腰を強調するかのように、掌を腰に何度も叩いてみせる。
もっとも、疑心暗鬼な月世は額面通り受け取るつもりなお毛頭ないようで。
「あたいが蠍やと知っていてもか?」
真実のほどを試すように、もう一度正体をばらして訊きなおす始末。常軌を逸するほどの用心深さであるが、迅三郎はここで折れじと表情ひとつ変えずに肩を竦める。
「せやから、どうしたって?」
一言そう言うだけで、意に介そうともしない。これには逆に月世のほうが、どうしてと訊き返す始末。
「そんなこと、考えられへんやろ。自分の口から言うのも何やけど、あたいを捕まえれば大金星は間違いなし。それどころか、ひょっとしたら同心から与力への昇進だってあるかも知れないのに」
思いつく限りの条件を列記して、これでもかとばかりに迅三郎に問う。
「確かに、そやな」
そこは否定しないとばかりに迅三郎は頷き、隣にいた十郎太も同じく「そやな」と言って同意する。
「分かってて、何で?」
改めて訊きなおすと、迅三郎と十郎太が「そんなもん、決まってるやないか」と二人揃って即答し、月世に向かってもう一度指を突き付けた。
「目の前のにんじん如きに踊らされて、これだけの美女を刑場送りにするのは、如何にも勿体ない!」
聞いていて恥ずかしくなるような台詞を、二人は何のてらいも臆面もなく、きっぱりと言い切ったのだ。
揃って胸を張る迅三郎と十郎太に対して月世はぽかんと口を開け唖然とした表情で呆けていたが、言った意味が頭ん中に入ってきた途端それまでの虚勢が嘘のようにぷっと吹き出すと、腰を折り曲げて「あはは」と大笑いしだした。
髪を振り乱しながら大口を開けて月世が笑い転げる。外にも聞こえるだろうというくらいの大声は、優雅や上品さからは程遠く痴態と言っても差し支えないほどだった。ひとしきり笑うと腹筋が悲鳴をあげたのだろう、息も絶え絶えに立ち上がると、目元と言わず首筋にも笑い皺がくっきりと浮かび上がっていた。それだけの痴態を見せながらも美女はきれいなのだから、世の中は矛盾で満ち溢れている。
「アンタ等ホンマに、同心かいな。掛け値なしに面白過ぎるわ」
涙を拭いながら月世が言う。どうかするとまだ笑いがこみ上げてくるのだろう、肩を細かく上下させて窒息するのを堪えるべく、必死に深呼吸をしていた。
一方。面白くないのは、笑われる元凶となった迅三郎と十郎太である。
「迅。この女、オマエのことをバカにしてるぞ」
「いやいや。十文字には敵わんて」
二人してお互いの顔を見合わせると、全く同時に指を突きつけて責任を擦り合う。妙な阿吽の呼吸がさらに滑稽だったのか、一度は笑いを堪えた月世が我慢できずに再び吹き出した。
「どっちもバカにしてるねん。せやけど、面白すぎて気にいったわ!」
面白い玩具でも見つけたかのように瞳を輝かせながら月世は言うと、何を思ったのか、両手で迅三郎と十郎太の後頭部を抱え込んだ。
「役人相手に盃って訳にはいかんやろ。せやから、お近付きにちょっと面白いこと教えたろ」
月世は二人の頭をくっつけさせると、グイと耳たぶを引っ張った。




