8 ヒューバート=チェンバレンという男
マーガレットの後援となったヒューバート=チェンバレン。
彼は、公にはしていないが、大国である隣国ヒースコート帝国の帝王の落とし子だ。
訳あって、幼少期にチェンバレン侯爵に預けられ、一家の息子として育てられた。
明るく朗らかな兄と違い、姉チェルシーと妹テレーザは性格に難があったけれども、両親と兄の愛を注がれ、ヒューバートは健全かつ健康な若者として育った。
ただし、そう思っているのは本人ばかりで、周りは彼のことを、「人を刺す攻撃力のある枯れ木」「領地経営の鬼神」「見た目が病みすぎてドラキュラ」「魔王の波動」と散々な言いようだった。
それでもヒューバートは、ちょっと黒髪が乱雑に扱われ、仕事に邁進しすぎて目の下のクマが取れなくて、眼光が鋭く、細身だけれども、ただそれだけのことで、自分は普通だと思っている。
それに、男も女も、なんだかんだ寄ってくる。
きっとこれが、自分が普通である証だ。なんの問題もない。
なお、兄にそう告げたところ、兄のチェスターは青ざめた顔で、「こだわりと事務処理能力が天元突破しすぎてて全然普通じゃないし……人が寄ってくるのは青白い病み系の色気に、病んでるフェチの有象無象が吸い寄せられているだけなのに……弟の自己肯定感の高さが怖い……」と、何かを小声で呟きながら震えていた。「よく聞こえないからもう一度」と笑顔で言うと、兄はその場から逃げていった。
そんなヒューバートには、好きなものがあった。
姪のキャサリンである。
正確には、ヒューバートは可愛いものと子どもが大好きなのだ。
「そんな病んでる顔つきでまさか」「誘拐犯の間違いでは」「ドラキュラが血を吸おうとしている」と言われるから公にしていないだけで、自室の秘密のクローゼットの中はメルヘンの塊だし、孤児院にも毎月寄付している。
そして、姪のキャサリン。
ヒューバートの怖い顔にめげず、いつでも「ヒュー!」と笑顔で迎えてくれるあの子は、空から舞い降りた天使なのだ。
ただ、貢物をしても、すぐに妹のチェルシーが換金してしまうのだけは悩みの種だった。だから、いつでもキャサリンは簡素ないでたちだ。仕方がないので、ヒューバートは基本的に、キャサリンには食べるものと簡素なおもちゃを貢いでいた。
そして、あのマーガレットという女。
彼女は、割と、悪くない!
キャサリンを大切にし、彼女のために尽くそうとする姿勢。しかも、今から子供を産む妊婦。大事だ。この世の正義のため、子ども達のため、ヒューバートは動かねばならない。
ただ一つ問題があるとしたら、マーガレットが一瞬でキャサリンに気に入られたことだ。
ヒューバートが「ヒュー!」と呼んでもらうには、相当な時間がかかったと言うのに!!!!!
……いや、違うな。嫉妬は物事の効率を下げる。
彼女はキャサリン相手に限らず、人たらしの才がある。そこに嫉妬するのではなく、学びを得るべきだろう。
今度からは、彼女を心の内で師と仰ぎ、彼女のやり方を真似しよう。
ほくそ笑むヒューバートは、気がついていなかった。
彼がこの日、初めて成人女性に興味を持ったことに、気がついていなかった。
そもそも、彼が兄と両親と子ども達以外の人間にこれほど興味を抱いたのは初めてのことであったのだが、そのことにも気がついていなかった。
ヒューバートは、浮かれているのだ。
なにしろ、ヒューバートは今後、二歳の侯爵閣下や妊婦の侯爵代理の代わりに、ギルベルト侯爵家の侯爵業務を行うことになっている。これは、大商人ギレムよりも、官僚であるヒューバートの方が侯爵業に向いているだろうという、両者の判断によるものである。
要するに、これからヒューバートは、ギルベルト侯爵家に住む。
つまり、可愛い姪と、毎日楽しく遊べるのだ。
しかも、侯爵代理が姪の弟か妹を生んだら、その赤ちゃんとも一緒に過ごすことができるという夢のオプション付きである!
有頂天のヒューバートは、知らず知らずのうちに、「くっくっく……素晴らしい……素晴らしい計画だ……」たくらみ笑いを繰り返していた。
そんな自分の笑い声が周囲の使用人達に恐怖を与え、「闇の帝王」「ギルベルト侯爵家転覆を目論んでいる」「悪の権化」と言われていることに、気が付いていなかった。
そして、それだけでなく、悪役令嬢になりたい夢見の魔女キャサリンと、天然人たらしマーガレットに散々弄ばれる未来が近いことにも、全く気がついていないのだった。
~第一章 出会い編 終わり~




