7 夢の中での再会
その日の夜、マーガレットはまたしても夢を見た。
「あっくやくれいっじょ! あっくやく! れーじょ!」
なんだか、近くで女の子の声が聞こえる……。
マーガレットが眠いながらになんとか身を起こすと、傍には、何か壁に映る動く絵を夢中で見ているキャサリンと、疲れ果てたように床にうずくまる黒髪ロングヘアの女性がいた。
なんだか、その女性は、見たことのない服装をしていた。
ニットに、上着、そしてスカート。とても凝った作りのようでいて、平民のような……足も膝から下が出ていて、もはや貧民のようだ。とはいえ、その繊細な造りを見ると、布地が用意できないが故の意匠とも思えない。
「あ、起きました?」
『……えと、あなたは』
「あー。私、卑弥呼って言います。苗字は色々変わるんで、名前で呼んでください。よろしくお願いします」
「あ、はい……マーガレット、です。よろしくお願いします」
床に這いつくばっていた女性、床で寝ていて起きたばかりのマーガレット。
お互いに、再度床に這いつくばるようにしておじぎをする。
『それで、これは……?』
ふわふわした真っ白い床と、晴れ渡った青い空。
綺麗で居心地のいい空間の中、いるのはマーガレットを含めて三人だけ。
うち一人は、動く絵に夢中で、こちらを見てもくれない。
「いや、本当によかったです。ようやくまともな保護者がきてくれて」
『はぁ……』
「ここだけの話、あなたの義理の娘さんね、夢見の魔女なんですよ」
『……はぁ……』
「あー、眉唾だと思ってますねぇ……」
反応の鈍いマーガレットに、卑弥呼は肩を落としている。
いや、申し訳ない。
なんというか、最近、こう、変なことを言う人が多すぎて、反応できなかったのだ。
なんだか疲れてしまって、正直、驚く気力もありません。
「ああー、分かりますよ。あなたはこの子の周りにいる数少ない常識人ですからねぇ」
心の声を読んでくる彼女に、マーガレットは眉をハの字に曲げる。
「おっと失礼。どうにも癖でね」
咳払いした後、卑弥呼は色々と教えてくれた。
何やら、彼女が言うには、夢見の魔女は、幼い頃は母親の夢の中で眠っていることが多いらしい。
だから、キャサリンも、初めは実母の夢の中で寝ていたんだそうだ。
「でもねぇ。この子の亡くなった母親、結構過激な人でねぇ」
キャサリンの亡き母親であるチェルシー=ギルベルト夫人は、ものすごくプライドが高く、非常に自己顕示欲が強い人だったらしい。
「彼女の夢の中さぁ。全て金塊でできてるし、空は虹色に輝き、常に彼女を褒め称える声が怒号みたいに鳴り響いていてね。あんなの私も初めて見たよぉ」
『それは、また……』
「まあそんなわけで、眠れなくなったあの子が、いろんな人の夢を放浪して泣き喚いていてね。夢見の魔女協会に苦情がきて、私が駆り出されて……私、いつ転生しても独身で、子育てしたことないのに……みんな酷いんですよぉ……」
なんとも疲れ果てた様子の彼女に、同情の目を向けていると、彼女ははぁとため息をついた。
転生とか夢見の魔女協会とか、色々と問題ワードを口にしている気がするけれども、面倒なのでとりあえず聞かなかったことにしておく。
「そのうち、その子の母親、痩せるし綺麗になれる!って、毒入りのおしろいを使い出してね……まさか死ぬまでやめないなんてねぇ……」
『………ん?』
「父親は浮気してるしさぁ。夢の中はある意味お花畑だったんだけど、流石に浮気中の父親の夢に子どもを放り込むのもねぇ」
『……………』
「とはいえ、私にだってどうしようもなくてさぁ。教育には悪いと思ってはいたんだけど、とりあえずあんな感じで、いろんな人の夢を渡り歩きながら、あの子にアニメを見せて機嫌を取ってたわけよ」
『………………はぁ』
よくわからないが、動く映像を見ているキャサリンは、これ以上なく楽しそうだ。
ころころと楽しそうに笑っては、金髪に赤いドレスの女の子の絵が出るたびに、手を叩いて「あっくやくれーじょ!」と喜んでいる。
「そこであなたの登場です。ありがとう!」
『ええと』
「雲の上の青空空間。お昼寝に最適な立地。ぽかぽかあったかいし、あの子も気に入ったみたいです。救世主降臨! よかったよかった」
『は、はぁ』
「あっ、警戒していますね!? あの子はね、ちょっと未来視ができたり、結構なアニメオタクだったりしますが、普通の娘ですよ」
『普通とは』
「現実世界では二歳なので、夢の中の知識を受けとめるだけの脳が出来上がっていません。起きたらほとんどなんにも覚えてない、普通の娘です」
『本当に?』
「多分!」
『……はぁ』
なにも言う元気のないマーガレットに、卑弥呼は胸を張っている。
「というわけで、この子をよろしくお願いします」
『……ええ?』
「お、ちょうど番組が終わりましたね。ほら、キャシーちゃん、こっちにおいで〜」
卑弥呼が声をかけると、呼ばれたキャサリンは、嬉しそうに立ち上がり、てちてちとマーガレットのところまで駆け寄ってきた。
「マギー! キャシーは、あっくやくれっじょになる!」
『………………………………ヒミコさん』
「あー、いや、その、えーと。起きたら普通の子です!」
「おーっほっほっほ! あく! そく! ざーっ!」
「そ、それはちょっと違うやつかなぁ!?」
きゃあきゃあはしゃぎながら走り回るキャサリンに、卑弥呼さんは慌ててツッコミを入れながら、彼女を追いかけている。
最終的に捕まってしまった逃亡娘は、卑弥呼さんに抱き上げられながら、キャッキャと笑顔で喜んでいた。
そして、その喜んでいる娘は、マーガレットに引き渡された。
「はい、あなたの娘ですよー」
『えぇ……』
「マギー! キャシーは、マギーがいいの!」
『そうなの?』
「そうなの!」
わたしの腕の中で、楽しそうにしている四歳児。
思い浮かべるのは、起きている時の、二歳のキャサリン……。
うーん、と十秒考えた後、わたしはふと、笑みをこぼした。
『まあいっか』
「マギー?」
『キャシーちゃん。これからよろしくね』
そう言うと、キャサリンは花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
あまりの愛らしさに、マーガレットが慄いていると、卑弥呼さんが涙を流しながらよかったよかったと呟いた。
「あーよかった。とりあえずこれで、未来がマシな方に収束しそうです。あなたにとってもね」
『マシな方?』
「直近だと、あなたがキャシーちゃんを拒絶して逃げようとしたところを家令ジェフリーに刺されたり」
『ジェフリーに!?』
「キャシーちゃんの母方の叔母のテレーザに毒入りのおしろいを盛られたり」
『ど、毒!』
「父方の叔母のケイトに侯爵家の財産の横領をなすりつけられて投獄されたり……」
『お、横領!!』
「ジェフリーは、だめ〜。テレーザ叔母さんは、悪い人だから、だめ〜。ケイト叔母さんは、だめな人だから、だめ〜」
『だめ〜!の意味、もしかして結構重いのかな!?』
「め〜!」
マーガレットの反応に、キャサリンはキャッキャと喜んでいる。
ここ、喜ぶところかな!?
「ま、私もまた一年後に来るんで、頑張ってください」
『一年後ぉ!?』
「私も忙しいんですよ! じゃあね、キャシーちゃん。元気でね!」
「ヒミー、またね〜」
『ちょっ、ヒミコさんー!?』
止める間もなく、あっという間に、卑弥呼は走り去っていってしまった。
残されたのは、唖然としたマーガレットと、手を振っているキャサリンである。
マーガレットがキャサリンを見ると、キャサリンは首を傾げてマーガレットの言葉を待っていた。
きゅるりと光る碧い瞳が、マーガレットを見つめている。
『……寝よっか』
「うん!」
義母は、夜、義娘を寝かせないといけないのである……。




