1 プロローグ
それは、ある日の夢の中のことだ。
「あっくやくれっじょ! あっくやくれーじょ!」
「れーじょ!」
「れーじょ!」
「じょ!」
なんだか、可愛い女の子達の声が聞こえる。
ふわふわの雲の上、ぽかぽかした陽気の中、温かい日差しは肌を刺すこともない。
ああ、これは夢だなあと思いながら、ゆっくりと目を開くと、そこには金髪碧眼の四歳女児と、赤髪青目の二歳女児が、壁に映った動く絵を鑑賞している姿があった。
まだぷくぷくした体つきの愛らしい二歳児は、四歳児の足の間に陣取って、カンガルーの子供のように四歳児に背中を預けている。
四歳児は、二歳児に向かって、壁に映った動く絵の方を指さしていた。
「この、金髪のお姉ちゃんが、あくやくれーじょ。きれいで、かっこいいの」
「じょ!」
「キャシーはね、あくやくれーじょになるの」
「ん!」
「となりの、ピンク色の髪の子が、ヒロイン。すっごくかわいいの」
「ろーいん!」
「シャルはね、ヒロイン。シャルもかわいいから、ぴったりなの」
「ん!」
「こんにゃくのオージさまはね、キャシーが探してくる。待っててね」
「ん!」
『…………………………』
「はっ」
「!」
マーガレットのうろんげな視線に気が付いたのか、二人の愛らしいカンガルー幼女は、こちらに目線を向けたまま、目を見開いて固まっている。
『…………キャシーちゃん?』
「マギー。これはね、夢なの。だからね、もっと寝てていいよ」
「寝てて、いーよ!」
『………………その子は?』
「キャシーのいもうと」
「もうと!」
『……………………わたしの、おなかの子?』
「……」
「……」
『……』
赤毛の女の子は、くりくりの青い瞳をさまよわせた後、えへへと照れ臭そうに笑い、ふわりと霧が霧散するように消えてしまった。
残されたのは、金髪碧眼の義娘と、マーガレットの二人である。
さすがになにかまずいと思ったのか、可愛い四歳児の碧い瞳は、不自然なほど揺れ動いている。
『キャシーちゃん』
「キャ、キャ、キャシーは、いもうとと仲良くしていたの」
『キャシーちゃん』
「しまいが仲がいいのは、いいことだって、マギーが言ってたの」
『言ったかしら?』
「二年後に言ってたの」
『……』
目の前の幼い娘は、キャサリン=ギルベルト。
二歳にして両親を失い、爵位を受け付ぐこととなった、悲劇の侯爵閣下である。
そして、どこにでもいそうな赤毛に、青い瞳がチャームポイントの彼女は、マーガレット=ギルベルト。
ギルベルト侯爵の後妻にして、入籍日に夫を失った妊婦の未亡人。
目の前の可愛い侯爵閣下の、義理の母だ。
その事実だけでも手に余るというのに、この可愛い侯爵閣下は、なんと夢見の魔女だというのだ。
未来を見ることができる、アニメオタクの美幼女。
体は二歳、精神は四歳の彼女は、こうしてわたしの夢の中に現れては、わたしを翻弄してくるのである。
マーガレットががっくりとうなだれて手足をふわふわの床についていると、キャサリンは首を傾げながら、碧い瞳でマーガレットの言葉を待っていた。
怒られるかもしれないと思っているのか、体はそわそわとせわしなく動いているが、マーガレットの近くにいるのが嬉しいらしく、顔から笑みが零れている。器用なことである。
『こういうときに可愛いの、本当に卑怯だと思うの』
「マギー?」
『いえ。……妹の英才教育も、ほどほどにね……』
「うん!」
愛らしい義娘は、笑顔で勢いよく頷いた。
彼女は、義母の言うことをよく聞くいい子なのである。
『ところでキャシーちゃん。聞きたいことがあるの』
「なーに?」
『ヒューバート様のことなんだけど』
「ヒュー!」
マーガレットは悩んだ。
キャサリンは、ヒューバートの名前を出しただけで、嬉しそうにパタパタ走り回っている。
これは、聞くべきなのか……。
「マギー?」
こてんと首を傾げるキャサリンに、マーガレットは思い切って言葉を発した。
『…………ヒューバート様は、本当は、ギルベルト侯爵家に悪さをしようとしてるんじゃないかしら』
シーンと静まり返った雲の上。
青い空、暖かな陽気。
沈黙に耐えられなかったマーガレットの精神によるものなのか、急に小鳥がチュンチュン鳴く音が聞こえる。
そうして静止していると、キャサリンが急にけたけた笑い出した。
「あは、あはあははは!」
『キャ、キャシーちゃん!』
「ヒューは! ぷぷぷなの! ヒュー……あはははは!」
笑い上戸の義娘は、そのまま霧が霧散するようにかき消えてしまった。
どうやら、目を覚ましたのだろう。
『……なんなのよぅ、もう』
仕方がないので、マーガレットも起きることにした。
彼女が目を覚ますということは、きっともう、朝なのだろうから。




