5 執事フレディの見たもの
親族会議の後、マーガレットはソファに崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「マーガレット様!?」
「……緊張、しました。焦った。怖かった。緊張しましたぁ……」
クッションを抱えながらプルプル震えているマーガレットに、執事のフレディはほっと息を吐き、家令のジェフリーは、はぁとため息をついている。
その後ろでくつくつ笑っているのは、ギレムだった。
「いやはや。初めて人前で喋ったにしては、大したものだよ、お嬢さん」
「……ギレム様」
ギレムの嬉しそうな笑顔を、マーガレットは恨めしげに見上げる。
室内に入ってきたのは、ギレムだけではなく、チェスター=チェンバレン侯爵と、その弟ヒューバート=チェンバレンもいた。
相変わらず仏頂面をしている枯れ木の黒髪男に、ギレムとチェスターは興味深そうに目を細める。
「本当に、大したものだよ。事前に私だけでなく、よりによって、このヒューバートを絡めとるとはね。どんな魔術を使ったんだい」
「本当だよ。ギレム閣下のこともそうだが、このヒューバートは、兄の私の言うことでさえ、なかなか聞かないんだ。こんなふうに素直に後援者となるなんて、思いもよらなかった」
「魔術なんて……私は何も。ヒューバート様がお優しいだけですよ」
困ったようにへらりと笑うマーガレットに、ギレムとチェスター=チェンバレン侯爵は、面白いものを見つけた少年のような顔でヒューバート=チェンバレンを見る。
しかし、黒髪の枯れ木のような男は、目を逸らしただけで、特段それ以外の反応は見せない。
本当に、マーガレットは何もしていないのだ。
家令ジェフリー達に、親族関係の洗い出しをお願いし、根回しをしたいと告げただけ。
そして、状況を把握したうえで、夢の中の女の子が『いいよ』と言ってくれたこの三人の人物に、後援をお願いすることにしたのだ。
そうしたら、チェンバレン家からは意外なことに、チェスター=チェンバレン侯爵その人ではなく、弟のヒューバート=チェンバレンが後援者としての名乗りを上げてくれた。マーガレットとしては断る理由もないし、むしろ喜ばしいことでしかなかったため、そのまま後援をお願いしたのである。
しかし、「ヒューバート様が後援に」と伝えると、誰しもがギョッと目を剥く。
そんなに驚くようなことなのだろうか。
マーガレットがそう思案していると、無表情のヒューバートを見たギレムとチェスターが動揺しはじめた。
「……おい、これだけ色々言っても文句が出ないぞ、チェスターよ」
「そうですね。これは本格的に堕ちてますね」
「ヒューバート、お前、そんなにこの赤毛美女が好みだったのか?」
「何を言ってるんですか、ギレム様ったら。もう」
ギレムの野次に、マーガレットは飛び上がる。
本当に、とんでもないことを言わないでほしい。
ヒューバート様は、とてもマーガレットに対してフラットに対応してくださる、とてもありがたい方なのだから!
―◇―◆―◇―
同じ室内の中、執事のフレディは、実現することがないと思っていた光景を目の当たりにしていた。
顔を真っ赤にして照れている初々しい美女に、他人に厳しいことで有名なギレムとチェスター侯爵が、目尻を下げている。
ヒューバートは、その図を見て、面白くなさそうに仏頂面を下げている。
つまり、犬猿の仲であるギルベルト侯爵家とチェンバレン侯爵家、双方の要となる人物三人が、同じ陣営を作る者として、一堂に会しているのだ。
(この新侯爵夫人、本当にすごいぞ……)
✿ ✿
フレディは正直、昨日、この赤毛の美しき侯爵夫人が親族会議に出ると言い出したこと自体にも驚いていた。
平民のパン屋の手伝いで、しかも妊婦の彼女が、急に侯爵の愛人であったと告げられ、侯爵代理として動くことができるとは、とても思えなかったのだ。
しかし、彼女は毅然とした態度で、親族会議に出ると言った。
それだけでなく、彼女は、主要なメンバーに根回しをしたいので親族関係を教えて欲しいと言い出したのだ。
『……一応聞きますが。何故そのようなことを?』
そう尋ねた家令のジェフリーに、彼女は少し思案するようにした後、こう告げた。
『お知らせとかお願いって、一番最初に知っているべき人達が、他の大勢の人達と同じタイミングで知らされたら、嫌な気持ちになるでしょう? 逆に、先にこっそり教えてもらえたら、結構嬉しいですよね。だから、今回もそうすべきかと思いまして』
彼女曰く、孤児院やパン屋でもそうだったらしい。
親がおらず、精神的に不安定な子どもが多く、喧嘩に発展しやすかった孤児院。客商売のパン屋。
どこにいるときも、彼女はそうやって、人の気持ちをほぐそうと努めてきたのだと言う。
『新しいパンを出すときも、張り紙をする前に、来てくれたお客さんに「常連さんだから特別に」って先にお伝えすると、喜んで買っていってくれたりするじゃないですか。私も、そうやって先に教えてもらえたら嬉しくなっちゃいます』
『そんな面倒なことを、たかだかパン一つのために?』
ジェフリーの言葉に、彼女は目を丸くした。
『人にされて嬉しいことをするのって、普通のことじゃないんですか?』
✿ ✿
あのとき、執事フレディは心の中で白旗をあげたのだ。
この新侯爵夫人を支えていきたいと思った。
その方がきっと、この侯爵家の状態が変わるんじゃないかと、――面白くなると、そう思ったのだ。
ちなみにその後、親族関係を洗い出す際も、彼女は聡かった。
キャサリンの地位を安定させるため、後援はチェンバレン侯爵家に頼もうと提案したフレディ達に、それだけでなく、ギルベルト家からの後援も必要だと言い切った。
『喧嘩してる子の片方とだけ仲良くしたら、揉めちゃうわ』
そう言って、彼女はそれをそのまま、今この部屋にいる彼らに伝えたのだ。
ギルベルト家とチェンバレン家、何よりも両家の培ってきたものために、両家の力が欲しいと真摯にお願いした。片方ではだめなのだと熱弁し、力を貸してほしいと必死に頭を下げた。
美女に率直に『あなたの力が必要だ』と言われ、悪い気のする者はいない。
その目的が、正義を掲げたものであるならば尚更だ。
最初、無言で厳しい目を向けていたギレム=ギルベルトは、彼女の様子を見て、ニヤリと笑った。
冷たい目を向けていたチェスター=チェンバレンも、妹の夫を寝取った相手に対する態度をやめ、支援する価値のある人材として、彼女を見るようになった。
そして、唯我独尊堅物頑固で有名な『効率の悪魔』、チェンバレン家の官僚ヒューバートは、自ら後援を名乗り出た。
新侯爵夫人は、その実直な性格、麗しい見た目、あとは何より愛嬌で、自身の後援者をもぎ取ったのである。
(それに、それだけじゃない。人選もよかった)
後援を頼む人材を選んだのは、他でもない、マーガレットなのだ。
彼女は、フレディ達からおおよその親族関係を聞き取った後、自ら、「えーっと、あー、その、私、この三人に声をかけたいと思うんですわ〜!?」と、大商人ギレム、前侯爵夫人の兄チェスター、そして、弟のヒューバートの名を挙げた。
普通であれば、前侯爵であるキリクに声をかけたがるだろう。
しかし、彼女は、どうしても前侯爵のキリクではなく、ギレム達に後援をお願いしたいと言い切ったのだ。
ものすごい慧眼の持ち主である。
ギルバート=ギルベルトを恋人に選んだところの判断はいただけないが、どうやら色恋が絡まなければ、この新侯爵夫人は人を見る目もあるらしい。
(なかなかどうして、やり手じゃないか)
ギルバート=ギルベルトとチェルシー=チェンバレンの婚姻によりよしみを結んだ両家。
そもそも、犬猿の仲であった二つの侯爵家の仲を融和させることが、ギルバートとチェルシーの婚姻の目的だったのだ。
だというのに、仲の冷え切った夫婦。
妻も夫も若くして死亡。
葬儀で発覚する、夫の不義。
どうなることかと思ったが、この新侯爵夫人なら、真実、二つの家の緩衝材になれるかもしれない。
何しろ、大商人ギレムと侯爵チェスター、それに官僚ヒューバート。
ギルベルト侯爵家とチェンバレン侯爵家、両家の要の三人が、こうして彼女を中心に、争うことなく集まっているのだから。
その様子を、フレディが、特に何もしていないというのにどこか誇らしげに見ていると、赤毛の麗しき新侯爵夫人が、フレディの方を見て、恥ずかしそうにおねだりをしてきた。
「あの……私、そろそろ、会いたいんです……。だめですか?」




