4 親族会議
翌日、親族会議が開かれた。
チェルシー=ギルベルト侯爵夫人が亡くなった三日後のことだ。
会議の場に集まったのは、ギルベルト侯爵家ゆかりの親族達と、チェルシーの実家であるチェンバレン侯爵家ゆかりの親族達。
元々ギルベルト夫人の葬式に集まっていた彼らに対し、ギルベルト侯爵家の家令ジェフリーから、改めてギルベルト侯爵の訃報が告げられた。
事前に知っていたとはいえ、騒つく親族達に、さらに家令は酷な事実を伝える。
「ギルバート=ギルベルト侯爵は、昨日、不慮の事故に遭われる前に、再婚なさっておいでです。そのため、亡き侯爵夫人及び亡き侯爵閣下の葬儀における喪主は、マーガレット=ギルベルト侯爵夫人となります」
親族達は騒ついた。
そして、家令の隣にいる、赤毛の美女に気がついた。
燃えるような赤い髪に、透き通るような青色の瞳が美しい、二十歳頃の若い女。美しさの中に可愛らしさもあり、手の届きそうなその存在は、否応なく彼らの目を奪う。しかも、喪服だというのに、いや、だからこそなのか、その大きな瞳を少し瞬くだけで、色気が滲み出るようだ。
おそらくあれが、マーガレット=ギルベルト夫人なのだろう。
遠縁の親族達は思った。
前妻の死後二日に再婚。しかも、その日のうちに夫は死んでいる。後妻に残ったのは、地位と権力のみ。
妖艶かつ愛らしさのある、赤毛の美女。
マーガレット=ギルベルトというこの後妻は、とんでもない悪女なのでは?
彼らの目は、亡き侯爵夫妻の親兄弟姉妹に向けられる。
この疑念を発するべきは、遠縁の彼らではなく、近しい親族であると思ったからだ。
しかし、目線の先にいる前侯爵らの態度は落ち着いたものだった。
それに不満を抱いた遠縁の親族達から、声が上がった。
「……何故ですか」
「うん?」
「あなた方は――キ、キリク前侯爵閣下は、それでいいのですか! こんな、前妻の死後二日で妻になったような女に、由緒ある侯爵家を任せても!」
そうだそうだと賛同の声が上がる中、しかしキリク前侯爵は動かなかった。
ぶすくれたような顔をして黙っている彼に、親族達は気がついた。
いつも居丈高で、感情的で、御し難い浪費家である彼が、この表情で黙っている理由は、一つしかない。
「おや、キリク兄さん。ここで叫ばないとは、四十五歳を超えてようやく分別が身についたようですね」
発言したのは、キリク前侯爵の双子の弟ギレムだった。
ギレムは、苦虫を噛み潰したような双子の兄の顔を見ると、整えたあごひげに触り、満足そうな笑みを浮かべる。
その後、笑みを消したギレムは、真剣な表情で一堂を見渡した。
「三日前の訃報。そして、昨日の訃報について……経緯はともかくとして、まずはお悔やみ申し上げる」
経緯はともかくとして、という言葉に、親族達はガックリと肩を落としている。
「そして、昨日の婚姻により、侯爵夫人となったばかりのマーガレット=ギルベルト夫人を紹介しよう。彼女は、二歳にして侯爵の地位を継ぐキャサリン=ギルベルトの義理の母として、侯爵代理の地位につく。――私と、ヒューバート=チェンバレンを後見者としてね」
大きく騒ついた会場の中、立ち上がったのは、黒髪の枯れ木のような男だった。
歳の頃は、二十代半ばだろうか。
「初めてお目にかかる方も多いと思う。私が、今名指しされた、ヒューバート=チェンバレンだ。亡くなったチェルシー=ギルベルト侯爵夫人の……弟、に当たる」
伶俐な目つきに、どこか病んだものを感じさせる、独特の雰囲気のある男だった。
迫力を感じさせるその佇まいに、親族達も思わず息を呑む。
目の前の男は亡き侯爵夫人の弟を名乗ったが、正直、金髪碧眼で華やかな女性であったチェルシー=ギルベルト侯爵夫人とは、似ても似つかない。
だが、風の噂で、ヒューバートを知る者もいた。
チェンバレン家の懐刀。鬼の采配力で事務を効率化させ、領地経営上の黒字の爆上げに努めてきた、エース官僚。別名、『効率の悪魔』。
動揺する遠縁の者達を置いて、ギレム=ギルベルトは話を続けた。
「皆知っているとおり、我が侯爵家は兄キリクの代で、大きくその財を失った。兄を私が引き取り、若いギルバートにギルベルト侯爵の地位を継がせたことは、皆の記憶にも新しい事件だろう」
弟ギレムの言葉に、キリク前侯爵は、さらにぶすくれた顔をする。
キリク=ギルベルト前侯爵は、ギルベルト侯爵家の財産を使い潰してしまうほどの大浪費家だったのだ。
一方、双子の弟のギレムは大商人に成り上がるまで、組織の経営手腕に富んだ人物であった。
できのいい双子の弟ギレムと常に比べられていた、劣等感だらけのキリク。
キリクの侯爵家経営は常に破綻していたけれども、プライドが高いキリクは、ギレムを常に侯爵家の経営から遠ざけていた。
そして、遠ざけることもままならないくらい破綻したところで、死ぬほど恩を売りつけながら、ギレムは兄キリク身柄を回収したのだ。
今の生活があるのは弟ギレムのおかげなので、キリクはギレムが主導している事柄には口を出せない。
「それで、ギルベルト侯爵家のことだが。当然ながら、二歳のキャサリンには任せられない。とはいえ、前侯爵キリクに任せれば、二歳のキャサリンよりも侯爵家を破壊するだろう」
一瞬笑いが起きたが、キリク前侯爵が今にも血管をはち切れさせんばかりの目で周囲を睨みつけたので、一同は静まり返る。
「となると、私が出張るべきか悩んだところだが。――この麗しきギルベルト侯爵夫人から、提案があったのだ」
驚きの目を一身に受けたのは、赤毛の美女。
彼女は立ち上がると、親族一同に向かって、深々と頭を下げた。
「皆さま、初めまして。私はマーガレットと申します。この度のご訃報につき、まずはお悔やみ申し上げます」
顔を上げた彼女は、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと話し始めた。
赤毛の彼女は、ギルバート=ギルベルト侯爵の恋人であったこと。
昨日、子どもができたと彼に告げたところ、結婚を申し込まれ、婚姻届を書いたこと。
その直後に、妻と娘がいることを告げられて、ドン引きして気絶したこと。
気がついたら、彼が勝手に婚姻届を教会に提出し、その直後に亡くなってしまったこと……。
唖然とする親族達に、赤毛の美女は告げる。
「考えたんです。今の私にできることは何か。何をしたらいいのか」
お腹をさすりながら、彼女は毅然と首を上げる。
「私にできることは、キャサリン様が間違いなく侯爵の地位を継ぐことができるようにすることです」
その言葉に、会場が騒めく。
誰ともなく、「お腹の子が、男の子でも?」という声が聞こえ、赤毛の美女は頷いた。
「それが、今まで侯爵家を支えてきた両家の皆さまへの礼儀であり、キャサリン様とお腹の子が諍いなく共にいられる道だと考えています。そして、そのために、お二方に協力を仰ぎました」
赤毛の美女が、両脇を見ると、ギレムとヒューバートが意を得たように頷いた。
大商人、ギレム=ギルベルトは言う。
「私が後援することで、彼女がこのギルベルト家に仇なすようなことはなくなるだろう」
効率の悪魔、ヒューバート=チェンバレンは言う。
「私が後援することで、チェンバレン家の血を引くキャサリン=ギルベルトこそが、ギルベルト侯爵家を継ぐ事実は揺らがなくなるだろう」
赤毛の美女、マーガレット=ギルベルト侯爵代理は言う。
「……そのことを、皆さまに信じていただきたいのです。そしてどうか、キャサリン様が大人になるまでの間、私を支えて欲しいと思っています。皆様の協力が必要です。お願いできませんでしょうか」
それだけ言うと、赤毛の美女は深々と頭を下げた。
亡き侯爵に騙されていた、悲劇の美女。
その背後には、大商人ギレム=ギルベルトに、効率の悪魔ヒューバート=チェンバレン。
しかも、未来のギルベルト侯爵はキャサリン=ギルベルトであると言い切っている……。
誰が、ということもなく、拍手が起こった。
そのまま、新しい侯爵夫人を暖かく迎えるような、柔らかい拍手で、会場は包まれた。
赤毛の美女は顔を上げ、きょとんとした表情をした。
しかし、その後、くしゃりと顔を歪めると、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
その野薔薇が咲いたような笑顔に、ほうと見惚れたのは、男達だけではなかった。




