3 家令ジェフリーと執事フレディ
侍女にいざなわれ、とりあえず喪服に着替えをしたマーガレットは、改めて家令のジェフリー達と話をすることとなった。
とはいえ、正直、話し合いをする元気はない。
血の気は引いているし、なにを言われたのかまだ頭が受け入れてくれない。
(大体、侯爵代理ってなんなの? 私、今日の午前中まで、ただのパン屋の手伝いだったんだけど……しかも妊婦!)
というか、あの男――ギルバートは、本当に何をしでかしてくれているのだ。
あの婚姻届、この流れで本当に出すかな?
ふざけないでほしい。
しかもその後に死ぬとか、訳がわからない。
マーガレットの心には、夫(?)の死を悼む気持ちどころか、憎しみと怒りしか生じない。
「私はどうすればいいですか」
困り果てた彼女は、とりあえず家令にそう尋ねてみた。
家令のジェフリーはじろりとマーガレットを品定めするように見た後、ふうと息を吐いた。
「あなたは本来なら、葬儀の喪主となります。しかし、前妻の死から二日後に婚姻して未亡人になったとなれば、親族達のやり玉にあがるでしょう。ですので、親族達の前に出る必要はありません」
「ジェフリー様!?」
「黙れ、フレディ。マーガレット様は妊婦だ。ギルバート閣下の子を宿しておられる。嫡男かもしれん、精神的に負荷をかけて流れでもしたらどうする」
フレディと呼ばれた執事は、唇を噛んで一歩下がる。
彼は、五十代のジェフリーと違い、もう少し若く見える。三十代後半ぐらいだろうか。こげ茶色の髪が親しみやすい、柔和で真面目そうな顔つきをしている。
それを見たマーガレットは、夢の中で言われたことを思い出した。
『家令のジェフリーは、だめ〜。執事のフレディがいいよ』
「……あの~」
「なんでしょうか」
「その……フレディって方の意見を聞いてもいいですか? あなたは、どうしたらいいと思いますか?」
驚いて目を見張っているジェフリーとフレディに、マーガレットは続ける。
「私は、しがないパン屋の手伝いです。平民ですし、なんなら孤児ですし、どうしたらいいのか全然分からないんです。だから、選択肢は多いに越したことはありません」
「選択肢……」
「私、今日にいたるまで、ギルバートが侯爵だなんて知りませんでした。正直、何も知らなかったことにして、ここを出て行くのもいいかなと」
「――それは困る!」
叫んだ家令のジェフリーに、マーガレットもフレディも驚いて顔を向けると、ジェフリーはしまったという顔をして咳ばらいをした。
「困ります。あなたは侯爵閣下の子を宿しておられるのだから」
「……それも、あなたには本当か分からないでしょう? こうなると、真実を知っているのは、私だけだわ」
「それでも、あなたはギルベルト侯爵夫人です!」
ジェフリーはそう言いながらも、苛立ちを浮かべる。
マーガレットは、なんとなく嫌な気持ちになった。
とんだ飛び入りとはいえ、彼の言うことが本当なのであれば、マーガレットは未来の彼の主人のはずだ。この態度はいただけないのではないだろうか。
『家令のジェフリーは、だめ〜』
(なるほど……。家令は、私が言うとおりにならないから、苛立ってる。私を傀儡にして自由にしたいのか、何か隠しごとあるのか、はたまた両方なのかしら)
「フレディさん」
マーガレットがフレディを促すと、フレディは家令の燃え尽きんばかりの目からさっと顔を逸らしながら、しかしはっきりと述べた。
「私は、親族の皆様に顔を見せた方がいいと思います」
ためらっている彼に、マーガレットは話を続けるよう、頷いた。
「葬儀後に、これからこの侯爵家をどうするべきか、親族で話し合いがもたれます。次の侯爵は二歳のキャサリンお嬢様で、その親権者はマーガレット様です。しかし、お二人とも、この侯爵領を支えるには、その……あまりにも若く、力が不足していらっしゃる」
不足している、のところで、フレディがちらりとマーガレットの方を見た。
彼女は、もう一度頷いた。
もっともな意見だ。
マーガレットはパン屋しかしたことがない。
割と本当に、荷が重い。
失礼とか思わないから、忌憚なき意見を述べてほしい。
問題なさそうにしている彼女に安心したのか、フレディはほっと息を吐いて、続きを述べた。
「だから、マーガレット様の後見人を誰にするのかで、おそらく相当もめます。その場に、マーガレット様もいらっしゃった方がいいでしょう。今後を決める重要な場です」
「そうして、妊婦に負担をかけるというのか、お前は」
「ですが」
「マーガレット様。申し訳ありませんが、平民で、唐突にこの場に連れてこられたあなた様には、こういった親族会議での機微は分からないでしょう。我々にお任せください。後見人が付いたら、挨拶に向かわせますよ」
なんでも任せていいと言う家令ジェフリー。
その場に参加すべきだというフレディ。
正直、前者に甘えてしまいたい。
けれども、マーガレットはおなかの子を守らなければならないのだ。
それに……。
『マギー。キャシーは、マギーがいい』
『おかあちゃまとおとうちゃまは、いなくなったの』
まだ会ったことのない、二歳の義娘。
二歳だから、夢の中のように流暢に喋ったりはしないはずだ。だから、あれはマーガレットの夢で、ただの妄想だと思う。
けれども、両親を失った二歳の彼女のために、出来る限りいい環境を整えてあげたい。
「……私、親族会議の場に出ます」
マーガレットがそう告げると、家令は「マーガレット様!」と怒りの声をあげ、執事のフレディは目を見開いている。
「でも、その前にやりたいことがあります。お二人にも協力してほしいのですが……お願いできますか?」
そう言って頭を下げるマーガレットに、二人は――怒りの声をあげた家令のジェフリーでさえ――目を丸くした。




