9 仕掛け
「マギ! マギ、プリン!」
「美味しそうですね。でも、それは最後にしましょうか」
「プリン!」
「はい、先にこっちを食べましょうね~」
「マギ……」
「こら、可愛い顔をしてもだめですよ。先にご飯を食べましょうね」
悲しそうな顔で上目遣いをするキャサリンに、抱きしめたい気持ちを抑えながら、マーガレットは彼女にスプーンを握らせる。
ふわふわのピンクのデイドレスに身を包んだ金髪碧眼の高貴なる幼女は、哀し気にしながら、チーズリゾットをスプーンですくった。
今の彼女が着ている服は、実はヒューバートが用意したものだ。
予算の話をした翌日、なぜか既に十着ほど、彼女の新しい服がクローゼットに並んでいたのだ。
吊り物を用意するにしても、あまりにも早すぎるその手際に、マーガレットは驚きを隠せなかった。
というか、予算についてギレムと最終確認をする前に既に買ってきていたのはどうなのだろうか。
それはさておき、パステルカラーの洋服に、飛び跳ねながら喜んでいた侯爵閣下の、愛らしいことよ。
(そうよね、女の子だもの。可愛いお洋服は大好きよね)
そして、一番大きく変わったことは、キャサリンの食事にデザートが登場するようになったことだ。
……そう、なんとキャサリンの食卓には、これまで一度も、デザートが上がったことがなかったのである!
砂糖を使用した甘味を食べたことがない彼女は、初めて口にしたプリンに虜になってしまった。
そして、毎日毎日、プリンを楽しみに生きるようになってしまったのである……。
「これだけおいしそうに食べてくれたら、シェフも毎日プリンを作っちゃうわよね」
「マギ?」
「いいえ。プリンを手配してくれたのは、ヒューバート様なのよ。ちゃんとお礼を言わないとね」
「! ヒュー! ヒュー、大好き!」
侯爵閣下は、キラキラしたお目目で隣に座るヒューバートにお礼を述べる。
そう、この謎めいた後見人は、とうとう朝だけでなく三食、キャサリンの隣で食事を摂っているのだ。
そして、可愛い侯爵閣下に大好きと言われた彼は、右手で目元を隠して、つう、と涙をこぼして肩を震わせた。
「あなたは最高の侯爵代理です、マーガレット様」
「私、今、なにかしましたか!?」
(そんな過剰な誉め言葉をもらうようなことを、した記憶がないのですが!?)
泣いているヒューバートを見ながら、キャサリンはキャッキャと笑って、楽しそうにしている。
ま、まあいいか。
侯爵閣下が楽しいのであれば、それで……。
段々とヒューバートの奇行に慣れてきたマーガレットは、ふうと息を吐き、キャサリンに向き直る。
その横で、涙をぬぐったヒューバートは、パンと肉と炒めた野菜にコーンスープという、意外に質素な昼食を摂りながら、ふと、マーガレットに話しかけた。
「それにしても、マーガレット様は意外と策士なのですね」
「え?」
「ギレム様の案ですか?」
ぎくりと肩を強張らせるマーガレットに、ヒューバートは無表情だ。
その内心を全く読ませてくれない彼に、マーガレットは冷や汗をかく。
「ええと、なんのことだか……」
「まあ、すぐに結果は出るのではないですか。チェンバレン侯爵家から連れてきた官僚と侍従達に指示して、屋敷内は把握しましたから」
「ジェ、ジェフリーはそのことを」
「知っているはずですよ」
固まっているマーガレットに、先ぶれの声がかかる。
子ども部屋に入室してきたのは、ギレムだ。
足早にやってきた彼は、まず、侯爵閣下に挨拶をする。
「ご機嫌よう、キャサリン。食事中にすまないね」
「ぁう? ギレム。ご機嫌?」
「うん、ご機嫌だよ。ありがとう。それでだ、マーガレット。そろそろ塩梅がよさそうだから来たのだが……」
ギレムはキャサリンの隣に座る枯れ木男を見て、新緑の瞳を瞬いた。
「お前、子ども部屋で食事をしているのか」
「大人は年齢を重ねただけの子どもです」
「訳のわからないことを言うな。お前は食堂に行きなさい」
「お断りします」
「なぜ!?」
(あっ、やっぱりここで食事をするのはおかしいのね)
マーガレットは、ギレムに叱られているヒューバートを見て、ヒューバートの行為に特段意味がなかったことを悟る。
「わかりました、ギレム様。キャサリンの食事が終わったら、向かいましょう」
「食事……」
「ギレム、プリン!」
「ああ、うん。そうだな、ここまで来て急くことはないだろう」
ちょっと拍子抜けした様子のギレムは、キャサリンの食事を手伝ってくれた。
そして、なんだかんだ面倒見がいいのか、最終的には侯爵閣下にプリンを「ほら、あーん」と食べさせていた。
閣下は自分で食事をする練習中なので、大人がスプーンを持ってしまうのはあまりよくないのだけれど、まあギレムと仲良くするのはいいことだろう。
そう思ってて苦笑していたマーガレットは、閣下の横で目を血走らせている暗黒後見人の存在に気が付いてしまった。
青白い肌と目の下のクマがいい感じに組み合わさって、呪いの亡霊のような姿になっている。
なにかそんなに悔しがることが、この場にありましたかね!?
侯爵閣下の食事が終わった後、マーガレット達は侯爵の執務室へと向かった。
そして、侯爵の執務机の一番上の引き出しを開く。
「あります」
「ここまでは想定内だ」
「はい」
ギレムに言われるがままに頷くマーガレット。
彼女が引き出しから取り出したのは、二つの箱だ。
ビロード生地に包まれた、高級なアクセサリーを入れるための、箱。
「……ありません」
箱を開くのも怖いと言ったマーガレットが、箱をおそるおそる開くと、先日見たばかりの青色の輝きが、そこにはなかった。
要するに、首飾りと指輪を盗まれてしまったのである。








