6 侯爵代理の邸宅巡回
こうして、貴族としての勉強をとともに、侯爵邸の管理業務に携わりはじめたマーガレット。
当然ながら、彼女は義娘キャサリンが自国の第一王子に接触してしまったという恐ろしい事実を知らないので、今日も今日とて、平和に活動中である。
「こちらが食材庫です」
「わ、すごく広いのね」
「はい。一家の皆様の分だけではなく、使用人達の賄いも作っていますから」
以前働いていたパン屋の倉庫よりも広くて温度管理のしっかりした倉庫に、マーガレットは感嘆の声を上げる。
案内をしているのは、家令のジェフリーと執事のフレディだ。
家の管理をすると言ったヒューバートは、既にジェフリーから案内を受けたていたので、今回は同行していない。
整理整頓された棚に置かれている食材や、大きな魔石冷蔵庫。
棚の一角から、在庫管理票と食材の仕入れ先が載った一覧を取り出したジェフリーは、食材の管理の方法を説明する。
「基本的には、シェフ達が必要な食材を考え、仕入れ先と直接やり取りをしています」
「そういうものなの? お金の管理をする人がやり取りをするのではなくて?」
「……一般的には、家令が在庫管理をするものと教育を受けましたね」
「フレディ」
「まあ、そうですね。ただ、国内有数の侯爵家としてある程度食費にお金をかけるのは当然のことですし、ギルバート様がチェルシー様が食にこだわりを持っていらっしゃいましたので」
「食にこだわりがあると、こういうやり方に?」
「シェフ達に裁量を与えると、やる気が高まり、美味しい料理が出てきます」
なるほど、と頷くマーガレットとフレディに、ジェフリーはほほ笑む。
確かに、この侯爵家の料理は美味しい。本当に美味しい。
そして、シェフ達に話を聞くと、この家はとても働きやすくていい、料理の作り甲斐があるという声がよく上がっていた。
「まあ、定期的に内容調整はしていましたよ。仕入れ先にぼったくられていないか、食材が余っていないかなどの最低限の管理ですがね」
そこから、資材管理、書類や書籍の保管場所、図書室のラインナップ、侍従侍女達の部屋や支給品の管理等、様々な邸宅内の設備や物資を見て回る。
「不思議だわ」
「どうされましたか、マーガレット様」
「ジェフリーは、家の管理も、領地の管理も、近くの領地の統括も全部やっていたのよね?」
「そうですね……」
「すごく忙しいはずなのに、屋敷の管理に関して、食材のこと以外はどれを見ても、ほとんどがジェフリーが担当になってるわ」
目を丸くするマーガレットに、執事のフレディも目を丸くしている。
「そういえば……」
「フレディも気が付いていなかったの?」
「面目ない話ですが。よく考えると、全体を把握しているのは、家令のジェフリー様だけです」
「ほかの執事達はどんなお仕事をしているの?」
「我々他の執事は、官僚達と共に領地関係の担当事務をメインにこなしています。あとは、食事の給仕などの、屋敷内での物理的な作業でしょうか」
「ギルバート様とチェルシー様は、領地管理にご興味がありませんでしたから。領地管理を一人でこなすことは困難なので、私が屋敷の管理を引き受ける代わりに、フレディ達に領地管理について協力してもらっていたのですよ。官僚だけでなく、住み込みで働いている執事達に関与させたほうが、取りまとめが格段に楽だったので」
要するに、本来、ある程度担当を振り分けられるはずの屋敷の管理のほとんどを、家令ジェフリーが一人で担っていたということだ。
マーガレットは、白髪交じりの茶髪の彼に後光がさしているように見えてしまう。
「ジェフリーさんってすごく優秀なのね」
「奥様」
「……ジェフリーは、すごく優秀なのね。いいおうちの出なの?」
「いえ、子爵家の三男にございます」
「じゃあその子爵家は、こんなに優秀な息子を他の家に取られてしまって、きっと後悔しているわね」
本気でそう思っている様子のマーガレットに、驚いたような顔をしたジェフリーは、その後、照れたように目をそらしてしまった。
「マーガレット様は、お上手でいらっしゃる」
「本気よ? だって、私にはできないもの。フレディはどう?」
「私が家の管理をすべて引き受けたら、侯爵家の食事がまずくなるかもしれませんね」
三人とも笑いながら、侯爵の執務室に戻る。
そして、マーガレットは、侍女に促されるままに、ギルバートが座っていたであろう席に座った。
要するに、侯爵の椅子だ。
ここに座るのは居心地が悪いと、マーガレットはいつもそわそわしてしまう。
「では、ここからは使用人の管理の話です」
ここからは、フレディ以外の執事も集まった上で、説明が行われた。
マーガレットのために常設された黒板を使いながら、家令のジェフリーは、侯爵の椅子に座るマーガレットと、協議机の席につくヒューバートと執事達に向けて、どういったやり方で、どのような点に気を付けていたかを説明していく。
難しいと思いながらも、先ほどの物資管理の説明を聞く時よりは楽しかったので、マーガレットは手帳にメモを取りつつ、真剣に話を聞く。
しかし、途中で急に、ジェフリーが説明を止めた。
「どうしたの?」
「マーガレット様は、すべての使用人の名前を憶えていらっしゃるのですか?」
「え?」
説明をする度に、「アイシャ達のことね」「確かに、シェフのメイベックとカイザーは器用だから、早々に独り立ちしてしまいそうだわ」などと口を挟んでいたので、気になったらしい。
「顔を合わせた人はある程度覚えているけれど」
「顔を合わせたのは?」
「ここに来た週に、使用人の皆さんに手当たり次第に挨拶をしに行ったから……何人かしら」
マーガレットは、使用人達に、なにか不安なことがあったら相談するようにと伝えたくて、誰に言われるでもなく、あいさつ回りをしたのだ。
彼女が侯爵代理になったことで、誰しもが不安を覚えている。
使用人達も、その例外ではないだろうから。
「毎日散歩がてら、色んな使用人の顔を見に邸宅内を回っていて、おしゃべりもしているし。名前を憶えるのは自然なことじゃないかしら?」
マーガレットの言葉にざわつく執事達。
なにかおかしなことを言ってしまったかと、マーガレットは慌てたが、ジェフリーがニコリとほほ笑んだ。
「お前達もマーガレット様を見習いなさい。お前達は使用人全員の名前を覚えるのに、一か月はかかっただろう?」
「はい……」
「マーガレット様は昔から記憶力がいいのですか?」
「ええっ、とんでもない。私、パン屋で働いてましたし、人の顔を覚えるのが得意なだけです。他は全然ですよ。どこに物を置いたか忘れてしまったり」
安堵したような笑いが起こって、マーガレットもほほ笑む。
「ですから、皆さんのこと、すごく頼りにしています。これからもよろしくお願いしますね」
ニコニコとほほ笑む妖艶な赤毛美女に、執事達は顔を赤らめた。
しかし、家令ジェフリーの咳払いに、慌てて背筋を伸ばす。
「私どもも、素晴らしい上司を持つことができて誇りに思います」
そこから、終始和やかな雰囲気で、ジェフリーによる業務説明が続いた。
マーガレットは、これならきっとうまくやっていけるのではないかと、安心していた。
しかし、翌日、予算の話をし始めた時に、問題が浮上してきたのである。




