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また、君の名前を呼ぶ  作者: 天城 真空
第Ⅱ部《忘れられた人々》

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第二十話 繋ぐもの

境界の向こうへ行っても、こちら側との繋がりを切らない。


言葉にすれば簡単だった。問題は、どうやって繋ぐかだ。


探索印は使えない。紐で結んでも、欠片が境界へ入るにつれて反応は弱まり、半分ほどで消えた。


翌日、俺は学院の書庫で、離れたもの同士を繋ぐ術を調べた。


探索、伝達、契約。


その中で一つだけ使えそうだったのが、対になった二つの印を魔力で繋ぐ術式だ。片方へ魔力を流すと、もう片方が反応する。


探索印のように相手を探すのではなく、最初から二つを一組として繋いでおく。


これなら、境界を越えても切れないかもしれない。



夕方、亀裂の向こうでセレスが二枚の金属片を眺めていた。


「今度は何を思いついたの?」

「その言い方やめろ。毎回ろくなことしないみたいだろ」

「違うの?」

「……否定しづらいな」


隣でルナが小さく笑った。


「今、笑っただろ」

「笑ってない」

「いや、見えてるからな」

「証拠は?」

「見えてるって言ってるだろ」


セレスが呆れたように息を吐く。


「仲がいいのは分かったから、続けて」


俺は二枚の金属片を見せた。同じ術式を刻んだ、対になる印だ。


「昨日は、境界に入るにつれて探索印の反応が消えた」

「今日は?」

「最初から二つを繋いでおく」


セレスが少し考える。


「境界に入る前から、関係を作っておくのね」

「ああ」


二枚の印へ魔力を流すと、同時に淡く光った。


「入れるぞ」


片方を亀裂へ差し込む。三分の一、半分と進めても反応は消えない。


「昨日と違う」


ルナが呟く。


「全部入れる」


金属片を押し込むと、完全に白い世界へ落ちた。ルナがそれを拾い上げる。


俺は手元の印へ魔力を流した。こちらが光り、一拍遅れてルナの手の中にある印も光る。


「……繋がってる」


境界を完全に越えても、切れていない。


「成功……したのか?」

「少なくとも、昨日とは違うわね」


セレスは慎重だった。


「物だから成功した可能性もある。人にも使えるとは限らないわ」

「分かってる」


それでも、一つ道ができた。


なら、逆はどうだ。向こうにいる人間にも、同じ繋がりを作れたら。


「カイ」


ルナの声で顔を上げる。


「人で試そうとしてる?」

「……考えてはいる」

「駄目」


即答だった。


「まだやるとは言ってないだろ」

「顔に書いてある」

「どんな顔だよ」

「ろくなこと考えてない顔」


ルナは笑わなかった。


「失敗したら、どうなるか分からない」

「分かってる」


成功する保証なんて、どこにもない。


「だから、すぐには――」

「俺で試せばいい」


振り向くと、白い世界の奥に一人の男が立っていた。最初にここへ来た時、レオンやトーマと一緒にいた片腕の男だ。


「話はレオンから聞いてる。外へ戻す方法を探してるんだろ」

「まだ物で成功しただけだ。人間でどうなるかは分からない」

「なら、次は人間だ」


あまりに簡単に言う。


「失敗したらどうなるか分からないんだぞ」

「知ってる」


男は亀裂の向こう、俺の背後にある夕暮れの町を見た。


「帰ったところで、俺の知ってる奴なんか誰も残ってないだろうしな」

「それでも帰りたいのか?」

「ああ」


迷いのない返事だった。


「ここじゃ、何も終われないからだ」


男は少しだけ笑う。


「朝になって、夜になって、腹が減って、眠る。そういうのが恋しい」


俺は何も言えなかった。


「帰って何があるかは分からない。でも、何もないかどうかくらい、自分で見たい」


「名前は?」

「ガルド」

「ガルド……」

「忘れるなよ」


冗談めかした声だったが、笑えなかった。


名前――境界に触れた人間が、一時的に失ったもの。


「忘れるなよ」という言葉が、妙に頭に残った。


「今日はやらない」


ガルドが眉を上げる。


「怖じ気づいたか?」

「違う。やるなら準備する」


人間に使える術式へ組み直し、できることは全部やってからだ。


ガルドはしばらく俺を見て、頷いた。


「分かった」


亀裂が細くなり始める。


「カイ」

「分かってる」

「まだ何も言ってない」

「無茶するな、だろ」


ルナは少し黙った。


「違う。一人で決めないで」


俺がルナを見ると、彼女は続けた。


「私も考える。セレスもいる。レオンもいる。それに、帰りたい人もいる」


ルナはガルドを見てから、もう一度俺を見る。


「だから、カイ一人で背負わないで」


俺はずっと、ルナを戻すことだけを考えていた。でも今は違う。帰りたい人がいて、そのために一緒に考える人もいる。


「……分かった」


ルナが頷くのを見て、俺はガルドへ向き直った。


「明日までに準備する。それでもやるって言うなら――」

「俺がやる」


ガルドは迷わなかった。


白い光が閉じる。


次に境界を越えるのは、物じゃない。


人間だ。

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