第十六話 二度目
次の日、机の上にある銀色の留め具を眺めながら、昨日のセレスの言葉を思い出していた。
『同じことをした時、同じことが起きるのか』
もう一度、向こうから何かを戻す。
大家に忘れられたのは一瞬だったが、次も同じとは限らない。
それでも、確かめなければルナを戻す方法には近づけない。
「……やるしかないか」
銀色の留め具をポケットに入れ、部屋を出た。
◇
学院の授業が終わるまで、特に変わったことはなかった。
俺を忘れている奴はいないし、書庫の貸出記録にも名前は残っている。
学院を出て、いつもの場所へ向かった。
「ルナ」
何度か名前を呼んだが返事はない。
日が傾き始めた頃、ようやく水滴の落ちる音がした。
ぽつん。
目の前の空間が白く揺れ、細い亀裂が現れる。
「カイ」
銀色の髪が見えた。
「セレスは?」
「いる」
ルナの後ろから、淡い金色の髪が現れる。
「ちゃんと来たのね」
「来いって言ったのはそっちだろ」
「言うことを聞く人だとは思わなかった」
「俺を何だと思ってるんだ」
「今のところ、面倒な人」
「会って二日目だぞ」
「十分だったわ」
ルナが小さく息を吐いた。
「仲良くなるの早いね」
「なってない」
「そう?」
セレスだけが楽しそうだった。
俺は銀色の留め具を見せる。
「それで、何を戻す?」
ルナが周囲を見回し、小さな白い欠片を拾った。
「これは?」
「昨日の物と大きさも近いし、それでいいんじゃない?」
セレスがそう言うと、ルナは欠片を亀裂の近くへ置いた。
だが、何も起きない。
「昨日、それが移る直前に何を考えていたの?」
セレスに聞かれ、昨日のことを思い出す。
「……向こうから、こっちへって」
「同じようにやってみたら?」
「そんなので変わるのか?」
「知らないわ」
「知らないのかよ」
「だから試すんでしょう?」
言い返せない。
亀裂の向こうにある白い欠片を見る。
今は、これだけでいい。
向こうから、こっちへ。
ぽつん、と水の音がした。
白い欠片が動いた。
「カイ、そのまま」
セレスの声から笑いが消える。
欠片が地面を滑り、亀裂に触れた。
カラン。
足元を見る。
さっきまで向こう側にあった白い欠片が落ちていた。
「……来た」
「うん。見てた」
ルナが少し笑う。
二度目。
偶然じゃない。
俺はすぐに周囲を見るが、誰もいなかった。
「何か変わった?」
「今のところは何も」
セレスが首を傾げる。
「本当に?」
「どういう意味だよ」
「昨日だって、自分では気づかなかったでしょう?」
確かにそうだ。
大家に声をかけられなければ、忘れられたことには気づかなかった。
「……確認してみる」
「その方がいいわ」
亀裂が細くなり始める。
「カイ」
「無茶はしない」
「私、まだ何も言ってない」
「言おうとしただろ」
「……うん」
セレスが小さく笑った。
「本当に信用されていないのね」
「うるさい」
亀裂が閉じる。
手の中には、二つ目の物が残っていた。
向こうにある物を、こちらへ戻すことはできる。
少なくとも、それだけは偶然じゃなかった。
◇
部屋へ戻る前に、大家を探した。
「こんばんは」
「ああ、おかえり」
俺を見ても戸惑わない。
「……俺のこと、分かります?」
「何だ急に。カイ君だろ」
覚えている。
念のため学院へ戻り、貸出記録と出席記録も確認した。
どちらにも俺の名前は残っている。
何も起きていないのか。
それとも、昨日のこと自体が偶然だったのか。
部屋へ戻ると、大家に呼び止められた。
「カイ君。そうだ、さっき学院の人が来てたぞ」
「学院から?」
「ああ。何か届け物を持ってきてたんだが……」
大家が首を傾げる。
「俺にですか?」
「いや、それがな。誰に渡す物だったのか、思い出せないんだ」
「その人は?」
「帰ったよ。渡す相手が分からないって言ってな」
一瞬、言葉が出なかった。
大家は俺を覚えている。
俺の名前も消えていない。
それなのに、また何かがおかしくなった。
ポケットの中で、白い欠片を握る。
昨日とは違う。
何かが起きている。




