第 5 話 奴隷労働という名の究極ホワイト
こうして、呪い付きの廃棄物として引き取られた私に用意されていたのは、華やかな宮廷生活でもなければ、優しいイケメン貴族との出会いでもなかった。
案内されたのは、都市の端を流れる、大雨のたびに泥が堆積して詰まるという巨大な排水路。
仕事内容は、その底に這いつくばって行う、過酷な「水路のドブさらい」だった。
現地の低級役人は、私を他の奴隷たちから一番離れたドブの最深部に突き落とすと、木製の粗末なスコップを放り投げ、現地の言葉で短く言い放った。
「シャク(泥め)。お前はあそこの泥をひたすら掻き出してろ。化け物め、こっちに近づくなよ!」
もちろん当時は何を言っているか分からなかったが、「あー、ソーシャルディスタンス(村八分)ですね。了解です」と右手で敬礼をして、私は泥の中にバシャバシャと足を踏み入れた。
バケモノ扱いされ、周囲の奴隷たちからも「呪いが移る」と遠巻きにされながら、私は一人、黙々と泥の中にスコップを突き立てる。
熱帯のヘドロの臭いは、確かに強烈だ。
現代日本なら、確実に労働安全衛生法に引っかかるレベルの悪臭だし、泥をすくって土手に投げ上げる作業は、数分で二の腕の筋肉が悲鳴を上げるほど肉体的にはキツい。
だが、作業開始から一時間ほど経った頃、私の脳内に異変が起きた。
「……あれ? 楽しくなってきたぞ?」
スコップを動かす手が、みるみるうちに軽くなっていく。(ような気がする)
ゴミやヘドロが詰まって、流れが堰き止められていた水路。そこに私がスコップを入れ、泥をすくい上げるたびに、溜まっていた汚水が「サラサラ……」と音を立てて 流れ始めていくのだ。
「進捗が……進捗が目に見える(可視化されている)……ッ!!」
感動のあまり、私はスコップを握りしめて震えた。
前世のデスマ(二十連勤)を思い出してほしい。
午前三時に、真っ赤なエラーを吐き出し続けるExcel画面と格闘していたあの地獄。
クライアントの「やっぱり前の仕様に戻して」の一言で、一週間分の徹夜の成果がワンクリックでゴミ箱に消えるあの虚無。
どれだけキーボードを叩いても、ゴール(納期)が後ろにズブズブと遠ざかっていくあの絶望。
それに比べて、この世界のドブさらいはどうだ。
すくったら、すくった分だけ、確実に泥が減る!
綺麗にしたら、綺麗にした分だけ、水が流れる!
「仕様変更」もなければ、理不尽な上司からの「これ、なんでまだ終わってないの?」という詰問もない。
進捗率が完全に自分の物理的な労力と一対一で連動している、この圧倒的な健全さ!
「なんて素晴らしいタスク(業務)なんだ……。泥を退ければ終わるなんて、イージーモードにも程があるでしょ……」
さらに素晴らしいことに、周囲の奴隷や役人たちは、私のことを「神の呪いを持った白いバケモノ」として恐れている。そのため、誰も私に近づいてこないし、話しかけてもこない。
前世のオフィスで繰り広げられていた、お局様のネチネチした嫌がらせや、手柄だけを横取りしていく無能な上司との付き合い、派閥争い、そんな人間関係のドロドロが、ここには一切存在しないのだ。
「話しかけられないって、実質『完全フルリモートワーク』じゃん。最高かよ」
私が脳内でそんな狂ったポジティブシンキングを行っていると、やがてジャングルを真っ赤に染める、大きな夕日が地平線へと沈み始めた。
辺りが薄暗くなり、水路の先から、役人が吹く法貝の音が「ブォォォーー」と鳴り響く。
現地の言葉で「今日の労働は終わりだ! 全員解散!」の合図だ。時刻はきっちり、午後六時頃。
周りの奴隷たちが「はぁ、今日も死ぬほど疲れた……」「もうヘトヘトだ」と言いたげな顔で、縄につながれゾンビのようにゾロゾロと引き上げていく。
その集団からかなり距離を置いて、首輪を縄でつながれた私が後を追う。
泥まみれのまま、その光景を呆然と見つめていた私の頬を、一筋の熱い涙が零れ落ちた。
「どうしてこうなった……」
「死ぬほど働いて、過労死して、転生した先で奴隷とか……」
「こんな人生……なんて……」
「サイコーじゃないのーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
私は、泥だらけのスコップを天高く突き上げ、ジャングルの野鳥たちが一斉に飛び立つほどの声量で歓喜の雄叫びを上げた。
あ、すみません。
前を歩いていた奴隷さんたちが、「あのバケモノ、ついに過酷な労働で脳がイカれたぞ……」というガチで怪訝な顔で、一斉に振り返ってこっちを見ている。だが、今の私には彼らの視線すら心地よいご褒美だ。
だって、考えてもみてほしい。
連日終電間際まで残業させられて、終電の吊り革に掴まりながら「明日の朝、会社が爆発してないかな」と本気で祈っていた前世に比べたら……。
『お日様が沈んだら、強制的に業務終了(完全なる定時退勤)』で!
『仕事が終われば、寝床とトウモロコシの粥(食住)が無料で提供』されて!
『臭いからと定期的に新品の貫頭衣を投げつけるように与えて』くれて!
『タスクは目の前の泥をかき出すだけだから、理不尽な謝罪メールも、クライアントへのペコペコも一切なし』で!
『みんなが私を化け物と恐れて話しかけてこないから、職場の人間関係ストレスも完全ゼロ』!!!
たしかに、全身泥まみれだし、肉体的にはそれなりにしんどい。
でも、定時(日没)後は完全な自由時間だし、ここにはスマホもパソコンもないから、藁を敷いただけのベッドに身を横たえば秒で熟睡できる。へたすりゃ一日八時間から十時間は泥のように眠れるのだ。
翌日に精神的な疲れを持ち越すなんてことは、まったく、これっぽっちもあり得ない。
ド底辺の奴隷は、大部屋で雑魚寝らしいが、私の場合は他の奴隷が怯えるからという理由で個室(独房ともいう)を与えられた。なんという好待遇!
もしかして私、期待の大型新人としてVIP待遇されてる……?
「だいたい、現代人の疲れの原因って、肉体じゃなくて100%精神的な負荷だからね!?
こんなの奴隷労働なんかじゃない……!
『残業なし』『家賃・食費タダ』『制服支給』『人間関係の悩みなし』の、ラグジュアリーな隠居生活でしょ!!」
私は泥まみれの顔のまま、限界突破した脳汁を垂れ流し、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
明日も朝から、あの愛おしいドブでヘドロにまみれよう。早く寝て、定時まで全力でドブをさらうんだ。
――こうして、周囲の人からは「過酷な泥の刑罰に処されている、哀れで不吉な白いバケモノ」と憐れまれ、恐れられながらも。
本人は「定時退勤最高ーーー!! ホワイト職場万歳ーーー!!」と、狂喜乱舞しながら爆破気味にドブをさらう、限界OLの最強奴隷ライフが、爆誕したのである。




