17 玄武の話合い(11)
見た目は若者に見える高祖、けれど彼は、かつて三界の大戦において、妖魔を数知れず倒した大英雄であり、広大な大帝国を数千年に渡り統治し続けた東海大帝その人なのだ。
齢一万年を超え、凄まじい法力の持ち主であるその大玄武が、少し不機嫌を滲ませただけでも、普通なら耐えられない圧力に震え上がり、平静を保てなくところだ。
しかし、惜春楼の香車ナイナイも、尻尾の数だけ命のある猫又、数々の修羅場を潜り抜けてきたかつての名妓だ。高祖の威嚇であろうとも、揺るぎもしなかった。
遜ってはいるのに、なぜか太々しく見える態度で話し始めた。
「法座主猊下は、玄武国の地下深く、深奥の岩殻と原神は分かち難く繋がれ、国を安定させていらっしゃる。従いまして、この国の外に出ることはかないません。
ところが、リーユエンは、生来放浪癖でもあるのか、何かと言えば、隊商を立ち上げて、あちらこちら、中央大平原の東西南北から、果ては西荒大牙国、東はウマシンタ川流域と、ふらふらと渡り歩いては交易をしております。
あの子に隊商をやめさせるのは、息を止めろと言うのも同然です。今までは、猊下が玄武国内から遠方まで監視なさったり、乾陽大公殿下が護衛として同行なさったこともございました。
それで、いかがでございましょう?玄武の国外では、高祖が、あなた様の妻として、リーユエンを守ってやってはくださいませんか?そして、玄武国においては、その役目は法座主猊下が担う。国の内外で、お二人で分担してやってはいただけないでしょうか?」
頭を下げ、平伏するナイナイへ、高祖は視線を止めた。
「三界の大戦を平定したこの私に、たった一人の女を、別の玄武と共有しろと、そなたはそう申すのか」
「当人が選ぶことができないと申すのであれば、それもまた一考する価値があるかと・・・」
床に額付いたままナイナイは応えた。ナイナイの声を聞きながら、リーユエンはドルチェンに、さらに力を入れて抱きついた。
高祖は、青味がかった翡翠の眸をドルチェンへ移した。
「法座主よ、先ほどから黙りこくっておるが、ナイナイの意見を、おまえはどう思うのだ?
リーユエンを独占したくはないのか?」
ドルチェンは、リーユエンの腕をそっと頭から外し、姿勢を正すと、高祖を見上げた。薄緑色の眸は、透明な輝きがあり、森の中の湖水のように静謐だった。
「高祖の仰せの通り、わしは、かつて銀牙一族の邑で、リュエという生き神を引退した女を娶り、その女を失いたくないばかりに、幻身となし、中有へ繋ぎ止めた。しかし、再び現世に戻す手段がわからないまま一千年の月日が流れた。
それは、外道の術と非難されても当然のことだと思う。わしの行いが、そもそもの過ちなのだから、わしは、この件に、自分で判断は下さない。
リーユエンが満足し、穏やかであれば、如何様にでも・・・選ぼうとして苦しむのであれば、香車のやり方でも良いのかと」と、低い声で言った。
リーユエンは、猊下を見上げた。
「猊下・・・私は・・・」
猊下は、懐に抱え込んだリーユエンを見下ろし、微笑んだ。
「あなたがした事を責めたりはしない。責めはわしが全て引き受ける。あなたの心が安らかであれば、それで良いのだ」
高祖は、リーユエンを懐に抱きしめるドルチェンを、じっとり睨んだ。
「では、これで決まりだな」
立ち上がりかけた高祖へ、巽陰大公が声をかけた。
「お待ちください」
「まだ、何かあるのか?」
「リーユエンより、条件をつけて欲しいと言われております」
「条件?何だ、申してみよ」
巽陰大公は体を起こした。
「今後、リーユエンに関わる凡人について、手出しは一切しないこと。リーユエンに関わる凡人の処断は、全てリーユエン自身に任せること、これが条件でございます」
高祖は、目を細め、口をわずかに尖らせた。
「凡人に手を出すなだと、それでは、どうやって守ってやれば良いのだ?」
その声が響くなり、天井から影がサッと飛び降りた。
「我が守るから、それで大丈夫だ」
そう言って床に降り立ったのは、アスラだった。人形のアスラは小さま牙を剥き、ニヒヒッと笑った。アスラは、天井の梁の上から話し合いの結論が出るまでずっと待っていたのだ。
「リーユエンは、我が守るから大丈夫」
高祖もドルチェンもその時、同じことを思った。
(そうだった・・・こやつこそ、ずっと付き纏ってきたしつこい奴なのだ)
邪魔もの視する、二人の目線を意に介さず、アスラは二人を上目線で睨み返した。
アスラの登場を完全に無視し、巽陰大公が話し合いの終了を告げた。
「条件は以上でございます。ご異議なければ、この内容を文書にし、誓約の血署を入れていただきます」
ずっと黙っていたダルディンが、すでに作られた文書を、袂から取り出し、それを巽陰大公が受け取り、二人の玄武が血署を記した。
高祖は、長椅子で背を逸らし、口を尖らし、つまらなそうに言った。
「ここは、玄武の国だから、誓約した以上、もうリーユエンと会えなくなる」
ところが、立ち上がったドルチェンは、高祖へ言った。
「明妃が復位するまでは、これまで通り会ってもらって構わない。わしは、もう多忙すぎて、当分会うことができない」
それから、自分を見上げるリーユエンの髪を撫でつけて言った。
「リーユエン、復位式で会おう。それから、あなたを狙う残党がまだいるから、注意しなさい」
ずーっと沈黙し続けたダルディンは、大玄武二人、その上、長老の巽陰大公、三人の玄武の法力のぶつけ合いに曝され続け、すっかり虚脱状態になっていた。
ドルチェンが部屋から出ていくと、カーリヤは疲れ切った大甥ダルディンへ近寄り、耳元でこっそり言った。
「おまえも気をつけるんだよ。玄武の男は、歳がいけばいくほど、執着が増して厄介な性格になって拗れまくるのだ。あのお二人がいい手本だろう」
ダルディンは、無言のままげっそりとして、ため息を吐いた。




