17 玄武の話合い(7)
香車が、殺気を放つウラナの前に立ち塞がり、にこやかに言った。
「リーユエン様より、ウラナ様へご伝言がございます」
香車は、笑みを貼り付けたまま、リーユエンの口調を、そっくりそのまま真似て告げた。
「心配かけてごめんなさい。私は元気にしております。
私は、今、無官の身、ただの庶人です。あなたに仕えていただくわけにはまいりません。
今日は、どうか皆様方とご一緒にいらしてくださいね」
ウラナは、一瞬眉をひそめ、奥歯をグッと噛み締めると、「承知しました」と、全然承知していない様子で、引き下がった。
六人は、三階の貴賓室へ通された。
広々とした室内の奥まった場所に、白い布を掛け渡した几帳で囲った一画があり、その前に高祖が、長椅子に腰掛けていた。
ヨーダム太師は、高祖へ黙礼し、横から回り込んで、几帳をめくり、「入るぞ」と、声をかけた。
中では、白い衾にくるまるリーユエンが、瞳だけのぞかせて、入ってきたヨーダムを見上げた。
ヨーダムは、近寄ると、声を潜めた。
「大丈夫なのか?」
リーユエンも小声で答えた。
「大丈夫です。一応・・・でも、体が怠いです」
「脈を診せなさい」
ヨーダムは、彼女の腕をとり、脈診した。その時、袖から現れた彼女の白い腕に、何箇所が紅痣が付けられているのるのに気がつき、ヨーダムは眉をしかめた。
「大帝陛下は、おまえにつけた・・・この痣を、法力で消さなかったのか」
リーユエンは口を尖らした。
「記念に、今日は、そのままにしておこうと、何もしなくても、二、三日で消えると仰せでした」
ヨーダムは、ハアーッと大きなため息をついた。
リーユエンの目元は、まだ潤んで赤く、唇はいつもより腫れてふっくらと艶があり、声もまだ掠れ気味だった。
こんな情事の残り香が赤らさまな姿を、若い者なら一目見るなり、すっかりあてられてしまうだろう。しかし、齢七百年を越えるヨーダムは、ため息こそ吐き出したが、表面は平静を保っていた。
けれど内心では、リーユエンは魔導士になるために、北荒の地をはるばる訪ね、自分に弟子入りしたというのに、このような妓女の真似事をさせて、それを食い止める力もない己の不甲斐なさに、忸怩たる思いがあった。
ヨーダムは頭を切り替え、話題を変えた。
「巽陰大公殿下より、話し合いが終わるまで、大帝陛下がおまえを拐っていかないよう、見張っておけと、わしは言いつけられておるのだ。だから、おまえの傍についていよう」
「お願いします。こんなみっともない姿を曝したくありません。私は、ここにずっと隠れていますから」
ヨーダムは、リーユエンに近寄り、さらに声を落とした。
「甲羅割りの手応えはどうであった?」
途端に、リーユエンの目は爛爛と輝いた。握り拳を作り、グッと力を入れた。
「すっごく、スカッとしました。あの爺いを懲らしめてやりました」
ヨーダムは無言だったが、顔には笑みが浮かんでいた。
「今、論文を書いているところです。甲羅割と、それから、太極石抜きでやった畳地二点連結、あれは、凡人の術では、最長の連結距離になると思います。今度、仕上げたら、論文審査会に提出しようと思います」
それを聞いた太師は、遠い目をして言った。
「そうか、それは凄いな・・・だが、リーユエンよ、それは審査するまでもなく、禁書扱いになって、魔導士協会図書館の禁書庫へ直行になると思うぞ」
「ええぇぇっ、また、禁書指定ですかあ・・・どうして、私の論文ばっかり禁書指定になっちゃうんですか」
リーユエンは、不服そうに言った。
ヨーダムは、心の中で思った。
(リーユエンよ、おまえの能力は、すでに凡人魔導士の範疇を超えてしまったのだ。わしでも、そんな論文は恐ろしくて公にはしたくないぞ)
訪問者が揃った貴賓室広間では、高祖が来訪者を見回し、発言した。
「ドルチェンと、ダルディンは知っているが、他の者は、初参者だな。何者なのだ?」
カーリヤが、進み出て、高祖へ、恭しく跪拝叩頭した。
「玄武一族の長老、巽陰大公カーリヤにございます」
次に、アガーナが進み出て、跪拝叩頭した。
「坤陰大公アガーナでございます」
カーリヤが、再び、発言し、他の者たちを紹介した。
「明妃付きの侍女頭、大蛇族のウラナと、惜春楼の香車ナイナイでございます」
高祖は、皆へ、手を軽く振った。
「礼儀は不要だ。楽にするが良い。それから、私のことは、皆、高祖と呼ぶがよい。
大昔の話となるが、私は、自身の息子、四人の皇子を北嶺のこの地、南洋海を渡った南荒の地、西の大地の向こうの大森林、それから西荒の最北、極光山の地へと、各地を鎮護するよう命じ、派遣したのだ。
今、この地に残る玄武たちは、我が皇子たちの子孫だ。だから、私のことは、ただ高祖と呼ぶがよい」
ドルチェンが立ち上がり、それに他の者も倣って起立し、先祖に対する礼を行った。高祖は黙ってその三跪九叩頭を受け入れ、再び礼儀は不要と手を振って合図した。
彼らが、再び座ると、高祖は早速宣告した。
「私は、リーユエンを、わが妻として、蜃市へ連れ帰る」
それを几帳の中で聞くリーユエンは、ヨーダムを不安そうに見上げた。
ヨーダムは、リーユエンを見下ろし、声には出さず、大丈夫だと、力強く頷いた。
几帳の外では、巽陰大公カーリヤが、
「恐れながら、リーユエンは、すでに我が甥、法座主ドルチェンの明妃と定まった者でございます。たとえ、高祖の仰せと言えども従いかねます」と、はっきり拒絶の意を表した。




