17 玄武の話合い(5)
香車は、意識を現在へ戻した。そして、ハビへ指図した。
「そろそろお二人は落ち着いた頃合いだろう、おまえはリーユエンに付いて、あの子の指示通り円滑にもてなしできるよう、目を光らせるんだよ」
ちょうど、そこへ妓女の一人が、扉越しに声をかけてきた。
「香車、お客様が、釣り堀で釣りをしたいと仰せでございます」
ハビは、眉尻を下げた。
ここは妓楼で釣り堀じゃないぞ、なんで、この惜春楼で、リーユエンは釣りなんかしたがるんだ。それで接待になるのかと思った。
しかし香車はハビを促した。
「案内しておやり、魚も水も、北嶺の渓流から運ばせて、ずべて入れ替え済みだからね」
惜春楼の売りは、妓女の水準の高さだけではない、広大な庭園もその一つだった。
東西南北の四つの庭園があり、それぞれ四季の一つをテーマとする造園で、春の庭である東園では、リーユエンの接待計画に従い、数日前より、池をきれいにさらって清掃し、白い玉砂利を敷き詰め、渓流の水を運び込んで水を全て入れ替え、同じく渓流で生捕りしてきた魚を放してあった。
ハビは、二人を釣り堀へ改造した池へ案内した。
池に着くと、ハビは、商人姿の男へ、毛鉤つきの釣り竿を渡した。
男は、薄緑色の目で、釣り竿を不思議そうに眺めた。
リーユエンが傍によって来て、釣竿の使い方を男へ教えながら、微笑んだ。
「私は、旦那様から色々なことを教わりましたが、私の方から旦那様に教える役をするなんて、初めてのことですね」
男は、「そうだな」と言い、リーユエンへ穏やかに微笑み返した。そして、二人は、池の縁石に腰掛けて、釣りを始めた。
リーユエンは、渓流大岩魚を釣り上げ、ご機嫌だった。
男の方は、途中からは、ただ釣竿を立てかけ、釣り糸を垂らしたまま、縁石へ寝転び、リーユエンが釣り上げる様を眺めていた。
「そんなに釣り上げてどうするのだ?」
寝転んだまま見上げる男へ、リーユエンはニカッと笑った。
「もちろん、食べます。串に刺して塩焼きにします。美味しいですよ」
ハビは、釣り上げた魚の入った魚籠を預かり、一旦楼内へ下がった。そして、台所へ魚を持っていき 塩を振って串焼きにするよう指示すると、帳場へ行った。
帳場へ入って、香車の前に座ったハビは報告した。
「接待と聞いていたのに、リーユエンは自分が遊んでばっかりですよ。
猊下、じゃなかった、旦那は、寝転がってましたよ。あれでいんですか?
午後の予定も、囲碁をして花札をして、あと壺振りですよ。本当にこれって接待なんですか?」
ナイナイは、お茶をハビへ勧めながら、言った。
「それでいいんだよ。相手は玄武だからね。しかも、リーユエンの主だよ。いやいや接待したって、すぐ悟られてしまう。
そこが、扱いの難しいところなんだよ。リーユエン自身が楽しんでいなきゃ、しらけてしまうだろう?だから、主である旦那にも興味が持てて、リーユエンが楽しめることで、持て成さないといけないのさ」
ハビは頷いた。
「なるほど、そういうことですか。しかし、それにしたって、変わった内容ですね」
「仕方ないよ。あのお方は、若い頃から、妓楼遊びなんて興味のないお方なんだ。
惜春楼へ来ながら、お茶を飲んで、経典を読み耽っていたような堅物なんだよ。存外、リーユエンの接待の仕方が、あの方には合っているのじゃないのかねえ」
釣りの後は昼食で、渓流大岩魚を、丸ごと一匹、串に刺した塩焼きだった。
リーユエンは自分で身をほぐし、それをいちいち男の口へ運んで食べさせた。
「今日くらい、私が食べさせて差し上げます」と、いい、リーユエンは、魚を骨を外し、身をほぐしては、何回も男に魚を食べさせた。
ところが、自分の方は、串刺しの魚に、そのままかぶりついて、ムシャムシャ食べ出したので、男は呆れた。
「どうして、わしだけ、身をほぐしたのだ?」
「骨が刺さったら、大変です。私は、行儀の悪い食べ方に慣れていますから」
そう言うリーユエンの隙をつき、男はリーユエンの手から串のついた魚を奪うと、齧り付いた。
「ああっ、私の魚っ」
リーユエンの叫びを無視し、男は齧りかけの残りを全て食べてしまった。
「なるほど、一匹丸ごと食べると、また味わいが違うな」
リーユエンは、口を尖らしたが、諦めて大皿から、もう一匹取り上げ、齧り付いた。
昼食後、囲碁勝負を三番、男が二勝一敗し、リーユエンに勝った。
次に妓女二人とハビ、それに香車まで参加して、花札、壺振りで大いに盛り上がった。
夜は、寝所へ二人きりでこもり、第一日目の接待は終了した。
早朝、迎えの騎獣車に乗り込む男は、前日より明るく元気になったように見えた。
帰り際、男から、過分な謝礼をもらい、ハビは狂喜した。
その二時間後、第二の客人がやって来た。
「・・・・・(呆)」
玄関先で、客人を迎えたハビは、騎獣に乗って来たその男の、神々しいまでに立派な姿に我を忘れ、固まった。
服装は簡素で、白い長衫に、濃い翡翠色の長袍、髪はくるぶしに届くほど長く、月輪のように白金色に輝いた。そして面立ちは、一度見ると視線が外せなくなるほど、玲瓏端正、長身の若君だった。
男は、青味がかった翡翠色の眸で、ハビを見た。
「惜春楼とは、ここであろうか?リーユエンを訪ねて来たのだが」と、これもまた脳天を揺さぶられるような美声で尋ねた。
ハビはやっと我に返り、慌てて揖礼した。
「ようこそお越しくださいました。リーユエン様はお待ちでございます。ご案内いたします」と、先導した。
広々した玄関には、いつの間に支度したのか、美しく装ったリーユエンが待ち受け、跪拝叩頭した。
「お待ちしておりました、旦那様」
蕩けるような声だった。
男は、あたりをざっと見回した。
「ここは、楽しそうなところだな」
リーユエンは立ち上がると、男の上腕に腕を絡め、一緒に三階の貴賓室へ上がって行った。
香車へ、第二の客人の到着を知らせに行くと、ハビは尋ねた。
「あの若君は一体何者ですか。只者とは思えませんが・・・」
香車は、長煙管から口を離し、煙を吐き出すと言った。
「あのお方は、三界を平定したという伝説の大玄武だよ」




