17 玄武の話合い(4)
私は、手本を見せてやることにした。
リーユエンは、いきなり立ち上がった私を見上げた。そう、あの頃のリーユエンは、私よりずっと背が低かったのさ。
「今、おまえがやった通りのことを、私がやってみせるから、よく見ておくんだよ」
そして、私は、ウラナがリーユエンへ教え込もうとした、貴婦人らしい、品があって、なおかつ、艶やかさのある揖礼をし、目線も情のある、優しげな眼差しってのを見せてやった。
受け答えも、セリフの棒読みみたいなのじゃない、血の通った、一人前の男なら、脳天から背筋、尻から股まで、ビビッとくる、淑やかでありながら、情感のこもった潤いのある声を出してやった。
リーユエンは、私をぼうっと見つめていた。
私が一通りの手本を見せてやると、あの子は言った。
「本当だ。ウラナの教えたかったことって、こういう事だったんだ。それなら、私は、こんな事は全然できていません」
そして、リーユエンは項垂れた。
「やっぱり、あの屋敷は出ていって、隊商に参加します。私は、旦那様には相応しくありません」
私は、焦ったよ、せっかくの金蔓が逃げちまったら困るじゃないか。
「そんなに慌てて結論を出す事はないよ。リーユエン、こういうのはね、練習すれば、誰でもできるようになるんだよ。おまえは、悲観しているけれど、ウラナがおまえに仕えるくらいなのだから、見込みはあるよ」
「そうでしょうか?私は、そんな素敵な声で話す事はできません」
私は、リーユエンの傍へいき、顔をのぞき込んだ。
「ウラナの教え方が悪いとは言わないが、こういう事は、ちょっとしたコツがあるんだ。
どうだい? しばらくの間、私から、色々習ってみないかい?
私なら、ウラナが満足いくような一通りのことを、おまえに教えてやることができるよ」
「香車に師事したら、ウラナが満足する水準に、私でもなれるのでしょうか?」
私は、目を細めて笑った。
「歌舞音曲から行儀作法、全部私の知る限りのことを教えてあげよう、で、それを一式教えるとして、あんたはいくら金を出せる?」
「期間はどれくらいですか」
「そうだねえ、週に三日ずつで、一年くらいかねえ、一日三時間ずつでいいだろう」
驚いたことにリーユエンは、ここの花代の相場で素早く計算して、私へ金額を提示したんだ。私は、その金額で満足だから、商談は成立した。
ところが、横からお人好しのハビが、口を挟んできた。
「香車、いくらお金を持っているからって、こんな子供から巻き上げるなんて、可哀想じゃないですか」
私は、ハビの頭を叩いてやった。
「馬鹿お言いでないよ。真剣にモノを教わる以上、授業料を払うのは当然だろ。特殊技能のノウハウを教えてやろうってんだからね。それに、金を払った以上、真剣に学ぶだろう」
「なるほど・・・」
ところがその時、突然、部屋が揺らいだ。空間が歪んで、もの凄い圧がかかるのがわかった。
(なんだ、なんだ、バケモノの襲来かいっ)
私は、法座主府の玄武坊主から高い金を出して買った、最高に効き目のある魔除け札を懐から取り出した。これには、猊下の法力がこめてあるから、たいていの妖魔なら、怯えて逃げ出すはずなんだ。ところが、空間を切り裂いて現れたのは、燕尾帽姿の大男、顔は、蛇のような人間のような、何とも恐ろしげなご面相のお方だった。
「猊下っ」
私は、慌てて跪拝した。横でハビも「ヒイィィィー」と悲鳴を漏らすと跪拝した。
「礼儀は不要だ。わしは、リーユエンを迎えにきただけだ」
猊下の声が響いた。
「旦那様、外では旦那様ってお呼びすることでよろしいのですよね」と、リーユエンは恐れる様子もなく猊下へ近寄ってきた。あんな恐ろしげなお姿の猊下を見ても、全然怖がる様子もなく、リーユエンは嬉しそうに近づいて行ったんだ。
ドルチェンは、鱗の浮きでた手でリーユエンを抱き上げた。
「お久しぶりでございます。猊下」
リーユエンを腕に乗せた状態で、猊下は私を見下ろした。
「ナイナイだな、息災であったか」
私は、頷いた。
今の法座主猊下の名はドルチェンという。
私は、前法座主の時代から、この玄武とは顔見知りだった。妓楼付きの前法座主のお供でよく来ていたんだ。けれどドルチェンは、お堅い玄武で、妓楼遊びには全然興味がなかった。いつも、所在なげに、別室でお茶を飲んで時間を潰していたよ。
あの頃のドルチェンは、見目麗しい若者だった。妓楼の女たちは、ドルチェンが来ると大騒ぎし、皆がお茶を持って行きたがった。前法座主はそれを面白がって、彼をよくお供に指名し連れてきたのだ。けれど、千年ほど前、西荒で何かの任務を終わらせ、帰還した時には、醜く変わり果てた姿になっていた。
ドルチェンは銀牙一族を滅亡させたため、呪いがかかり、業病に侵されたのだ。玄武の間では、そのような噂が実しやかに流れたそうだ。けれど、真相は、法力不足だった。前法座主を上回る、強大な法力を有するドルチェンなのに、何事かにずっと法力の大半を奪われた状態で、慢性的な法力不足状態だったのさ。
(おやおや、この子に目をつけた好きものは、猊下でいらっしゃったのかい。やっぱり、そうかい・・・でも、そうなら、猊下はとうとう明妃を決めたってことなのかい)
これは、面白くなってきたと思ったよ。
私は、猊下へ申し上げた。
「せっかくですから、お茶でも飲んで行かれませんか。私も、猊下に、相談申し上げたいことがございます」
体の大きな猊下が抱き上げると、リーユエンはまるっきり小さな子供にしか見えなくなった。猊下の襟を小さな手でキュッと掴み、懐に抱かれたまま、すやすや眠ってしまった。
本人が眠ってしまったので、好都合だった。私はリーユエンが話してくれた悩みを猊下へ伝えた。
「本人は悲観して国から出たがっておりますが、私が指導する間は、国に留まりましょう。それに、私なら、この子を素晴らしい妃に仕立て上げてご覧に入れます。どうぞ、ご安心ください」
私は、猊下を説得し、リーユエンの教育を引き受けたんだ。もちろん、有料でね。




