17 玄武の話合い(3)
(香車ナイナイの回想続き)
「学費を旦那様に出していただくのは、変ですよ。私が行きたいと思ってしたことですから、学費は、自分の稼いだお金で払いました」
私は驚いた。まだ、子供らしさが残るリーユエンが、一体どうやって金を稼いだのか、不思議だもの。
「おまえは、一体何をして金を稼いだんだい?」
「私は、狐狸国で、ハオズィ商会の隊商に参加して、玄武国へ来たのです。その時、薬材を何種類か仕入れて来たので、それでお金を稼げました」
私は、長煙管を取り落とした。
「ええっ、ハオズィ商会には凄腕の仕入れ担当がいて、需要を外したことが一回もなくて、商会はこの一、二年、大儲けの連続だって聞いたが、その仕入れ担当って、もしかして、おまえなのかい?」
「凄腕かどうかは知りませんが、私は、ハオズィには仕入れの助言をしています」
「・・・・・・」
私は、たっぷり十秒リーユエンを見つめた。それから、営業用のとっておきの愛想笑いを浮かべた。
「そうかい、そうかい、あんたは自分で大金を稼ぐんだねえ。で、おまえの旦那様って、どんな人なんだい?心配しなくてもいいよ。ここで話したことは、絶対外へは漏れないからね」
私は、リーユエンのことをもっと知りたくなった。
顔に火傷があったって、片方を隠す面覆でもつけておけば、この子は十分綺麗だ。それに、旦那がもうついているなんて、まあなんて、好きもの(おや、口が滑ったよ)、見る目のある旦那だろう。
その旦那のことも知りたくなった。だけど、リーユエンは用心深い子供だった。
茶碗へ視線を落とし、一旦沈黙して言った。
「旦那様のことは、勝手にお話しできません」
「そうなのかい、口止めでもされているのかい?」
リーユエンは首を振った。
私は、黙ってリーユエンが話し始めるのを待っていた。こういう事は急かしちゃいけない。リーユエンには、何か話したいことがある。けれど、長年培われた私の勘は、急かしたら、この子は何も喋らなくなると告げてきた。
私は、リーユエンとは何のしがらみもない、妓楼の香車だ。用心深いこの子でも、誰かに喋りたいことがあるなら、私なんかうってつけのはずだ。だから、リーユエンが話す気になるまで待ってやった。
「私は、二年で卒院したら、隊商付きの魔導士になって、用心棒をしながら旅をしようと思っていたんです。でも、旦那様は、私にここに留まってほしいとおっしゃるのです」
(そりゃあ、旦那なら、そう言うのが当然だろう。隊商付きの魔導士なんて、随分変わった仕事をやりたがるんだねえ。仕入れ担当でも十二分に食べていけるだろうに・・・)
「旦那と一緒に暮らすのが嫌なのかい?」
私の問いに、リーユエンは顔を上げた。目を開いて、首を傾げた。
「私は、旦那様とは一緒に暮らしておりません。私の住んでいる所へ、旦那様はたまにいらっしゃるだけです。ずっとウラナと一緒に暮らしています」
「ウラナだって、おまえ、本当にウラナと一緒に暮らしているのかい?」
驚いた。私が知っているウラナといえば、あの大蛇族の女しかいない。本当にあのウラナなのか?私は、さらに質問してみた。
「ウラナって、いつも引っ詰め髪で、灰色の侍女服を着ているしかめつらしくて、厳しい、怖い侍女だろう?」
リーユエンは紫眸を見開いた。
「香車は、ウラナをご存知なのですか?」
私は頷いた。
「ああ、知っているよ。私は、存外年寄りだからねえ。ウラナとも面識はあるよ」
リーユエンは用心深かった。
「あのう、どうして、香車はウラナをご存じなのですか」
私は、ニコッと笑った。
「私が若い自分にね、ウラナはある人の使者として、ここへ来たことがあるんだよ」
私は、猫又の一族なんだ。私の尻尾の数は秘密だけれど、尻尾の数だけ寿命がある。
前の法座主は、お忍びの妓楼遊びが好きで、ここの上得意だった。私を目当てに、よく通ってきたのさ。
明妃は、あまりにも帰ってこない法座主を迎えに、よくウラナを使者に寄越したんだ。ウラナは、軽蔑し切った顔で、法座主を迎えに来たものだ。だが、これはとんでもない事になったね。じゃあ、もしかして、この子が住んでいるのは、あそこなのか?
「ウラナは元気にしているかい?おまえは、ウラナから行儀作法をしっかり習っているのかい?」
「・・・・・」
リーユエンは、眉尻を下げ口角まで下がった。
あれ?どうしたんだろうねえ・・・
「ウラナは、何でも丁寧に教えてくれます。
でも、私には、全然意味がわかりません。どうして、あんなに体をくねくね動かさないといけないのか、柔軟体操しろとか、言葉遣いも凄く細かく注意されます。ウラナの言う通りにしているけれど、ウラナはいつも大きなため息を吐きます。
私はウラナのいう通りにしているのに、ウラナは満足してくれません」
「そうかい、行儀作法なら、私だって専門家だよ。ちょっと私にも、ウラナが教えてくれたことをやって見せておくれ」
リーユエンは立ち上がると、挨拶やら、受け応え、色々やって見せてくれた。
私も頭を抱え込みたくなったよ。でもリーユエンをがっかりさせちゃいけないからね、必死で笑顔を保ったよ。
「なるほど、動作も、言葉使いも完璧だよ。ただねえ、欲を言えば、もう少し、潤いというか、情が欲しい所だねえ」
「潤い?情?」
リーユエンは頭をこてんと倒した。
そんな仕草をすると、小動物みたいで、凄く可愛いらしい。けれど、ウラナの求めるものとはちょっと違う方向だろうね。




