17 玄武の話合い(2)
(ハビの回想続き)
子供は、ため息を吐いた。
「私は、魔導士学院に在籍する学生で間違いありません。先輩たちが、私を袋詰めにして、ここに無理やり運び込んだのです。門限があるから、早く帰らないといけないのに・・・」
抑揚のない冷めた口調、全然子供らしくない態度だ。
香車は、細く整えた眉を顰め、長煙管をふかした。
そこへ、廊下から足音が聞こえ、妓女の一人が扉越しに声をかけた。
「香車、魔導士学院の学生が、一人いなくなったから、探してくれって騒いでます。リーユエンっていう学生を探してほしい、今日の主賓なのに、いなくなったって・・・」
「リーユエン?」
香車は、長煙管を口から離し、囲炉裏の前に座る子供を見た。
「それ、私のことです」
「主賓ってどういうことだい?」
リーユエンは不機嫌な顔で肩をすくめた。
「先輩たち、私のことを主賓とか言っているけれど、要は、私に、ここのお代を全部支払わせる魂胆です。こんな所に連れてこられて主賓だなんて言われてもねえ、困るんです」
ハビはまずいと思った。香車の顔が見る見る険しくなった。
「こんな所って、どういうつもりで言ってんだいっ、ああっ(怒)」
香車は誇り高い名技だった。妓楼を侮る発言や侮辱は絶対に許さないのだ。
ハビは取り成そうと中腰になった。ところが子供はヘラっと笑った。
「だって、そうでしょう。女の私がここに連れてこられて、一体何を楽しめというのですか?
綺麗なお姐さんにお酌をしてもらっても、気まずいばっかりなんですよ」
「はあっ?女・・・おまえ、女なのかい」
リーユエンは頷いた。
香車は、リーユエンの顔をのぞき込んだ。左側はひどいご面相だが、右側は、幼さの名残りと妖艶さの萌芽が混じり合い、香車は滅多に見ない上物だと思った。
「おまえが女だって、他の連中は知っているのかい?」
リーユエンは首を振った。
「多分、知らないと思います。私をここへ連れてきたくらいですからね。
みんな、今日遊ぶ金を私に支払わせようという魂胆です」
「タカリなのかい?」
リーユエンは頷いた。
「私は、後期試験の成績が良かったので、主席で卒業します。それで、報奨金がいただける予定なんです。そのお金をあてにして、私を勝手にここへ連れてきて・・・」
「呆れたねえ・・・だけどタダで遊ばすわけにはいかないよ」
「ですよね、報奨金は、三千デナリウスです。
私はそれ以上支払う気はありませんから、それ以上遊んだ学生は、本人から取り立ててください」
「えっ?報奨金は、おまえがもらうのに、ここの支払いに当ててもいいのかい?」
香車は、支払いで揉めるだろうと思っていたのに、存外、話が通ったので、驚いた。
「報奨金を出すのは、構いません。私は在学期間が短く、他の学生とはあまり交流できませんでした。卒業後もほとんど付き合えそうにもありませんから、最後の記念です」
リーユエンの話し方は、相変わらず抑揚に欠けたが、なんとなく寂しさが滲み出ていた。
香車は、子供に興味が湧いてきた。
「おまえは、どう見ても低学年の生徒にしか見えないのに、もう卒業するのかい?」
「私は二年で卒院します。多分最短記録だと思います」
その時、外からまた妓女が声をかけた。
「香車、そのリーユエンって子を見つけないと、支払いができないって学生が騒いでいるんです、どうしましょう」
(香車ナイナイの回想)
私は、リーユエンを連れて、遊び呆ける学生の所へ出向いた。あいつらが酒に酔いすぎて頭が回らなくなる前に、代金の支払いについて、話をつけておく必要があったからね。お得意様なら、後払いでも構わないが、魔導士学院の貧乏学生に、そんなことを許しはしないよ。
中二階の別棟にある、大広間「食虫蘭の間」へ、リーユエンを連れて行ったのさ。そして、学生を締め上げ、リーユエンの訴え通りなのを確認した。
相手はひよっこの学生だ、こっちだって遠慮はしない、教育的指導という名のもと、鉄拳制裁で、支払いは、きっちり三千デナリウスで収まるように解決したよ。
その後、私は、リーユエンを帳場へ連れ戻した。遊び慣れない学生と妓女のどんちゃん騒ぎを本人が女だというリーユエンに見せるのも、教育上よろしくないからね。
見かけは子供だし、顔にも火傷があって、無愛想、だが、報奨金を全て仲間の学生に奢ってやるなんて、なかなかできた子じゃないか、私は、リーユエンを気に入った。
「リーユエンや、おまえは、魔導士学院を、たったの二年在籍で卒院するそうだね。どうして、そんなに短い期間で卒院するんだい?。せっかくの学院生活なんだから、もう数年のんびりしたって良かったんじゃないのかい?」
リーユエンは、私の淹れたお茶を、ちびちび飲みながら話した。
「私の旦那様が、学院へ勉強をしに行ってもいいけれど、三年以内に卒院しなさいと約束させられたんです」
「おや、おまえ、旦那持ちなのかい?でも三年だろう、どうして一年短くなったんだい?」
「色々調べたら、二年で卒院できそうだと分かったので、計画を立てて、二年に収めたのです。学費は自分で払うから、一年短い方が少なくて済みますからね」
「えっ、おまえ、学費は自腹なのかい?旦那様は出してくださらないのかい?」
私が尋ねると、リーユエンは不思議そうな顔をした。




