16 妃なのか妻なのか(5)
「ああ?」
リーユエンは驚愕し、椅子からずり落ちかけ、座り直した。
「どうして、惜春楼を借り上げなきゃならないんだよ?私は妓女じゃないぞ」
ナイナイは、鼻を鳴らした。
「フンッ、何を言っているのやら、おまえは、今は、明妃じゃない、ただの庶人なんだろう?
それなら、男の話をつけるのは、おまえの私事なんだから、どこでやろうが構わないはずだ。
それにだね、大帝陛下も猊下も、それなりに地位のあるお方だ。秘密が守られる場所じゃないと、醜聞なんて、枯れた草地の野火みたいにあっという間に広がるだろう」
「やっぱり、醜聞になるのかしら」
リーユエンは眉尻を下げ、不安そうにナイナイを見た。
カーリヤが、発言した。
「大帝陛下は気になさらないかもしれないが、ドルチェンは、法座主だからねえ、おまえを取り合いしているなんて、公にはしたくないねえ」
「・・・そうですよね、猊下には第一位のお立場がありますよね」
巽陰大公の言葉に、リーユエンは悄然とうつむいた。
ナイナイは、リーユエンの肩をポンと叩いた。
「そんなに思い詰める事はないよ。こんな事はね、身請けの時に、複数の旦那が名乗りをあげるのと一緒さ。よくある事だよ」
そう言って慰めるのかと思ったら、
「それでだ、いいかい、惜春楼を三日提供してあげよう。代金は、さっき話した例の配当金を寄越すんだよ」と、もう商談へ突入した。
リーユエンは口を尖らした。
「どうして、三日も借りなきゃいけないのさ。話し合いするだけなら、一日で十分じゃないか、金額も三分の一にして、一日にしようよ」
ナイナイは目を細め、指先をリーユエンの前で左右にふり、チッチッと舌打ちした。
「バカお言いでないよ。話し合いだけして、どうするんだい?息抜きもなしに、生真面目に話し合いなんかさせてご覧、たちまち熱くなって血を見ずにすまないよ。いいかい、あんたは、一日交代で、猊下と大帝を接待するんだ。
私が教え込んだ手練手管を全て使って、とにかくメロメロの骨抜き、いや、相手は玄武だったね、それなら、甲羅抜きにしちまいなっ。それで、もう、おまえの事が欲しくて欲しくてたまらない、離したくないって状態までもっていくんだよ。そうやって、盛り上げまくってから、条件闘争へ持ち込むのさ」
ダルディンは額を手で抑えた。法座主と東海大帝を手玉に取れと唆すとは、なんと恐れ知らずな女なのかと呆れ果てていた。
一方アガーナは、目を星空にように輝羅つかせていた。
(すごいわ、ナイナイって、なかなかの策士じゃないの。東海大帝と法座主の女をめぐる争いなんて、すっごくロマンチックだわあ。私も、惜春楼へ行きたーい)
カーリヤも前向きだった。
「それは、いい作戦だね。条件はこれから詰めることにして、リーユエン、おまえは、二人をどんな風にもてなすのか、よく考えておきなさい。一日相手をするなんて、結構長い時間だからねえ」
商談がまとまりそうなので、ナイナイも上機嫌で言った。
「三食つけて、おやつも食べ放題、お風呂も使い放題、衣装がえも化粧直しも何回しても構わない。必要なら、うちの禿や妓女も使っていよ。それに庭園の設備も全部自由に使っていいからね」
リーユエンはボソッと言った。
「もちろん飲み放題だよね」
ナイナイは、いきなり彼女の頭を小突いた。
「いてっ、何するんだよ」
リーユエンは両手で頭を押さえ、ナイナイを睨んだ。
「あんたは底なしに飲むから、酒はきっちり別料金だよ。あんたは、金杖王国の酒蔵の半分を一晩で空にしたそうじゃないか」
「なんで、そんな事を知っているんだよ」
リーユエンは不機嫌な顔になった。
ナイナイは、目を細め、イヒヒヒッと笑った。
「金杖王国なら、ゲオルギリー以外にも、お得意さんがいるものでね」
リーユエンは嘆息した。
「フウーッ、わかったよ。明日、金を用意してもっていくよ。それで、いつ、貸切にしてくれるの」
「毎度あり、そうだね、準備もあるから、五日後にしようか」
リーユエンは、巽陰大公とナイナイの両方を見ながら、
「高祖様と猊下は、本当に、喧嘩しないで仲良くしていただけるのでしょうか?」と、不安げに尋ねた。
それにカーリヤが答えた。
「お二方との話し合いは、私とナイナイとでするよ。おまえは、条件や希望があれば、私たちに言ってくれればいい」
またナイナイが話した。
「そうだよ、こういう事はね、本人が直接やってもうまくいかないからね、代理人を立ててやるのが一番なのさ」
そして、お菓子の残りを食べてしまうと言った。
「私の腹案としては、猊下は玄武国から出られないのだから、リーユエンがこの国にいる間は、猊下が独占。リーユエンが国外に出たら、大帝陛下のお好きなようにっていうのが、いいと思うんだ」
それを聞いたリーユエンは、ナイナイへ言った。
「その腹案でやってもらっていいけれど、ただ、もう一つ条件をつけて欲しい」
「何だい、言ってご覧」
その日から五日後。爽やかな朝日の中、惜春楼は静まり返っていた。
それは、大方の妓女も禿も女中も、皆、別の場所へ移ったためだった。
楼内の残留組の一人、男衆のハビは、廊下を顔が映るほど磨き上げた。そこへ、香車のナイナイがやって来た。
廊下から立ち上がったハビは、大柄な体を直角に折り曲げ、「お早うございます、香車」と、丁寧に挨拶した。
ナイナイは、ハビをチラッと見て、「おはよう、ハビ」と返した。それから、廊下へ視線を落とし、「清掃ご苦労様、今日来るお客人は、とても身分の高いお方だから、くれぐれも粗相のないように気をつけておくれ」と、念押しした。




