16 妃なのか妻なのか(4)
ナイナイは翡翠色の目を細め、リーユエンの顔をのぞき込むと人差し指を突きつけた。
「二人とも手玉に取って、旦那として面倒を見て貰えば、それで面子も立って丸く収まるじゃないか、簡単なことだろう」
ダルディンは、顎が外れそうなくらい呆れ果てた。
(この女は正気か、何を言い出すのだ)
リーユエンは、口をへの字に曲げた。
「凡人ならともかく、相手は玄武だよ。そんなに上手くいく訳ないよ。あっちには、私の心の中が隅から隅まで丸見えなんだよ。手玉になんか取れるわけないじゃないか」
ナイナイは、そんなことを言われたくらいでは引き下がらなかった。
「現に、もう手玉に取っておいて、何を白々しいことを言っているんだい。
いいかいっ、妓楼の売れっ子の姐さんたちはね、旦那の二、三人いるのは当たり前なんだよ。毎日、日替わりなんて、剛の者もいるんだからね。
あんただって、旦那が二人くらいいたってちっともおかしくないだろう。それが、たまたま二人そろって玄武ってだけのことじゃないか」
恐ろしい勢いで捲し立てる言葉が勝手に耳に飛び込んできて、ダルディンは、心中、叫んだ。
(うわあっ、もう、やめろ、やめてくれ。俺たち玄武をおまえは何だと思っているんだ。
第一、リーユエンは明妃、玄武国第二位のお方なのに、それを妓女に例えるなんて、あまりにも不敬だぞっ)
ナイナイは、一気に捲し立てた後、澄ました顔でお茶を飲んだ。
次は、カーリヤが発言した。
「リーユエン、ナイナイの言うことにも一理あると思う。何も、一度に二人を相手にしろと言っている訳じゃないからね。おまえの言い分だと、どちらとも縁が切れないのだろう?
それに、無理に切ったりしたら、影響が大きすぎる。一人は、玄武国の法座主、一人は、三界の大戦を終結させた大英雄の東海大帝だからね」
リーユエンは、先ほどカーリヤからもらった焼き菓子を食べながら、黙考した。
お茶を飲み終わったナイナイが再び口を開いた。
「リーユエン、あんた、半月後には、明妃に復位する予定なんだろう。それなら、なおのこと、この問題に決着をつけておかないとまずいだろう」
「復位なんて、どうでもいいよ。別に明妃でなくなっても、魔導士で食べていけるから、でも、どうして、それまでにこの問題を片付けておく必要があるの?」
ナイナイは、リーユエンが取ろうとしたお菓子を横取りして言った。
「東海大帝って言えば、さして教養のない私でも知っている伝説の大玄武だろう?何千、何万、何匹殺したか分からないほどの妖魔を殺しまくった武人の中の武人だよ。そんな男が、おまえのことを気に入ったんだ。
明妃に復位して、もうおまえを妻にできないとなれば、式典の最中にだって乱入しかねないだろ?それどころか、式典の最中に法力を送り込まれたら、おまえは、それに耐え抜くことができのかい?
おまえが、帰るときに引きずってきた青玄武とやらが、正真正銘の東海大帝なら、そのくらい平気でやってのけるだろうよ」
話を聞くうちに、リーユエンの表情は、ますます暗くなった。
「本当にそこまでなさるのかしら・・・」
カーリヤも頷いた。
「ナイナイの言うことは間違っていないよ。東海大帝陛下の力は、普通に考えたら、齢二千七百年余りの猊下より、遥かに強いはずなんだ。
黙ってお茶を飲んでいたアガーナが、ため息を吐いて、縦長の瞳を潤ませ、
「素敵ねえ、一人の女を巡って二人の男が争うなんて」
と、うっとりした口調で言った。
リーユエンは、頭を振った。
「当事者にとっては、少しも素敵なことではございません。鬱陶しいだけです。はあぁ、どこか深い山の中にこもって、魔導士修行だけしたい」
ダルディンは、もう何も言う気力もないし、考えるのもやめていた。
リーユエンは、また頭を振った。
「東海大帝は、そこまでなさるのでしょうか?私は、凡人なのに、そこまでこだわるなんて・・・信じられません」
カーリヤが話しかけた。
「ナイナイの言うことは外れてはいないと思う。東海大帝がおまえのことを妻だと言い張る以上、面子もあるから、絶対後へは引かないだろう。
大帝陛下は、武闘派だよ。戦ったら、まず間違いなく猊下よりも強いだろうと思う。それでも、猊下も死ぬ気で戦ったら、もしかしたら相打ちへ持ち込めるかもしれない。猊下は、いずれにせよ、無傷では済まないだろう。そんな闘い方をこの玄武国内でされてご覧、国が吹き飛んでしまうよ」
リーユエンは涙目でカーリヤを見た。
「猊下が死ぬなんて、嫌です。私は、一体どうしたら、いいのでしょう」
ナイナイは、にこやかに笑った。
「泣きなさんな。このナイナイ姉さんが、ちゃんと仕切って八方丸く納めてあげるよ。おまえは、大船に乗ったつもりで、ドンと構えていればいいんだよ」
リーユエンは、また目を眇め、ナイナイをじっと見た。ナイナイと付き合いの長いリーユエンは、彼女が愛想笑いを深める時は、金の匂いを嗅ぎつけた時だと知っていた。
「ナイナイ、これを金儲けのネタにするつもりなのか?」
ナイナイは、翡翠色の目を見開き、両手を広げ、さらに愛想笑いを強調した。
「金儲けのネタ、とんでもない。お二人の大玄武が関わる恋愛ごとを金儲けのネタだなんて、人聞きの悪いことをお言いでないよ。
この問題を美談に仕立てあげ、可愛い教え子を助けてやろうと、ひと肌脱いでやると言っているんだよ。もちろん、必要経費は頂戴しますよ」
リーユエンは不機嫌なしかめっ面になった。
「一体いくら踏んだくるつもりだ?私は、今、金なんか持っていないぞ」
ナイナイは、大袈裟に目を丸くした。
「有徳の老師ともあろうお方が、何をおっしゃるのやら・・・・・おまえは、南洋海での船荷保証保険組合設立の立会人なんだろう?あの保険組合の第一回目の配当金は恐っそろしく高配当だったと、評判なんだよ。その配当金、もう受け取ったんだろう?
それを提供しなっ、それで惜春楼を三日間貸切りにしてあげよう」




