16 妃なのか妻なのか(3)
カーリヤは、アガーナを横目に見た。
「アガーナの言うとおり、大帝陛下は若々しいお方だ。けれど、中身は一万齢を越える大玄武だ。なかなかどうして、老獪なお方だろうよ。
ダルディンは、ミレイナ王女と結婚したいのだろう?それならば、陛下は、後見としての立場で来られたのかもしれないね。ミレイナ王女との縁談を円滑に進めるためにも、大帝陛下のご機嫌を損ねるわけにもいかない。さりとて、猊下の機嫌を損ねるわけにもいかない。
このままリーユエンとの関係が拗れたままでは、大帝陛下と猊下は、顔を合わせれば法力比べを続けるだろうから、婚姻の儀式も進まないだろうよ」
リーユエンはうつむいて、黙り込んでいた。
ナイナイがいきなりスッと立ち上がり、リーユエンの隣に座るダルディンへ話しかけた。
「乾陽大公殿下、私と席を変わってくださいな。ちょっとリーユエンと差しで話したいので」
ダルディンは、ナイナイの迫力に押され、席をすぐさま譲り、対面するカーリヤの隣へ移った。
リーユエンの隣に腰掛けたナイナイは、彼女の膝を軽く叩いた。
「リーユエン、本当のところはどう思っているんだい?
おまえは、さっきから全然本音を話していないだろう。
このナイナイ姐さんの目は誤魔化せないよ。さっさと本当はどう思っているのか言っちまいな」
リーユエンは顔を上げて、ナイナイを見た。
「本音って、そんなの言ったら、もうおしまいだよ」
「いいじゃないか、おしまい、上等だよ。言っておやり、言っておやり、どうせ、猊下は、おまえの本心をご存知なんだろう。それなら、大帝陛下だってご存知のはずだ。両御方が、おまえの体に、断りもなく勝手に紋を刻んだのだから、おまえだって遠慮しないで、さっさと言っちまいなよ」
ナイナイは、妓楼を管理する香車の立場だ。だから、リーユエンが内心で鬱屈を溜め込んでいるのなら、ここは一旦全て吐き出させた方がいいと判断した。
たとえ、自制の効いたリーユエンでも、大玄武二人から思いを寄せられては、その愛はあまりに重苦しい。人外の玄武の感性は、凡人とは異なるスケールなので、今、本音をはっきり聞いておかないと、リーユエンのためを思ったはずの判断が、逆に彼女を苦しめることになってはいけないのだ。だから、ナイナイは、この場ではっきり本当の気持ちを確かめようと決意し、強く促したのだ。
リーユエンはしばらく黙っていたが、突然、頬杖をつき姿勢を行儀悪く崩した。
「もうっ、ナイナイ姐さんには、敵わないよ」
リーユエンはナイナイへニヤッと笑いかけた。
ダルディンは、リーユエンの表情が突然ガラッと変わったので、驚愕した。先ほどの嫋々とした雰囲気は消し飛んでしまい、悪ガキが現れたのだ。リーユエンは口をへの字に曲げて、話し始めた。
「猊下はさあ、すぐにやきもち焼いて、法力で私のことをいじめる癖に、今回に限って何にもしなかったんだ。おかげで、何度も死ぬような目にあったんだ。内傷が身体中に広がって、何回も助けてって呼んだのに、何にもしてくれなかった。私のことは絶対に守るって、いつもしつこいくらい言っていたくせに、肝心な時に全然助けてくれなかったんだ。そもそも約束を破ったのは猊下なんだ。今さら、高祖様と、あんな事やこんな事をしたのをお怒りになっても、そんなの知らないよ」
ダルディンは心の中で絶叫した。
(リーユエン、それがあなたの本心なのか。嘘だろ、嘘だと言ってくれえっ)
リーユエンとは、意外と付き合いの長いダルディンは、彼女には、案外色気のない実利的な一面があることを知っていた。けれど、まさか、ここまで捌けた態度で本心を語るとは予想外だった。彼女をよく知るダルディンでさえ、明妃である時の嬋娟嫋々たる姿が、リーユエンの本来の姿なのだと勝手に思い込んでいたのだ。それが虚像であると、リーユエン自身の手で破壊されて、その衝撃は測り知れなかった。
リーユエンは、胡座をかき、椅子へ背中を深々と沈めて続けた。
「高祖様って、多分、私のことは凡人夫婦の真似事に使う人形みたいに思っておいでなのかな?よく、私の妻、妻っておっしゃるんだ」
そう言うと、自分のお椀型の胸を自分の手で持ち上げて、またニヤッと笑った。
「胸まで、こんなにプヨプヨにしてくれて、ご満悦でいらっしゃるんだ。とにかく法力が強烈すぎて、高祖様が致そうって気になられたら、私の方に拒否権なんて全然ないんだ。もう言いなり、され放題だよ。私の独断で縁を切るなんて、絶対無理だよ」
カーリヤは、真剣にリーユエンの話を聞いていた。
アガーナも、何回も頷いて話を聞いていた。
リーユエンが話し終わると、カーリヤはふうっとため息をついた。
「おまえの言うことは尤もだと思う。ただ、おまえにもわかっていることだろうけれど、あえて言うよ。
ドルチェンは、おまえが王太子のことを好きだから、添い遂げたいだろうと思い、待つつもりだったんだよ。だが、王太子妃になったおまえの心なんかのぞいてしまったら、嫉妬で気が変になるからね。耐えきれないと思って、おまえとの繋がりを一切断ち切って閉関してしまったのだよ」
リーユエンは、不機嫌な顔をカーリヤへ向け、
「そんな事だろうと思ってはおりましたが、私は、ただ好きになったくらいで、猊下との縁を断ち切ってまで、そんなに軽々しく誰とでも深い仲になりたいとは思いませんし、そんな恩知らずでもありません。
どうして、私を、信じてくださらなかったのでしょう。
でも、高祖様と深い関係になった私には、今さらそんな事をいう資格もありませんね」
と、最後に自嘲した。
「おまえの意思で、大帝陛下との関係を断ち切ることは、やはりできないのかね」
カーリヤの問いかけに、リーユエンは顔を両手で覆い、うつむいた。
「無理です。それこそ甲羅でも割ってしまわない限り、あの方の思し召しを拒むことなんてできません。私の意識は飛んでしまって、体が勝手に反応するから、無理なんです」
そこへ突然ナイナイが会話に割り込んできた。
「どっちか選ぼうとするから、厄介なんだよ。もっと前向きに考えればいいのさ」
顔を上げたリーユエンは目を眇め、ナイナイを横目に見た。
「それってどういう意味?」




