16 妃なのか妻なのか (2)
それを聞いたダルディンは、危うくお茶を吹き出しかけた。
リーユエンは、眉尻を下げ、
「旦那って・・・」と、言ったきり絶句した。
黙り込んだリーユエンの膝を、ナイナイは身を乗り出して、軽く叩いた。
「責めているわけじゃない。あんたは遣り手だと誉めているんだよ」
ナイナイの隣で、カーリヤも大きく頷いた。
「ダルディンからも事情は聞いている。記憶がなくなった状態で、関係を持ったのだろう。それは仕方ないよ」
リーユエンは、頬をほんのりと赤らめて、うつむいた。
「気がついた時には、もう、高祖様は、私のことを妻扱いなさっておられました」
ナイナイは目を細め、口元に凄みのある笑みを浮かべて、
「あんただって、あの玄武のことは満更でもないんだろう」と、遠慮なくずけずけ言った。
さらに続けて
「私も遠目に見せてもらったけれど、若々しいし、それに、あの神々しほどの整った顔、あんな綺麗な男はそうそうお目にかかれるものじゃないよ」と、激賞し
「あれだけの男なんだ、お前だって気に入っているんだろう」と、さらに押してきた。
リーユエンは眉尻を下げ、口を尖らせた。
「私には、猊下がいらっしゃるのに、高祖様の思し召しをとやかく申し上げるなんてできません」
ナイナイは鼻を鳴らし、背もたれに寄りかかった。
「ハンッ、何を良い子ぶったことを言っているんだい。記憶が戻ってからも関係を続けたんだろう。それって、気に入ってるってことだろう、違うのかい?」
「・・・・・・」
リーユエンはうつむいたまま、黙り込んだ。
ダルディンは困り切っているリーユエンを助けてやりたいけれど、そんな事をしたら自分に矛先が変わるかもしれないので、恐ろしくて口を挟めなかった。
そこへ、カーリヤが発言した。
「私の力で結界を施しておいた。短時間なら大帝陛下の目を誤魔化しておける。
言いたいことは、今のうちに言っておしまいなさい」
リーユエンは小声でボソボソと喋り出した。
「高祖様は、換骨変易法を用いたとき、私の体のどこかに紋を焼き付けたそうなんです。その影響なのか、あの方が法力を送ってこられると、身体中がおかしくなって、あの方の求めを全然拒めない。頭も変になって、意識が飛んでしまう」
それを聞いたアガーナは、目をキラキラさせた。
「大帝陛下って、すっごく情熱的なのね」
カーリヤとナイナイは、生真面目な顔で見つめ合うと大きく頷いた。
ナイナイが言った。
「やっぱりそうだ。大帝は、急所へ細工したんだよ。そんな事をされたら、リーユエンなんてひとたまりもないよ。私は、殿方を楽しませる術は色々仕込んだけれど、そんな急所のことなんて何も教えなかったからね」
リーユエンが顔をあげ、「女の急所?」と、不思議そうに言った。
お茶を飲み干したカーリヤが説明した。
「玄武が、気に入った凡人を我が物にする時には、色々方法があるんだよ。
大帝陛下も相当な悪だね。おまえを絶対に逃さない気だよ。さあて、どうしたものかしらねえ」
そう言いながら、カーリヤは焼き菓子をひとつ手に取り、リーユエンへ勧めた。
「そんな陰気な顔をしていないで、これを食べてご覧、美味しいよ」
カーリヤから、焼き菓子を受け取ったリーユエンは、小声で言った。
「せっかく玄武国へ戻って参りましたのに、このような事になって、私は猊下に申し開きもできません」
「確かにねえ。これはドルチェン一人に解決を押し付けるのは無理があるねえ。
リーユエン、お前は気にすることはないよ、安心おし、ドルチェンは、お前が新しい旦那を引きずってきたぐらいで、おまえと縁を切ったりは絶対にしないよ。それどころか、逆におまえから愛想尽かしをされはしないかと、内心ではビクビクしているんだよ」
リーユエンは、カーリヤの言を聞くうちに、目を見開いた。
「そんな・・・私は、猊下に愛想尽かしなんて致しません」
「わかっているよ。これほどの危険な旅を続けて、ここまで戻ってきたのだから、おまえの本意を疑う者は、ここには誰一人としていない。だが、ひきずってきた旦那が、始原の玄武、東海大帝とは恐れ入ったよ。まさか、あのお方がおまえに執着するとはねえ」
上品にお茶を喫したナイナイが、翡翠色の目でカーリヤを見上げた。
「あのお方は、どうしてリーユエンを玄武国へ戻らせたのだろう?そんなに執着するなら、蜃市へ囲ってしまえばいいだけだろう」
カーリヤは、アガーナと顔を見合わせ、互いに肩をすくめた。
「枢密院会議のとき、大帝陛下とドルチェンは、ずうっと法力比べを続けていたが決着がつかなかった。だが、いくらドルチェンが並外れた法力の持ち主だといっても、相手は、東海大帝、齢一万年を超える大玄武だ。その気になれば、ドルチェンを押さえつけるぐらい簡単にできるだろうに、なぜそうしないのだろう」
アガーナも頷いた。
「そうなのよねえ。私もそれは不思議に思ったのよ。それに東海大帝は、なんだか、法力比べをするのを楽しんでいるように見えたのよね」
ナイナイが、目を見開いた。
「楽しそうって、まさか、法座主猊下の事を気に入ってるってことですか」
カーリヤが、頭を振った。
「ううん、その辺のところが微妙なんだよねえ。リーユエンを独占したいからと、敵意剥き出しという感じでもないのだよねえ」
アガーナも頷いた。
「そうよね。見かけは若々しいから、一緒に並んで腰掛けていらっしゃると、猊下の息子みたいに見えて面白かったわあ」
これには、ダルディンはもう少しで吹き出すところだった。
リーユエンは、なんとも言い難い複雑な表情で固まった。




