15 処断の嵐(2)
日没後、あたりが暗闇に満ちた頃、太師はようやく塔へ帰ってきた。
窓から入ってくるなり、太師は、
「リーユエンが来ておるのだな」と、もう、弟子の到着に気がついた。
うたた寝から目覚め、慌てて迎えに現れたニエザは、師父へ揖礼した。
「はい、お昼過ぎに来て、疲れたからと魔法陣の中で眠っております」
それを耳にしながら、ヨーダムは、足早に魔法陣の中へ入り、リーユエンの姿を見るなり息を呑んだ。
(なっ、何ということだ・・・一体、東の地で何があったのだ)
ニエザも驚いた白金の髪は、夜の灯火にますます輝いて見えた。
ヨーダムは、リーユエンのあまりの変わりように、畏怖さえ感じた。そして、ハッと正気へ戻ると、隠形術を魔法陣へかけて、リーユエンの姿ごと隠してしまった。
それから太師は、ニエザへ言った。
「わしは、リーユエンが離宮へ入ることを拒んだと聞き、もしやと思い、会議を抜けて戻ってきたのだ。しかし夕食を済ませたら、またすぐ会議へ戻らなければならない。」
食卓につき、夕飯を食べながら太師は、ニエザへ話した。
「これは他言無用だ」と、まず厳しい顔で注意した。
「八大公家のうち、震家、兌家がしばらく閉門となった」
ニエザは驚き、スプーンをうっかり皿の中へガシャンと落としてしまった。
「えっ、どうして?何があったのですか」
ニエザは、太師の秘書の役目もするので、一般の凡人より玄武の事情に詳しかった。その彼の知る限り、玄武八大公が集まり開かれる枢密院会議といえども、大公家に対して閉門を決定するなんて、今まで聞いたことがなかった。それほど、玄武八大公家は、絶対不可侵の存在なのだ。
太師は瞑目し、深々とため息を吐き出した。
「兌陰大公とその一族は、先代乾陽大公の毒殺の嫌疑がかかった。そして、震陽大公は、邪術を行ない、金杖王国の陰護衛を殺害した嫌疑がかかっている。さらに、震陽大公は、甲羅を割られ、地下牢へ幽閉された」
太師が語る玄武大公の罪深い所業の数々に、ニエザは震え上がった。しかし、一番恐ろしく感じたのは、甲羅の件だった。
「震陽大公って、巽陰大公の次に長命の玄武でしょう?
そんな玄武の甲羅を、一体誰が割ったのですか。まさか、猊下?でも、猊下は地下の玄武洞で閉関中のはずでは・・・」
太師は、烱々と光る目をニエザへ向けた。
「猊下は、本日を持って閉関を解かれ、枢密院会議の緊急招集をかけられたのだ。しかし、甲羅を割ったのは、猊下ではない。わしも信じられないのだが、猊下も、乾陽大公殿下も、割ったのはリーユエンだとおっしゃるのだ」
ニエザは、もうシチューの味がわからなくなった。
「ヒイィィー、嘘ですよね・・・お願いですから、嘘だとおっしゃってください。冗談ですよね」
必死の形相で師父へ訴えたが、師父は、瞑目し首を振った。
玄武の甲羅を割る、それを凡人がやるなんて、太陽が双子になって西と東から同時に上ってくる方がまだしもあり得ると、ニエザは思った。
「乾陽大公殿下が、嘘を話すはずがない。
その場に居合わせたそうだから、間違いない情報だ。だが、ニエザ、くれぐれも他言無用だぞ」
と、さらに念押しして、口止めした。
「リーユエンが目覚めたら、世話を頼む。
それから、誰か尋ねてくる者があっても中へは入れるな」と、命じ、
「明日は、リーユエンも会議に召喚されるかもしれない。
その時は、わしか、乾陽大公殿下が迎えにくる。それ以外は何者であろうとも、リーユエンと接触させてはならんぞ。
あのような、けしからん文書が出回ったが、猊下は明妃位の返上などお認めにはなっておらぬのだ。リーユエンが、ここにいると知ったら、不届者が現れるかもしれない。正式に明妃を名乗るまで、誰も近づけるな」
ニエザは、かしこまって太師の言葉を承った。
(太師、まるで年頃の娘を守るお父さんみたいだ。でも、確かに、あんなにリーユエンが綺麗だと知ったら、太師の心配通り、ここにだって押しかけてくる奴がいるかもしれないな)
その後、太師は、再び夜空へ飛び出していった。ニエザは後片付けをし、真下の階の寝室へ引き上げて眠った。
翌日早朝、目覚めたニエザは、最上階へ上がってくるなり、侵入者を察知し、驚愕した。
(キャアーッ、誰だっ、もうこんな早くから侵入者って、本当に勘弁してよ〜、
でも、太師はものすごく厳重に結界を張ったはずなのに、どうやって入ってきたんだろう?)
最初に気配を察知したニエザは、広々としたの部屋の中をキョロキョロと見回した。そして、リーユエンの寝む魔法陣の中へ侵入しようとする何者かを見つけた。
ただ、最初見た時は、リーユエンなのかと思った。
(リーユエン?・・・違う、師弟じゃない)
輝く白金色の長い髪の所為で、ニエザはそれをリーユエンかと誤認しかけた。
けれど、その髪は足元へ届くほど長く、さらに長身で、肩幅はさらに広く、堂々とした体格の男に見えた。
男が、ニエザへ振り向いた。
青みを帯びた真珠の光沢を帯びる肌、神々しいほど整った美しい顔立ち、そこに青みがかかった翡翠色の双眸、それがニエザをじっと射竦めた。
その瞬間、ニエザは、師父の言いつけを守るのは、無理だと思った。
とてもじゃないが、自分ごときが敵う相手でないのは明らかだった。
「あのう、どちら様でしょうか?」
ニエザは、謎の男をなるべく刺激しないように、そっと、遠慮がちに尋ねた。
「リーユエンを訪ねて来たのだ。お前は、何者だ?リーユエンとどういう関係なのだ?」
聞く者の意識を、無意識まで掴んで揺さぶりそうな声が、飛んできた。
ニエザは、心の中では、その声の圧と必死に戦い、ここは太師の住居だぞ、あんたの方こそ何者なんだよ。誰何したいのは私の方なのに・・・と、ボヤいた。
しかし、リーユエンのそば近くにいる相手を刺激するのは、下策だと思い、丁寧な口調で答えた。




