15 処断の嵐(1)
ドルチェンはうつむき、無言のままだった。
ダルディンは恐る恐る発言した。
「震陽大公が邪術を使った証拠として、陰護衛の遺骸も回収し、運び入れました。
それから、リーユエンの浴びた毒は、症状が、私の父が死んだ時と酷似しています。どうか、調査をお願いします」
ドルチェンは顔をあげ、ダルディンを見た。
「ダルゴンが死んだ時、ひどい内傷を生じていた。リーユエンは、魔導術を使うたびに症状が悪化したのだったな?」
「そうですね。本人が隠していたため、気づくのが遅れてしまったのですが、咳がひどく、胸痛に悩まされていました。父が亡くなったときの症状と酷似しています」
ドルチェンは腕を組み宙を睨んだ。
「内傷を生じさせる毒か・・・また厄介なものをー」
と、弟ダルゴンの最後を思い出し、眉を顰めた。そして、
「兌陰大公の家屋敷も軍に命じて封鎖させたが、ドルーアは行方不明で、捜索中だ。捕らえ次第、尋問させよう」と、続けた。
その頃
ヨーダム太師の住居である、魔導士塔の最上階では、直弟子のニエザが掃除に励んでいた。今日は、半月に一度行う書物の埃払いの日だった。
厳冬の季節には珍しく、今日は朝から吹雪くこともなく、曇天でありながらも、微かな明るさがあり、ようやく春の訪れたが感じられた。
はたきを使い、本棚の埃を払うため、太師が外出中なのをいい事に、開け放した広窓から埃が出ていくよう、魔導術で弱い気流を作ったので、作業は順調に進んだ。
(今日は、第二月にしては良い天気だ。太師も朝から外出されてしまったし、これが終わったら、お茶にしようかな)
埃よけの三角頭巾の下で、ニエザは地味な顔をほころばせた。
と、その時、窓から突風が吹き込んだ。はたきはその風に一瞬飛ばされそうになり、本棚から下ろされた書物が、風に煽られ、バサバサと音を立てた。
「なんだ、どうした?私の風の術に逆らって風が吹き込んでくるなんて・・・」
驚いたニエザは、広窓の方へ振り返った。そして、さらに大きな驚きに、目を見開き、口をあんぐり開けた。
風とともに広窓から入り、そこに降り立ったのは、黒衣の魔導士外套を纏う長身痩躯の姿・・・
「リーユエン、リーユエンだよね」
ニエザは、糸のように細い目を見開き、その魔導士を呆然と見上げた。
黒い化鳥のような姿が、ニエザへ向かって丁寧に揖礼した。
「ご無沙汰しております。師兄」
ニエザは物凄く戸惑った。
それは確かにリーユエンだと思った。確信はあったけれど、フードが風で後ろへ脱げたリーユエンの髪は、眩く輝く白金色だった。それに全体の雰囲気も、以前の彼女とはあまりに変わりすぎて、特に、緩やかなローブ式の服の上からでさえわかる、胸元の形の良い双丘に、つい視線が行ってしまうのだ。
それに顔には、見慣れた火傷は跡形もなく消えていて、その面は秀麗そのもの、その顔を一目見た瞬間、ニエザは、リーユエンがこれほど美しい人であったことにどうして今まで気づかなかったのだろうと、自分自身の見る目のなさに呆れ果ててしまった。
リーユエンはニエザへ微笑んだ。
「しばらくここで寝泊まりさせていただけませんか」
ニエザは、はたきを手にしたまま、まだ混乱していた。
「寝泊まりって、それは構わないけれど、リーユエンは離宮にいるべきだろう?」
「師兄もご存知でいらっしゃるでしょう。私は、身分を返上したので、今は庶人なのです」
ニエザは、やっと思考が復活した。
ああ、そうだった、返上位の文書が、去年の終わり頃、なぜかそこら中でばら撒かれていたのだ。自分も、街中でもらい、それに目を通して、何だこの訳分からない理由、こんなので返上が罷り通るなんて、そんなのありかよ、と憤慨したのを思い出した。
「君が、あんな理由で責任を取らされて位を返上するなんて、道理が通らないことだと、私は思っているよ。でも、ここにいたいなら、好きなだけいたらいいんだ。ここでは、君は、いつだって私の妹分で、大歓迎だからね」
ニエザの優しい言葉にリーユエンは目元を潤ませた。
「ありがとう、師兄」
照れたニエザは咳払いして誤魔化した。
「師父は今外出中なんだ。緊急の枢密院会議に召喚されたそうだ。それにしても、リーユエン、君は、そのう、随分見かけが変わったけれど、何かあったのかい?」
ニエザはあまりに変わった外見のことが気に掛かり、思わす尋ねた。
リーユエンは肩をすくめ、ただ「うん、色々あったの」とだけ、答えた。
「ふうん、そうなんだ・・・色々かあ」
ニエザには、彼女が色々と言うからには、普通の魔導士なら、二、三回は確実に死んでいる経験をしたに違いないと思った。とてもじゃないが恐ろしくて、それ以上のことを尋ねる気力が失せてしまった。それで、話題を変えることにした。
「今からお茶にしようと思っていたんだ。一緒にどう?」
「ごめんなさい、とても疲れていてすぐに寝みたいの、魔法陣の中を使わせてください」
と言い、部屋の中央の大きな魔法陣の中へ行くと、外套にくるまり横たわるや、もう寝息を立てていた。
ニエザは、呆気に取られ、しばらくリーユエンを見ていたが、頭を振り振り、自分のためにお茶の支度を始めた。




