14 波乱の帰還(7)
難題に立ち向かわなければならないが、リーユエンが戻ってきてくれたことに、じわじわと喜びが込み上げ、今すぐにでも、二人きりになりたくてたまらなかった。
だが、その前に、金杖王国へ行った後、一体何が起きたのかを明らかにする必要があった。
洞窟を上がるにつれ、周囲は明るくなり、地底部の洞窟地区は終わりに近づき、プドラン宮内の、街につながる出口が見えてきた。
出口の向こうには、強大な法力によって生み出された、地下世界の天空、快晴の空が見えた。そして、反対側の断崖絶壁の上には、小さな入り口が口を開け、そこからは、北嶺の本当の天空、どんよりとした曇天が見えた。
突然、リーユエンが身じろぎし、目を開け、ドルチェンを見上げた。
「ここで、降ろしてください」
言われるまま、ドルチェンが降ろしてやると、リーユエンは、ドルチェンと高祖へ揖礼した。
「それでは、私はここで一旦失礼させていただきます。猊下、高祖様の御休み所のお世話をお願いいたします」
てっきり離宮へ戻るものと思っていたドルチェンは、慌てた。
「リーユエン、離宮へ戻らないのか」
リーユエンは頭を振った。
「明妃位返上文書が公になったと聞いております。そうであれば、私は、現在、無位無官の凡人でございます。離宮へは入れません。ここで失礼いたします」
と、言うや、岩跳び山羊のような身軽さで岩場を上がっていくと、六尺棒を顕現させ、その上に立った。
「後は、乾陽大公殿下からご報告をお聞きください。失礼致します」
六尺棒を飛ばし、絶壁に開いた隙間から、北嶺の空へ飛び出してしまった。
そして、一瞬、隙間から顔をのぞかせ、
「猊下、乾陽大公殿下をお叱りにならないでくださいまし」と、言い置くや行ってしまった。
高祖も、素早い動きで岩場を跳び、入り口から飛びたったリーユエンを見送った。
「見事な飛行だ」
一方、ドルチェンは、眉間に深い縦皺を寄せ、こめかみの血管をピクつかせていた。リーユエンが最後に言い残した言葉に引っかかったのだ。
「『乾陽大公殿下をお叱りにならないでくださいまし』だと、まさか、ダルディンの奴、明妃に手をつけたのか・・・」
疑念が暗雲となって広がった。
ドルチェンは、その後、高祖を法座主府の内府付執行僧に世話を任せ、執務室へ入った。それから、巽陰大公と乾陽大公を呼び出した。
巽陰大公とともに現れた甥ダルディンを見た瞬間、ドルチェンの双眸は、糸より細い縦長となり、顔つきは一気に不機嫌となった。
伯父のひと睨みで、ダルディンの息は詰まり、体は硬直した。その反応で、疑惑は確信へと変わった。
ドルチェンは、巨大な執務机の向こう側に立つ甥へ不穏な声で言った。
「おまえには、明妃を守るように言いつけたはずだ。どうして、このような事態となったのだ。それに、あれに手を付けるとは、一体何を考えておるのだ」
大きな声ではなかったが、殺気にも等しい法力が圧となり押さえつけられ、ダルディンは床に這いつくばって叩頭したまま身動きが取れなくなった。
しかし、巽陰大公がに右腕をふるい、ドルチェンの法力を跳ね除け、ダルディンを解放した。
「猊下、大人気ない真似はやめなさい。千年齢にもならないダルディンを法力で威圧してどうするんだい?そもそも猊下が、閉関したのが間違いなんだよ。そのせいで、リーユエンは、頼りにできる者がいなくなったんだから、ダルディンに頼るのは当然の成り行きだろう」
殺気が収まらないままドルチェンは、言った。
「王太子と婚姻するものだとばかり思っておったのに、どうして、東海大帝が現れたのだ?」
少々のことでは動揺しない大長老の巽陰大公さえ、それを聞いて切長の目を見開いた。
「東海大帝だって、本当なのかい?あのお方は、まだご存命でいらっしゃるのかい?
大帝陛下が、三界の大戦を終結させ、四荒太平を玄武一族に守らせ、閻浮提のあり方をお定めになってから、すでに七千年余り、近頃は、もう噂すら聞かなくなったのに、まだお元気なのかい?」
ドルチェンは、カーリヤへ唇をへの字に曲げたまま答えた
「リーユエンを、我が妻だと言い張り、この地にまでついて来たのだ」
流石のカーリヤも目を見開き、口を開け、しばらく何も言えなかった。
「あの子ったら、とんでもない超大物を釣り上げて来たんだねえ。けれど、妻にするって、本当に大帝陛下なら、もう一万歳を越えていらっしゃるはずだよ。お爺ちゃんじゃないのかい?」
ダルディンは首を振った。
「リーユエンを妻だとおっしゃる高祖は、一万歳を越えていらっしゃるそうだが、見かけは私と変わりないほど、若々しいお方です」
カーリヤは長息した。
「東海大帝なら、そういう事もあり得るだろうねえ。
だが、そんな事よりも、ダルディン、金杖王国へ遣ったはずのリーユエンが、どうして東海から戻って来たのか、教えておくれ」
と、言いながら、ダルディンを立ち上がらせると、肘掛け椅子に座らせ、自身も向かい側へ腰掛けた。
ダルディンは今までの経緯を出来うる限り詳しく説明した。
聞くうちに、ドルチェンはこめかみを揉み始め、慚愧の念に頭はどんどん項垂れていった。
「猊下、やはり、閉関の判断が早計だったね。リーユエンの判断を見極めるべきだったよ」
カーリヤは、大長老として、忌憚ない意見を言った。




