14 波乱の帰還(6)
「ドルチェンよ、リーユエンは、そなたによほど会いたかったのだな。
しばらく時間をやろう。私は、いまさら急ぐ必要もない。二人で、身の振り方を話し合って決めるがよい。リーユエンは、そなたの決めたことに従うと言っていた。さっさと身辺を整理し、私の妻として連れ帰らせてくれ」
それから、ドルチェンへ続けて言った。
「そろそろこの陰気な地下から外へ出たい。案内せよ」
ドルチェンは先頭に立ち、「案内しよう」と言い、暗闇の中でも迷いのない足取りで、洞窟から上層へつながる坂道を上り始めた。
闇の中を進みながら、高祖はドルチェンへ話しかけた。
「乾陽大公から聞いたが、玄武国では、いまだに瑜伽業を行っているそうだな」
「左様、魔導士へ太極石を与えねばならんし、この北荒の気候では、太極石を動力源として利用せねば、玄武はともかく、凡人の生活は立ちいかぬ」
「なるほど、この地域特有の事情だな。東海では、瑜伽業は、四千年ほど行っておらんな」
ドルチェンは驚いた。
「四千年も行っていないのか、それで、民の生活は保てるのか?」
高祖は、暗闇の中、笑いを滲ませた声で答えた。
「瑜伽業など行なわずとも、東海沿岸の民は、特に不自由もしていない。魔石を適当に使い、それなりに生活している。もちろん、魔導士はいなくなってしまったし、魔導の術もほとんどが絶えて久しいが、それで困ったという声も聞かないな。
今では、魔導の術を学ぼうという者もいない。日々の生活を送るのに、魔導の術などなくても、困りはしない。
ところで、ドルチェンよ、そなた、リーユエンを明妃にするまで、一人で瑜伽業を行っのだろう?」
「リーユエン以外、誰も明妃にしたくなかった」
ドルチェンは、無愛想な声で言った。
それが、親に反抗する子供みたいな感じに聞こえ、面白いと思った高祖は、さらにドルチェンを刺激した。
「瑜伽業は、本来、陰陽の役目を分けて行うものだ。それを一人で行い続けて、よく法力が尽きなかったものだ。それに、質の良い石は作れなかったのだろう?」
「必要最小限の石を作り続けたのだ」
「ふうん、なるほど・・・太極石の質など、陰極をつとめる者の能力次第で、変化するものだ。明妃を立てたからといって、高品質になるとは限らない。
しかし、リーユエンは凡人だ。陰極をつとめさせるのは、過酷に過ぎるとは思わないのか」
「・・・・・・」
ドルチェンは高祖から痛いところを突かれ、黙り込んだ。
高祖は、ドルチェンの反応は無視してさらに続けた。
「瑜伽業では、陰極の役目が過酷過ぎる。蜃市でも時代を経るに従い、大切に育てられた玄武の姫に、瑜伽業の陰極の役目を引き受ける者がいなくなった。親もそれを忌避するようになった。そのため、蜃市では、思い切って瑜伽業をやめたのだ。
おかげで、そのような力を放出する業をする必要がなくなり、私の法力は貯まる一方だ。此度は、リーユエンの体を、換骨変易法で作り直すために、三千年分ほど使い切ったが、法力を大量に使う機会は今ではほとんどなくなった。
若い世代の青玄武は、法力修行をしないためにすっかり弱くなってしまい、今では自らのことを青大亀と称する状態だ。いずれ、ただの青亀になってしまうかもしれない」
高祖の話にドルチェンは非常な衝撃を受けた。
「凡人のリーユエンのために、法力を三千年分も差し出したのか」
「ああ、差し出したとも、畳地連結二点法をたった一人でやり遂げた偉大な魔導士、そして、私が二千年前に見失った妻であるお方だ。当然ではないか」
「そうであっても、三千年分とは、躊躇いはなかったのか?」
「繭胎を開けて現れたあの美しさと麗しさ、あれを拝めたのだから、三千年分差し出すことになっても、少しも惜しいとは思わない」
高祖は恍惚とした口調で言った。
ドルチェンは、彼の態度から、高祖とリーユエンはただならぬ関係を結んだのだと明確に悟った。
「高祖、リーユエンは申し上げたとおり、私の明妃であり、私の配偶なのだ。あなたの妻とするわけにはー」
高祖は、ドルチェンの言葉を遮った。
「リーユエンは、私の妻だ。そなたは知らぬだろうが、私はあのお方が生まれ変わるたび、幾度となく妻に迎え、添い遂げてきたのだ。それを、あの忌々しい白玄武が台無しにしてしまった。あのお方を、生き神として、白玄武の国の中に繋ぎ止めてしまったのだ。ようやく私は、あのお方と巡り会えた。そなたが何と言おうと、私は譲らぬからな」
ドルチェンは、高祖が生き神について言及したことで、これは容易ならない事態であると悟った。
(これは、金杖王国王太子どころではない。始原の玄武と尊崇されるお方の思し召しを、無視することは難しい。だが、わしは絶対にリーユエンを手放したくない。リーユエンは、王太子を捨て、わしを選んだのだから、こうなったからには、絶対諦めるわけにはいかぬ)
リーユエンは懐の中で安心し切って眠っている。リーユエンが目覚めたら、金杖王国に滞在していたはずの彼女が、東海に行きつき、高祖と出会った経緯を聞かなければならないだろう。彼女自らの意志で帰ってきたからには、もう、高祖へ譲るなどという選択肢はありえなかった。
(わが命が尽きようとも、高祖に、リーユエンを渡すものか)
ドルチェンは、密かに、覚悟を決めた。




