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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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14 波乱の帰還(4)

「あの尸蟲を陰護衛に忍ばせたのは、彼奴が、わが国へ滞在中、街中ですれ違い様に、使役蜂に卵を産み付けさせたのだ」

 

 油断した震陽大公は、自身の口から、尸蟲を産みつけさせたと白状した。それこそが、一番手に入れたかった情報、それを、部屋の外に密む、他の者たちも確かに聞き届けた。

 

 リーユエンの手枷足枷が突如吹き飛んだ。

 震陽大公の反応より早く、リーユエンは立ち上がり、両掌を近づけ魔力場を出現させた。


「それだけ聞けば十分だ。このクソ玄武、くたばっちまえっ」と叫び、大公の鎖骨目掛けて、魔力場を全出力で激突させた。


「ぎゃああぁぁー」

 大公の絶叫が響き、部屋いっぱいに白光が広がった。


 部屋の外に潜んでいたダルディンたちが一斉に踏み込んだ。


 大公の絶叫に、異変を察知した家臣たちが続々と部屋の前へ駆けつけた。

 しかし、部屋の周囲には、すでに高祖によって強力無比な結界が張られ、侵入は不可能だった。


 その透明な結界越しに、大公の部屋の扉が開け放たれ、家臣たちは目撃した。

 原身を全て曝け出した巨大な玄武、その甲羅は首の付け根の反り変えった部分から、小高い中央、そして、尻尾の近くまで地割れのように裂け、鮮血が滴り落ち、床には血溜まりができていた。


 割れた甲羅を踏みつけるリーユエンが、紫眸の周囲を血のように赤い輪で縁取った目をぎらつかせ、彼らを睨み返し、

「それ以上近寄るなっ、私たちに手出しするなら、震陽大公の甲羅を粉々に砕いてやる」と、怒鳴りつけた。


 家臣は、震陽大公の変わり果てた姿と、リーユエンの魔物のような形相に、それが本気なのだと悟り、動きを止め凍りついた。


 高祖は、落ち着いた態度で、甲羅を上下左右斜めからじっくり見分した。

「うむ、見事な割れ目だ。あと、もう一尺ほど割れ目が広がれば、致命傷だな」と、無情に宣言した。


 震陽大公は、嘴のように尖った口を苦しげに開け、鎌首をもたげて、

「た、助けてくれ、殺さないでくれ」と、弱々しい声で命乞いした。


 甲羅を踏みつけたまま、リーユエンは震陽大公の顔をのぞき込んで言った。

「殺しはしない、今のところはね。まず裁きを受けてもらわないと」

 

 ダルディンは、玄武枢密院議長の艮陽大公へ通報した。

 枢密院議長の権限で、玄武軍が出動し、震陽大公の屋敷は封鎖され、原身を曝した大公は、プドラン宮殿の最深部にある岩の地下牢へ連行留置された。

 

 震家で、やるべきことが片付き、高祖は、リーユエンへ、尋ねた。

「次は何がしたいのだ?」


 リーユエンは高祖を見上げた。

「猊下に目を覚ましていただきます」

 そして、高祖へ近寄り、その上腕へ手を添えて「一緒にいらしていただけますか」と、頼んだ。


「よかろう」

 高祖は頷き、リーユエンとともに閉関場所である地底奥底にある岩戸へ向かった。

 

 歴代法座主が眠りにつく岩戸は、罪人が押し込められる地下牢よりもさらに深い場所にあった。そこはプドラン宮殿の最も奥深い地下、無数の洞窟が迷路のように入り組む場所だった。


 岩壁には灯りを置く場所ひとつなく、手燭がなければ真の闇の中だった。

 リーユエンは、囚人用の地下牢から通路を下り、小さな手燭の灯りだけを頼りに、迷路のような洞窟の中を進み続けた。


 歴代の法座主が永眠する墓所を通り抜け、彼女はついに法座主ドルチェンが閉関する岩戸の前にたどり着いた。

 巨大な両開きの扉は固く閉ざされているが、そこからでさえ、法座主ドルチェンの気配が感じられ、懐かしさのあまり、リーユエンの双眸から涙が溢れ出た。


 リーユエンとともに岩戸の前まで降りてきた高祖は、眉を強く寄せた。

(何だ、この気配・・・これは、まるでー)


(高祖ミグレイの独白)

 その時、私は普段思い出すことのない、古い記憶を思い出した。


 気が付けば自分よりも年配者の外観となった息子たち、彼らは、皆、東海大帝の威名を恐れるあまり、誰一人後継に名乗り出ることがなかった。

 その上、最も真面目で堅物であった黒皇子は、ある日父である大帝、私の前で跪き言ったのだ。

「四荒太平の辺境地帯では、未だに怪異妖物が、魍魎跋扈しております。どうか、私を北嶺へ遣わすようご下命ください。私は、氷雪に包まれた彼の地より、異界のものを駆逐し、大帝の威名を広げたく思います」

 

 黒皇子がそんな事を言い出した原因の一つは、彼女にあった。

 天人の香気を放つ彼女は、何度転生しようと、必ず我が妻として迎え続けた。黒皇子の妻となることは決してなかった。

 黒皇子は彼女を渇望しながらも、父である私と争うことはなかった。黒皇子が、そのような情を彼女に抱いていることに気づいてはいたが、私は、誰にも彼女を譲る気はなかった。

 そして、黒王子は、国を離れる決断を下した。

 あの頃、黒皇子は、すでに二千五百年を越えた壮年となり、その法力は、彼の気質を反映し、清廉であるとともに重厚な気配があった。その法力を、ここでまた感じ取るとは、一体どうしたことなのだ?



 リーユエンは、岩戸の固く閉ざされた扉に向かって、

「猊下、リーユエンでございます。ただ今帰国しました」と、呼びかけた。

 

 あたりは静まり返ったまま、岩戸の向こうから、何の反応もなかった。


 リーユエンは、思いっきり息を吸い込み、さらに声を張り上げた。

「猊下っ、起きてください。起きてくださらないのなら、私は、東海、蜃市の青玄武、高祖さまの妻にまりなすよ。もう、東海の蜃市へ行って、玄武国へは二度と戻りませんからね。それに、乾陽大公のお嫁さんの顔も見られませんよ」

 とうとう、岩戸をガンガン蹴飛ばした。

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