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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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14 波乱の帰還(3)

 地上へ降りたデミトリーは、上昇するハイシャーンに騎乗するリーユエンへ手を振り、叫んだ。

「リーユエン、全部に決着をつけたら、金杖王国へ来てくれ、待っているから」

 

 リーユエンも、デミトリーを見下ろし、叫び返した。

「ヨークの亡骸を必ずお返しするから、それまで待っていてください」

 

 本当なら、このまま金杖王国へ棺を運び、弔ってやりたかった。

 しかし、彼の遺体は、震陽大公が禁術である尸蟲を、生きた凡人に使った証拠でもあるので、一旦玄武国へ運ばなければならなかった。


 その後、北荒の永久凍土の荒地で彼らはハイシャーンから降り、そこからは徒歩で玄武国へ向かった。十日後、彼らはついに玄武国の巨大な城壁と城門、その向こうには、北嶺の山肌一面に白亜の壁を広げる巨大なプドラン宮殿を見た。


 レムジンが持っていた身分証で、彼らは震家の家人とその奴婢の身分で入国した。そして、その足で、都内にある震家の屋敷へ向かった。


 レムジンは、城門をくぐるやすぐに震陽大公へ連絡を入れ、乾陽大公は、氷雪の大地で地割れに巻き込まれ死亡、その際、犠牲者が数名出たものの、リーユエンは生捕りにして連れ戻った旨を報告した。


 そして、配下に変装した高祖、ダルディン、ミレイナ王女、そして生捕りしたことになっているリーユエンは手枷足枷で拘束し、布を周囲に垂らした輿へ乗せ、都の上層部から中層部へ移る坂道の途中、岩壁にあいた横穴へ入り、その穴の先にある震家の敷地へと入った。

 

 黒い厚地のヴェールで全身を隠したリーユエンを、部下に変装した高祖が抱き抱え、迎え出た家宰の指示に従い、屋敷最奥の、震陽大公の元へ運び込んだ。


 燈台が一つ灯されただけの暗い室内に、大きな太子椅子が一つ置かれ、そこに震陽大公が笑みをうかべ腰掛けていた。

 念願の明妃を手に入れ、震陽大公は上機嫌だった。

 リーユエンは、震陽大公の座る太子椅子の前、手枷足枷をつけられたまま、床に下ろされ放置された。


 大公は、レムジンへ頷き、労った。

「乾陽大公を捕らえ損ねたのは、残念なことだが、予期せぬ地割れでは仕方ない。明妃を連れ戻せたのだから、上上だ。ご苦労だった。

 お前たちは下がって休みなさい」


 レムジンと配下の者たちは、震陽大公へ丁寧に揖礼し、静かに部屋から下がった。


 大公とリーユエンだけが残された暗い室内に、燈台の芯が燃える音が微かに響いた。


 震陽大公は、糸のように細い目を少しだけ見開き、太子椅子から立ち上がると、リーユエンへ近寄り、全身を覆っていたヴェールを両手で持ち上げ、剥ぎ取った。

 それから、じっくりとねぶるように視線を動かし、全身を検分した。闇に溶け込むような黒髪が、燈台の明かりに艶やかに映え、伏せられたまつ毛は影となり、その下から潤んだ紫眸がのぞき見えた。


「ふうむ、確かに明妃だ。そなたを、ようやく間近に見ることができた」

 

 そう言いながら、震陽大公は、リーユエンの襟元へ、皺だらけの手を伸ばした。

 リーユエンは怯えたように身を竦ませた。

 その反応に、震陽大公は目を細め、ニーッと笑った。


「怖がることはない、震家の紋の入り具合を確かめるだけだ」

 

 宥めるように猫撫声で話しかけながら、震陽大公は襟元を肌けた。


 この作戦を聞いたとき、せっかく消した紋をまた体に浮かび上がらせることを高祖はひどく嫌がった。それをするには、刻み付けられた時の痛みをまた味わうことになるからだ。けれど、リーユエンは、紋が元通りでなければ、用心深い震陽大公を油断させることができないと、高祖を説得し、神聖紋も玄武紋も、そして忌々しい震家の紋も痛みを堪えて復活させたのだ。そして、案の定、震陽大公が真っ先に行ったのは、紋の確認だった。

 

 震陽大公は、玄武紋の上に打ち消すように焼き付けられた震家の紋を見て、満足げに頷いた。


「玄武紋を打ち消すように綺麗に焼き付いておるな。しかし、一個では心許無い、あと、もう一個か二個、そうだな、額に入れておこうか」と、呟いた。

 そして、いきなり紋へ手を当て、法力を流し込んだ。


 リーユエンの体内に流れ込んできた法力は、ドルチェンやダルディンの、深山の渓流を流れる清流のような、清らかな法力とは対極の、腐臭を放つ汚水のようで、リーユエンは、込み上がってくる吐き気に身悶えした。

 雪のように白い肌に、焼き付けられた紋が赤黒く浮かび上がり、周囲に皮膚の焼ける匂いが広がった。

 震陽大公の法力は、長年、邪術の行使を密かに続けるうちに、すっかり変質し、汚れ切っていたのだ。


 ところが、リーユエンが突如抑え切れない苦悶の表情を露わにしたため、大公は法力が強すぎて苦しみ出したのだと勘違いした。


「いい子だ、今は苦しくとも直に慣れる。わしの法力を素直に受け入れるのだ」


 そして、リーユエンの髪を撫でながら、目を細めた。


「そなたは、これからはわしの所有となるのだ。わしのためだけに仕え、震家の繁栄のために、瑜伽業で太極石を産み出すのだ。わしに忠実であれば、わしはそなたを可愛がり、痛めつけたりはしない」

 

 その時、リーユエンがか細い声で、尋ねた。


「ご主人様、一つだけ、お教えください」


 震陽大公は、リーユエンがまだ自我を失っていないことに驚きながらも、

「何が知りたいのだ」と尋ね返した。


「あの見事は尸蟲の姿が忘れられません。

 私も魔導士修行をした者でございますゆえ、気にかかってなりませぬ。

 あのように見事な尸蟲を、いつどこで、隙のない陰護衛の身へ潜ませたのですか?」

 

 リーユエンは、自分の奴婢になったのだと油断し切った大公は、見事な尸蟲と言われ、すっかりいい気分になった。

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