14 波乱の帰還(1)
リーユエンはレムジンを見下ろし、冷酷に告げた。
「おまえを、何事もなく震家に戻すつもりはない。
あれだけのことを仕出かしたのだから、私に粉骨砕身仕えるのは当然だろう。何なら、おまえの額へ、『明』とでも刻印を入れてやろうか、それとも甲羅を剥がして干物にしてやろうか?」
レムジンの心は、粉砕された。
リーユエンの言葉は、容赦無く回る石臼のように、彼の心を粉末へ変えた。
「あんたの言う通り何でもする。だから、もう二度と俺の甲羅を割らないでくれ」
レムジンは、震え声で懇願した。
ダルディンは、レムジンの怯え切った様子を見ながら、口封じのために、自分の部下まで殺したこの卑劣漢すら、目的を達成するために寝返らそうとするリーユエンの非常さに呆れていた。しかし、それを口に出すことはなかった。
では、他にどうするのかと、仮に問われても、経験の浅い自分には、妙案など思い浮かばないからだ。
リーユエンは、ダルディンが自分に批判的な気持ちへ傾いていることを敏感に感じ取っていた。けれど、何も言い訳はしなかった。したところで、育ちの良い、清廉潔白な乾陽大公に理解ができるとは思えなかった。
伯父である法座主ドルチェンの厚い庇護下にある乾陽大公に、領地や勢力拡張に絡む謀略の凄まじさや、汚さを、話して聞かせたところで、それは、自分のやり方こそが正しいと押し付けるのに等しい。
そんなみっともない真似は流石にしたくはなかった。それどころか、乾陽大公の立場を盤石にするためなら、品性に欠けた下劣な行動をとる、腹黒い凡人だと思われても、それでも構わないとさえ思っていた。
そんなことを考えて、少し憂鬱になりかけていると、耳元で高祖が囁いた。
「リーユエン、何も落ち込むことはない。私には、わかっている。
あなたのやろうとしていることは間違ってはいない」
リーユエンは頭をめぐらし、彼を見上げた。
高祖は、彼女の髪をそっと撫でながら、穏やかに微笑んだ。その笑みを見て、リーユエンは心に積もった澱がゆっくり流れ去っていくのを感じた。
リーユエンは気を取り直し、話を続けた。
「さて、それでは、レムジン、おまえにはやってもらいたいことがある」
彼女は、レムジンへ今後の計画を指示した。
彼女が一通り計画の説明を終えると、真っ先にダルディンが口を開いた。
「そんなやり方、いくらなんでもあなたの冒す危険が大きすぎる。震家の紋は、体に焼き付けられたまま残っているのだろう?近くへ行けば、行くほど、法力の影響をまともに受けてしまう」
すかさず高祖が補足した。
「心配は無用だ。手に余るようなら、私の法力を送り込み、爺いの法力を無効化してやろう」
自信満々に語る高祖は、齢四千年余の震陽大公よりさらに上の、齢一万年越えの大玄武なのだ。震陽大公を爺い呼ばわりするなんて、とてつもない厚顔ぶりだ。
彼らのやり取りに聞き入りながら、考え込んでいたデミトリーが顔をあげ、リーユエンへ話しかけた。
「本当に、そこまでする必要があるのか?
ヨークは、君を守ろうとして、主替えしたんだ。それなのに、自分が死んだことで、君が危険を冒すと知ったら、悲しむだろう」
思いがけない指摘にリーユエンの秀麗な面が曇った。けれど次の瞬間には、紫眸に強い決意の光が現れた。
「たとえ、彼が悲しもうと、彼の本意ではなかろうと、あんな真似を生きた人間にした奴を、このまま見逃すなんて絶対にできない。
あいつだけは、絶対に許せない」
紫眸に現れた凍てつく光を見ながら、デミトリーは、大切なリーユエンに危ない真似をさせたくないと思いながらも、それを思い止まらせるために、彼女をどう説得したらよいのかが、分からなくなった。
「君は、自分の身を顧みないで、危ない真似ばかりする。だが、忘れないでほしい。
君は、今でも私にとって、一番大切な人なんだ。お願いだから、無茶をしないでくれ」
デミトリーの真情のこもった言葉に、リーユエンは何か言い返そうとしかけたが、高祖が腕に力を入れ、彼女を懐へガッチリ抱き込んでしまった。そして、デミトリーへ話しかけた。
「黄金獅子よ。そなたは、何も案じる必要はない。
私がリーユエンとともに行き、本当に危なくなれば、必ず助け出す。
紋を焼き付けられた以上、彼女自身の力で、震陽大公の法力を打ち破り、紋を消し去ることこそが、一番の上策なのだ。そうすれば、震家は二度と再び、リーユエンを縛り付けることはできなくなるのだ」
リーユエンは懐の中で顔をあげ、高祖へ話しかけた。
「高祖さま、まさか玄武国まで一緒にお越しいただけるのですか?」
男女問わず誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべ、高祖は言った。
「愛しい妻が身の危険を顧みず、震陽大公とやらを成敗しようとするのだ。ついて行かないで、どうするのだ?」
当然のように妻と呼ばれたリーユエンは、眉尻を下げ、首を傾げた。
「高祖さま、私は法座主猊下の妃でございます。あなたの妻にはー」
リーユエンが言い終わらないうちに、高祖は、彼女へ口付けして口を塞いでしまった。
「キャッ、大お祖父様ったら、情熱的だわ」
真っ赤になったミレイナは、ダルディンの腕を強く掴んだ。
ダルディンは、高祖の行動の素早さに、ただもう感服するばかりだった。
そして、デミトリーの反応が気になり、彼の方をうかがった。
黙り込んだままのデミトリーは、複雑な表情だった。
彼は、この時、嫉妬に駆られるより、むしろ、自分では到底太刀打ちできないし、役に立てないのだ、ということを悲しんでいた。




