13 覚醒(5)
「パッキィィーンッ」
「ギャアアアァァー」
何かが割れる音と、レムジンの絶叫が同時に聞こえた。
発光が部屋全体に広がり、何も見えなくなった。
そして光が消えると、床に巨大な甲羅を背負う玄武が現れた。
大きな玄武のそばには、しゃがみ込んで甲羅と首の付け根あたりをのぞき込むリーユエンがいた。
高祖も、ダルディンも、ミレイナ王女も、玄武は皆、凍りつき無言だった。
部屋の角へ避難したアスラは、興味がなく大欠伸を漏らし、玄武でないデモトリーも、リーユエンのそばへ行き、一緒にのぞき込んだ。
「凄いっ、こいつ原身へ戻ってるじゃないかっ!首の後ろから甲羅が裂けてる」
甲羅の長さは、レムジンが人形の時の身長とほぼ同じ、蔵型に反り返った厚みのある甲羅は、首の付け根から、小高く盛り上がった背中の中央あたりまで、楔型に亀裂が入っていた。
レムジンは蛇の鎌首のように首を伸ばし、嘴のように尖った口を開け、苦しんでいた。
人形となった玄武が、その原身を人目にさらすのは、最大の屈辱だった。けれど、甲羅が割れてしまっては、法力の循環は途絶え、もはや人形を保つことは不可能だった。
リーユエンは、甲羅へ手を翳した。
手のひらから錬成陣が現れ、甲羅は光に包まれ、割れた箇所は再び接合された。しかし、甲羅割りの衝撃の凄まじさに、レムジンは、すぐには人形へ戻れなかった。
「た、助けてくれ、もう、俺の甲羅を割らないでくれ、これ以上破られたら、俺は死んでしまう」
レムジンは、震えながら、怯え切った声で哀願した。
何とか冷静さを取り戻したダルディンは、リーユエンへ近寄り声をかけた。
「リーユエン、いつの間に甲羅割りができるようになったんだ?」
その声は、普段の響きの良い声とは異なり、力が抜けて虚ろだった。
リーユエンは、測り難い微笑を浮かべた。
「昨日、記憶が戻った後、思いついたのです。畳地連結は空間を歪曲させる。それを発生させる魔力場を、甲羅へぶつけたらどうなるのかなって・・・
空間が歪むくらいなのだから、分厚くて丈夫な甲羅だって歪んで割れるかもって」
ダルディンのそばへ来ていたミレイナ王女は、リーユエンの狂気を孕んだ口調が恐ろしく、震えながら無意識にダルディンへしがみついていた。
高祖は、立ち上がり、リーユエンへ近寄った。
「昨夜は、私の鎖骨のあたりばかり撫で回していたが、あなたはそんなことを考えていたのか」
高祖の口調には、呆れが滲み出た。
リーユエンは高祖へ肩をすくめて見せた。
「自分の身は自分で守れませんとね・・・甲羅割りさえできれば、大抵の玄武は大人しくなるでしょう」
流石の高祖も、その言葉には戦慄し、返す言葉をなくした。
リーユエンは、まだ原身のままのレムジンヘ話しかけた。
「さて、おまえの仲間たちは、おまえをレムジンと呼んでいたな。
震家におけるおまえの役目と身分、全て話してもらおうか」
甲羅を割られた衝撃と恐怖から立ち直れないレムジンは、理性も自制も崩壊した恐慌状態にあった。ただもう二度と甲羅を割られたくない一心で、リーユエンに問われるまま、震陽大公とのやり取りから、受けた指示まで一切合切、知っている限りのことを全てぶち撒けた。
リーユエンはお茶を飲みながら、レムジンの話をじっくり聞き取った。
ダルディンも一緒に聞いたのだが、震陽大公が、リーユエンを自分の奴婢にしたがる動機をレムジンが推測を交えて語った時は、リーユエンはもう一度こいつの甲羅を叩き割ったらいいのにと思うほど、腹が立った。
もちろん、高祖とミレイナもまた、レムジンとその主である震陽大公は、相応の罰を受けるのが当然だと思った。
デミトリーは、鬣が逆立つほど腹が立ったが、相手が玄武である以上、敵う相手ではないので、レムジンを睨みつけるだけだった。
話を聞き終えたリーユエンは、ようやく人形へ戻ったレムジンを見ながら、思案した。
「大体の筋書きは見えてきたけれど、どうしたものか・・・」
「あなたは、どうしたいのだ?」と、高祖が尋ねた。
「まず、震陽大公を当主の座から蹴り出し、当主の首をすげ替える。それから、閉関している猊下を叩き起こして、働かせる。とりあえず、この二つですかね。
アッ、いけない。一番大切なことが抜けておりました。
ヨークの亡骸を回収し、お墓を作って、金杖国王陛下と、ザリエル将軍へ、お詫びに行かなければ」
それから、レムジンへ冷たい視線を向けた。
「レムジン、おまえ、このまま戻っても、震家に居場所はないのでしょう?
それならいっその事、私のために働いてみない?成果さえ出してくれれば、悪いようにはしないわ。何なら、次の震家の当主にしてあげてもいいわよ」
当主と言われ、レムジンは、驚いて顔を上げかけたが、リーユエンがまだ恐ろしくてまともに視線を合わすことができず、慌てて項垂れた。
「当主なんて無理だ。俺の父は庶子だから、当主にはなれるはずがない。
ただ、このまま帰っても、全部失敗してしまったから、俺の将来は震家の下僕だろう」
リーユエンは、冷笑した。
「随分楽観的な見通しね。私が帰国し、猊下が復帰すれば、私は復位するでしょう。
そうなれば、震家の当主も、それに従ったおまえも、玄武国第二位の明妃を害そうとしたのだから、反逆罪に問われるのよ。玄武枢密院は、震家に相当な厳罰を下すでしょうよ」
「そんな・・・俺はどうすればいいんだ」
レムジンは、床に力無く座り込み、リーユエンを見上げた。




