13 覚醒(4)
デミトリーは、氷雪の大地で見た光景を思い出し、リーユエンが、今、生きているのは奇跡だと思った。
「そうか・・・あの地割れは、君が起こしたのか。でも、どうして地底に落ちたはずの君が、無事な姿でここにいるんだ?」
高祖が、ミレイナからさりげなくリーユエンを奪い返し、また懐に抱き込みながら言った。
「畳地連結は、膨大な魔力が一気に放出される。その波動は、神廟にいた私でさえ気がつくほどだった。これほどの大技を感知したのは、数千年ぶりのことだ。術者の正体を是非とも確かめたくなり、私自ら現場へ出向いたのだ」
リーユエンは、高祖の腕から離れ、立ち上がるとデミトリーへ近寄り、その前で跪拝し額ずいた。
「金杖国王陛下が、わざわざ主替えまでお許しになって、ヨークを遣わして下さったのに、こんな事になって、本当に申し訳なく思っております。どうぞ、お許しください」
「リーユエン、よさないかっ」
デミトリーは、慌てて、リーユエンの腕を持って立ち上がらせた。
「ヨークの主替えは、父上が命じたわけではない。自ら望んだことだ。確かに悲惨な最後を遂げたのは残念に思うが、短い間でも、君を主人として仕えることができて、その事には、ヨークはきっと満足していたと思う」
デミトリーは、リーユエンを高祖のそばへ座らさせながら、続けて
「あの地割れは凄かったなあ、私が通りかかった時には、あの周囲で、何人か喉を掻き切られて死んでいたよ」と、話した。
それを聞くなり、リーユエンは厳しい顔つきとなり、
「喉を掻き切られて死んでいたのか?それは何人いた?」と、尋ねた。
デミトリーは、宙を睨み、思い出そうとした。
「何人だったかな・・・・そうだ、三人だった」
リーユエンは床に寝そべるアスラを見た。
「アスラ、あの時、白衣の男を何人見かけた?
アスラはリーユエンを見上げた。
「九人だった」
「地割れを起こしたとき、五人が巻き込まれて墜落した。王太子殿下が見かけたのが三人の死体だとすると、一人生き残ったのか」
リーユエンは呟くと、アスラへまた尋ねた。
「アスラ、私に刻印を焼き付けた男を覚えているか?」
「ああ、覚えているとも、あいつを見つけ出して、殺すのか?」
リーユエンは、首を振って否定した。
「あいつ、レムジンと呼ばれていた。あいつは、震陽大公のことを恐れていた。任務の失敗を知られたくないはずだ。喉を掻き切られて死んでいたのは、おそらくレムジの仕業、口封じのためだろう。
あいつは、今、失敗を挽回する手柄を欲しているはずだ。そこで、乾陽大公の噂を広げ、あいつを誘い出し、生け捕りにしよう。あいつには、まだ利用価値がある」
リーユエンの口調は、皆がゾッとするほど冷淡に聞こえた。
ダルディンは、その口ぶりから、彼女が相当怒っているのを感じ取り、意見は控えた。
デミトリーも、自分に対するとき以上の、本気の怒りぶりが恐ろしく、震え上がった。
高祖は、真面目な顔でリーユエンへ話しかけた。
「あなたの肌に醜い刻印を入れた男とあっては、私も見過ごすわけにはいかない。そんな回りくどい方法を取るまでもない、私が探し出してやろう」
高祖は、リーユエンと手を繋ぐと、小声で呪言を唱えた。すると空中へ巨大な魔鏡が現れた。
鏡は鳥の目をからの映像を映し出した。
最初は蜃市城郭内、次に外側の領地全体、その次に海を渡り、東海の沿岸地方を映し出した。
そして、高地へ続く長大な崖の途中、崩れ落ちそうな廃墟の一角を映し出した。そこには、あのレムジンが、崩れかけた屋根の下、ボロボロの衣を着て力無く蹲る姿を捉えた。高祖は、リーユエンへ
「探しているのは、この男で間違いないか?」と、確認した。
「そうです。この男に間違いありません」
リーユエンが冷たい声で答えた。
高祖はいきなり右手を大きく振り動かした。魔鏡の表面が急に水面のように波立ち、逆巻き、渦が現れた。中から、男の叫び声が聞こえ、渦の中から先ほど映し出された男が引きずり出された。
男の体が床から落ちるや、高祖は「縛っ」と鋭く一声した。床にいきなり落ちて、訳も分からず暴れ出した男はたちどころ、法力の鎖で縛り上げられた。薄汚れ、異臭を放つ男は、呆然と自分を見下ろす者たちを見上げた。
リーユエンは、男へ近寄り、汚れ切って異臭を放つ男に眉を顰めながら、その顔を覗き込んで薄っすら笑った。
「久しぶりだな、随分薄汚れて、一瞬人違いしたのかと思ったよ」
男は、リーユエンを見上げ、震えた。
「・・・・生きていたのか・・・顔に傷がない、おまえ、幽霊なのか?」
レムジンは、恐慌状態にあった。間近で顔をのぞき込んでくるのは、あの紫瞳のリーユエンだった。
深い割れ目の中へ自ら落ちていき、その時すでに酷い内傷を負い、体はボロボロだったはずなのだ。それが、顔には傷ひとつなく、普通に話しかけてくるなんて、あり得ない事だった。
リーユエンは、虚ろな顔で自分を見上げるレムジンの髷を引っ掴み、顔を仰け反らせた。
「さて、せっかく生捕りにしたおまえを、どうしたものだろうなあ」
そう言うと一拍置いて、また楽しげに続けた。
「私は、おまえたちがやってくれたことへ、腹立ちがまだ治らないのだ。
おまえは、私に付き従っていた大切な陰護衛を惨殺したのだから、それ相応の報いを受けて貰わないと彼の冥福を祈る気持ちにもなれない。
そうだ、私は、玄武の甲羅を一度割ってみたかったのだ。丁度いい、おまえ練習台になってくれないか?
なあに、割れた甲羅は、私が錬成してちゃんと修復してやるよ。何度か練習しないとうまく割れないだろうから、よろしく頼む」
にっこり笑って、なんとも楽しげな、しかも不穏な気配が漂う言葉に、間近かにそれを耳にした高祖は、まるで自分の甲羅まで割られそうな気がして、背中がゾワゾワした。
ダルディンとミレイナも、リーユエンの、真っ黒な本気を感じ、震え上がった。
レムジンは真っ青になって
「や、やめてくれ、俺は、本当に祖父さまの命令通りに動いただけなんだ。
お願いだっ、許してくれっ」と、必死で懇願した。
リーユエンは髷を乱暴に手放すと、全身から霊気を揺らめく火炎のように立ち上らせた。
髪が逆巻き、白金色へと変わり、紫瞳は赤く縁取られた。
周囲に、風が吹き荒れ、稲妻が走り始め、胸の前にあげた両掌の間に、自身が生来有する膨大な陰の気と、デミトリーから譲り受けた強大な陽の気、そして、高祖から受け取った法力が、凝集し光の球となった。それを一気にレムジンの鎖骨目掛けて叩きつけた。




