13 覚醒(3)
翌日、神廟訪問の伺いを出したところ、昼過ぎに許された。
ミレイナ王女は、乾陽大公、デミトリー王太子とともに、高祖を訪ねた。
神廟付きの内官に案内され、彼らは長い回廊を進み、神廟最奥にある、高祖の御座所まで案内されたが、閉ざされた扉越しに、高祖とリーユエンの話し声が聞こえてきた。
「リーユエン、あなたのためにこれほど似合う衣装を用意したのに、どうして、そんな貧相な格好をするのだ?それに、その胸に巻いた、みっともない布もさっさと取りなさい」
高祖の声のあと、不機嫌さが滲みでたリーユエンの声が聞こえた。
「嫌です。そんな動きにくい服は嫌いです。筒袖の黒い服が好きなんです。ここの内官が来ている服は動きやすいし、布も柔らかくて、着心地がすごくいい。私はこの方が好きなんです」
高祖は、もうほとん哀願するような調子で言った。
「それならば、せめて、その胸元に巻きつけた布をとってしまいなさい」
ミレイナは、到着を知らせようとした内官を止めた。大お祖父様がこんなに情けない声で話すのを聞いたのは初めてなので、もう少し聞いてみたかったのだ。
リーユエンはさらに不機嫌な声で答えた。
「嫌です。私の胸を勝手に大きくしましたね。こんな事をされたら、体の重心がおかしくなって、棒術の稽古は一からやり直しじゃありませんか。本当にどうして、こんな要らないものを勝手に増やして下さったのかしら」
内官は会話が途切れたところで、扉越しに、王女と客人の来訪を告げた。
高祖から「入れ」と応えがあり、中から扉が開け放たれた。
そこは広々とした、円形の部屋で、明かり取り用の天窓から柔らか光が差し込んでいた。そして壁際には緩やかな円周に沿って長椅子が作りつけてあった。
高祖は立っていて、長椅子には黒い内官服姿で、だらしなく寝そべるリーユエンの姿があった。
リーユエンの髪は、漆黒で、背中で一つに束ねられていた。足元には、金眸三眼のアスラが、白く渦巻く毛並みを床に広げ、長々と伏せていた。
デミトリーは、リーユエンの姿を見るなり目を輝かせ、高祖など眼中にない様子で、彼女へ駆け寄った。
「あれ?髪色を元へ戻したのか?」
リーユエンは、自分は長椅子に寝そべった行儀悪い姿のままデミトリーを見上げ、注意した。
「礼儀知らずめ、高祖へご挨拶くらいしろ」
遅れて王女とダルディンも入ってきて、高祖へ跪拝した。デミトリーも慌てて二人へ倣った。
高祖は片手を上げた。
「楽にしなさい。座って良いぞ」
そして、自分自身も寝転ぶリーユエンにぴたりと寄り添うように腰掛け、リーユエンを軽々と抱き寄せた。
あれほど不機嫌な口調で反抗的だったのに、リーユエンは素直に抱かれていた。その様を見せつけられたデミトリーは鬣が逆立つほど妬心が燃え上がった。しかし、父ゲオルギリー金杖国王からは、彼女の立場を考えろと何度もしつこく言われたのを思い出し、文句を言いたいのをグッとこらえた。
ダルディンは、デミトリーが何か文句を言って、一悶着起こすに違いないと予想していたので、彼が黙っていることが意外に思えた。リーユエンも同じ思いなのか、一瞬素早くデミトリーへ視線を動かした。
ダルディンは、リーユエンへ「痛みはもうないのか」と、尋ねた。
「ご心配をおかけしました。もう、痛みはないので大丈夫です」
ダルディンの見るところ、リーユエンの顔色は血の気が失せて青白く、窶れて見え、大丈夫だとは思えなかった。
高祖が、リーユエンを自身の懐へもたれさせ、抱き抱えたままダルディンへ
「私が一晩中法力を流して付き添った。痛みは引いているが、痛みを耐えるのに、全身を緊張させていたため、今は、あまり力が入らない状態だ」と、告げた。
それから、リーユエンの髪を撫でながら
「王女と乾陽大公と、その黄金の髪の若造へ、二人をここへ畳地連結した後、何があったのが話してやりなさい」と、リーユエンへ促した。
ちょうどその時、内官がお茶を運んできたので、茶器が配膳されるまでしばらく沈黙があった。内官が部屋から出ていくと、リーユエンは話し始めた。
「畳地連結して、殿下と王女殿下を蜃市へ飛ばしたあと、私は吐血して倒れた。そこへ、震家の男が来て、私へ震家の刻印を焼き付けた。そして連れて帰ろうと歩かせた。私は、途中で歩けなくなり、また倒れた。そしたら外套をつかまれ、引きずられた」
リーユエンは、お茶で喉を湿らせると、淡々と続けた。
「師父であるヨーダム太師からは、たとえ手が動かせず法陣が描けない、あるいは、喉を潰され呪言が唱えられない状態に陥ろうとも、術が発動できるよう、法陣の形は、全て詳細鮮明に覚えておくようにと、教えられた。だから、あの時も、『震』の陣を思い描き発動させた。地割れを起こし、皆、地獄のそこへ道連れにしてやろうと思った。だが、力が足りなくて地割れが広がらず、一部の者しか落とせなかった」
リーユエンは視線を落とし、低い声でつぶやくように言った。
「私も、震家の奴婢へ落ちぶれるくらいなら、潔く死のうと思い、地割れの中へ転がり落ちた。私の記憶はそこまでだ」
ミレイナ王女がいきなり立ち上がり、リーユエンへ近寄ると高祖から奪うように自分の方へ抱き寄せた。
「ありがとう、ありがとう、あなたのお蔭で私たち殺されずに済んだのよ。あなたは、私たちの命の恩人よ。それなのにあなた一人を残して、そんな辛い目に遭わせて、本当にごめんなさい」
ミレイナは涙声で詫びた。リーユエンは、王女の腕を軽く叩いた。
「気にならさらないで・・・もう、終わったことですから」




