13 覚醒(2)
「私の妻に手を出すなっ」と、怒鳴るや、高祖は右手を振り上げた。
ダルディンは法力で撃つ気だと思い、止めようと動きかけたが、それより早くリーユエンが、デミトリーを突き飛ばし、高祖にしがみつき、
「やめて、この人を撃たないで、私が罰を受けるから、この人は許してっ」と、叫んだ。
高祖は、振り上げた腕を途中で止めたまま、リーユエンを見下ろし、
「この凡人のことを覚えているのか」と、尋ねた。
リーユエンは、高祖にしがみついたまま、頭を横に振った。
「いいえ、分からないわ。でも、この人は、私の大切な人・・・」と、ささやいた。
高祖は、瞑目し、険しい表情のまま大きく嘆息した。
リーユエンのそばへ戻ったデミトリーは、彼女を背中から抱きしめ、
「リーユエン、君は、私の大切な宝物だ」と、ささやき返した。
ダルディンには、デミトリーの体から黄金のオーラが溢れ、それがリーユエンを包み込むのが見えた。同じ光景を目撃した高祖は、「陽気を受け取った相手か・・・厄介な奴が現れた」と、呟いた。
デミトリーは、ようやく、周囲に注意を向け出した。
「あれ?乾陽大公もいる。ここはどこなんだ。それにリーユエン、君、随分可愛らしい格好しているじゃないか。」
ダルディンは、デミトリーへ近寄りリーユエンから引き離し、立ち上がらせた。
「ここは、青大亀一族の国で、蜃市と言うのだ。王太子殿下は、一体どうやってここまできたのだ?」
デミトリーの目線が一瞬遠くを彷徨った。
「長く、困難な旅だった。密林を越えた後、魔獣を撃退しながら、東嶺の山を越え、それから大圏谷、ここも魔獣や肉食性の蔓草に襲われ散々だっった。そして、また山を越えて、雪と氷しかない高原へでた。そうだ、そこで、ヨークの亡骸を見つけたんだ。あんな事になるって、一体何が合ったんだ?」
ダルディンですらそれは悲惨すぎると感じ、その話題だけはずっと避けてきたのだ。ところが、デミトリーは、全く遠慮なく尋ねた。ヨークと聞いた瞬間、リーユエンの顔から一切の表情が消えた。
「ヨーク・・・そうだ、ヨークだ」
リーユエンは低く呟いた。紫眸は冷たく不穏な光を帯び、眸の周りに血のように紅い輪郭が現れた。
高祖の顔色が変わった。
「まずい、記憶が戻ってしまうぞ」と言いながら、高祖は、リーユエンへ手を伸ばした。けれど、その手の先が触れる前に、リーユエンの体から凄まじい怒気が吹き上がった。
「あいつは許せない、あいつだけは絶対に許さないっ」リーユエンは絶叫した。
そのあと、突然顔を歪め、胸を掻きむしりながら、うずくまった。
「うっ・・・ウウウッ」
「いかん・・・」
高祖は、リーユエンを抱き抱え、「記憶が急激に戻ってきて、繭胎の中での苦痛も同時に思い出している。心の臓も守らねばならないから、今日はもう連れて帰る」と言うや、姿を消した。
デミトリーは、突然消えた二人に驚いた。
「消えた、リーユエンは、どこへ行ったんんだ」
ミレイナ王女は、デミトリーへ近寄り、下から顔を覗き込んだ。
「ねえ、ねえ、あなたは王子様だそうだけれど、リーユエンとはどういう関係なの?」
見知らぬ少女から、いきなり話しかけられ、デミトリーはギョッとして体を仰け反らした。それでも、胸を張り、
「私は、リーユエンを愛している。私たちは、恋人同士だ」と、はっきり答えた。
そう答えてから、ようやくダルディンへ、
「乾陽大公、一体あの場所で何があったんだ?それに、あなたやリーユエンは、どうして、こんな場所にいるのだ?」と尋ねた。
ダルディンは、デミトリーを横目に見ながら、言った。
「そういう質問は、最初にして欲しかった。あなたが、いきなりリーユエンに抱きついたから、大事になるところだった。」
「へっ?そうなのか。何だかよく分からないが、それより、私に何か飲み物と食べものを出してくれ、飲まず食わずで十数日間砂漠を彷徨ったんだ」
ミレイナが、召使へ合図した。彼らは、飲み物と食べ物の追加をテーブルに並べた。
デミトリーは、王族の上品さより、獅子の本性丸出しで、ガツガツと食べ続けた。
「すごいわ、こんなにすごい勢いで、これだけの量を食べる人は初めて見たわ。チェンガム将軍より、たくさん食べているわ」
ミレイナは、妙なところで感心した。
ダルディンはデミトリーの天真爛漫な食べっぷりを見ながら、
(ウラナが、デミトリーは、リーユエンを本気で怒らせる名人だと言っていたが、本当だ。あれほど凄まじく怒るとは・・・あれで記憶が戻ってくれればいいのだが)と、思った。
デミトリーの食べっぷりに呆れていたのは、ダルディンだけではなかった。
生気をもらって落ちついたアスラも、頬杖をついて、デミトリーの食べっぷりを眺め、
「異界の魔物級の胃袋だな。よく、あんなに詰め込めるもんだ」と呟いた。
ダルディンはアスラへ尋ねた。
「私たちが、ここへ飛ばされた後、お前とリーユエンに、何があったんだ」
「主は、あんた達を、こっちへ送り込んだ後、吐血して倒れたんだ。あの白装束の連中が、主を捕まえた。そして、首領が、主へ焼印を押し付けた。
我は止めようとしたが、主は我に消えろと命じた。その後は、面覆の中へ戻って眠っていたから分からない」
ダルディンは眉を顰め、アスラへ尋ねた。
「リーユエンはどうして、刻印を受け入れたんだ」
「我は、あの尸蟲と戦っていたから、よく聞こえなかったが、乾陽大公の追跡をやめるとか何とか言ってた気がする」
ダルディンは、やはりそうだったのかと思い、両手で顔を覆った。




